あの日の記憶、昭和27年の大通り
〜MP合同警ら〜

重垣:忘れてはならない昭和の記憶。焦土の中から立ち上がった人々の姿を今に蘇らせる、コスプレ集団・レイヤーズ。今回は、米軍MPと日本警察官の合同警らの姿を、飛鳥れいむさんに描いていただきました。今回は、シチュエーションについてはさなえ版で触れているので、なぜ昭和20年代後半という設定にしたかについてなどを、警察史家の犬飼高美さんに解説していただきます。
犬飼:昭和20年代後半にしたのは、日本における外勤警察、警ら警察にとって、記録すべきことが、昭和25年にあったからなんだ。
重垣:と、いいますと?
犬飼:昭和25年、西暦に直すと1950年。連合国軍総司令部により、それまでの交番、受持区制度を廃止して、イギリス・アメリカと同じ、一人の警察官が担当する警ら区、ビートを常に警らする方式にするよう命じられたわけ。
重垣:今でこそ日本の交番、受持区制度はKoubanとして世界に輸出されていますがねえ…。
内藤:占領当局で警察を担当する、警察官出身の文官にしてみれば、立番1時間→警ら1時間→休憩1時間のローテーション勤務は、楽をしていると見えたのでしょう。
犬飼:そうは言っても、立番1時間→警ら1時間→休憩1時間のローテーションはあくまで建前で、何か事件・事故があれば休憩時間でも現場に向かうし、今の地域課以上に何でもありで、交通課の応援で交通整理、交通違反の取り締まり、経済課や国鉄の鉄道公安室への応援で、闇物資の取り締まりと車内治安確保のための列車警乗はおろか、内勤事務や留置場の看守要員が足らないからというので、交番から引き揚げさせて、そっちの勤務につかせることもあった。さらには、このシリーズで何回か紹介した、『多甚古村』で描かれているように、受持区内住民の身の上相談、法律相談まで仕事に入っていたから、休憩時間でも休めない。強い体力と精神力を持っていないと、勤まらない職業でもあったんだ。
で、ビート方式は、それまでの受持区をさらに細分化し、徒歩1時間で回りきれるビート:警ら区を設け、そこを担当する警察官には固有の番号が割り振られるわけ。園田君のバッジには、なんて書いてある…?
園田:(バッジを見て)1514と書いてありますね。
犬飼:この場合は、横浜市警察本部○○警察署第○部第○方面第○○ビート警ら隊所属、巡査園田方也、通し番号1514となるわけ。交番は、現在の空き交番のように連絡所として、110番指令直通電話を設け、ビート警ら警察官の休憩所兼住民の通報所、巡査部長以上の監督者がいた場合は指揮所と名前を変え、ビート警ら隊の指揮監督に当たる一方、ビート警らの巡査が警ら中に発見、職務質問、身辺調査の必要ありと任意同行を求めた不審者を連れてくるわけ。で、そこで巡査部長が取り調べにあたる。ビートの途中には今の高速道路の非常電話のような、警察署・警察本部直結の電話、コール・ボックスが設けられて、ビート担当警察官が定時に連絡することになっていたんだ。さっき言った通し番号は、定時連絡の時に「第○○ビート警ら隊、1514、現在異常なし」といったように使ったわけ。
園田:今なら定時に現在位置から無線で連絡すれば済むけど、全外勤警察官が無線を装備するのは、昭和40年代後半以降だからねえ。だからビート警ら警察官は、定時連絡の時間までにコール・ボックスにつかなければならないわけ。
犬飼:それに、ビート方式は勤務時間の大半を警らに費やすので、警察官の負担は交番制度以上になった。警視庁や横浜市警察、川崎市警察、大阪市警視庁といった大規模自治体警察はもちろん、現在の幹部交番よりも人数が少ない、10人以下の中小自治体警察も少ない定員をやりくりし、現在のような24時間勤務→非番→8時間勤務の3交代制にしたところもある。で、やってみると、警ら回数が増えたので、不審者の職務質問による任意同行から検挙…という数が増え、警ら回数の増加で空き巣、引ったくりといった犯罪者が立ち回りにくくなった反面、住民からは「交番に警察官がいないのは不安だ」という声があがり、警察側も、管内で緊急配備が必要な、今なら全派指令で済むような事態が発生した場合でも、ビート警ら警察官がコール・ボックスに来るか、休憩中の警察官が伝令になるかしてでないと、緊急事態の発生を伝えられないという欠点が出てきたんだ。
内藤:『深夜の乱射戦』の元になった、当時の横浜市警察で昭和26年に起こった事案でも、自分のモデルになった巡査部長が、近隣警察署管内で起こった強盗事案の緊急配備を部下のビート警ら隊の警察官に知らせるべく、自転車で走っていたときに不審者を発見、職務質問を開始して、返答に窮した相手が苦し紛れに至近距離から拳銃を発射、それに応射して、急を知って駆けつけた、守村のモデルのビート警ら隊の巡査も加わり、真っ暗闇の中、至近距離での乱射戦になっています。
園田:今なら最低、一家に一台固定電話があり、さらには一人に一台携帯電話を持っていますが、昭和20年代後半では、電話を引いている家を狙えと新人の空き巣が教えられるような時代です。いくら警察署直結の電話があるとはいえ、自分の家の近くの交番に誰もいないのでは、不安がられて当たり前。それに、犬飼さんが言ったように、警察官はほぼ一日中警らするので、負担は増大したわけです。
犬飼:住民からは不安の声があがり、緊急事態でも対処は遅れ、警察官は負担が増える。定員を増加すれば負担は減らせるが、定員枠の関係でそれはできない…。というわけで、ビート方式は、昭和27年に廃止。現在の制度に戻している。それだけ交番、受持区方式が浸透していたともいえるわね。
内藤:ビート方式になったのと同時に、連合国軍払い下げのジープ、乗用車に無線機を積み、白く塗って、一定区内を常時警らする無線自動車警ら隊が編成されています。これが発展して、現在の自動車警ら隊になります。
犬飼:これがビート方式の名残…といえば、そうなるわね。このとき、内藤さんが言ったように、ジープを白く塗ったので、自動車警ら隊の警察官を主人公にした映画のタイトルはそのものずばり、『白いジープのパトロール』。
重垣:このシリーズで何回か、高村・宗村コンビが扮してみたいといっている作品ですね。
犬飼:ええ、その通り。この作品では同名主題歌を歌った曽根史郎は、準主役の主人公の運転するジープの車長・中野巡査として出演しているんだ。
園田:その前の作品『若いお巡りさん』の4番で「浜辺のロマンス パトロール」という詞があるのは、自治体警察警視庁管内で、男性警察官と婦人警察官がペアを組み、銀座や浅草といった盛り場を警らしたのを「アベック・パトロール」と呼んだからなんだ。それに、交通課では側車つきハーレーで、運転は男性警察官、側車には婦人警察官という組み合わせで警らしています。『逮捕しちゃうぞ』で、ハーレーの日本ライセンスの陸王を使い、辻本・小早川ペアに加え、中嶋・小早川ペアでやったら面白いんだけどねえ…。
内藤:あの作品はアメリカに行ってみたり、夏実が好きな『大岡越前』を意識した、江戸時代に舞台を移した番外編をやっているから、昭和20年代後半から30年代に年代をずらすか、タイムスリップしたという設定でやりかねないよな〜。同じ原作者で、しかもアニメ化もしている『ああっ女神様』のキャラを使ったら、できそうだな。
園田:それに、『三丁目の夕日』もアニメ化していますからね。TBSは。
内藤:キャラがその画風だったら、困るがね(苦笑)。
犬飼:そうそう、名古屋市警察では、クラウンのベースとなる車両を使っていたんだ。さすが愛知県。トヨタを抱えるだけあるわね。
園田:このときの経験が、初代クラウンから警察仕様を製作させたんでしょう。マイナーチェンジでランドクルーザーのエンジンを積んだ、クラウン・パトロールというタイプが出ますから。
重垣:いやあ…昭和20年代後半の警察の警ら方式から、『逮捕しちゃうぞ』の番外編、さらには初代クラウンの出現前のトヨタ車にまで発展しましたね。(時計を見て)さて、そろそろ時間です。締めのセリフに移りましょう。このイラストは、管理人がオーダーメイド・コムを通じ、クリエータの飛鳥れいむさんに描いていただいた作品です。無断転載、無断引用は、禁止します。
内藤:著作権には十分、留意しましょう。