平成6年式制服の実藤高明巡査

重垣:今までこのシリーズでは、過去の制服の紹介が主体でしたが、今回は現役です。平成6年に採用されて、現在使われている警察官制服姿の実藤高明さんを、ほしなかえるさんに描いていただきました。
実藤:作中では何回か登場していますが、描かれたのは初めてになる、実藤高明です。故郷の博物館の学芸員をやっています。過去のことを扱うことが多い学芸員が、現行の制服に袖を通すことになるとは…。なんとも不思議な気分です。それに、先輩である重垣さんに解説してもらうなんて、なんだか照れくさいですね。
重垣:それは、わたしも同感だねえ。ま、それはともかく、今回は制服のモデルと学芸員の関係だから、本題の制服の解説に移らないと。
実藤:では…。このシリーズを読んでいる方なら先刻ご承知のとおり、男性は昭和43年、女性と交通巡視員は昭和51年の国家公安委員会訓令と別個の服制で定められていたうえ、20年近く使ってきて、欠点が出てきたので、平成6年、男女別個だった警察官と交通巡視員の服制を統合して採用したものが、これになります。
重垣:刀を装備していた時期を除くと、表には警笛吊り紐だけしか出ていませんね。
実藤:ええ、そうなります。それまで帯革で表に装備していた、拳銃、手錠、警棒を、制服の中のズボンのベルトに装備できるよう軽量化して、装備が風雨にさらされないようにし、いかめしさを減らしています。よって拳銃嚢も、昭和43年までのオープンホルスターほどではないものの、取り出しやすいデザインになっています。警棒も60センチの木製で、移動するとき左右に揺れて不便だったものから、伸縮式の特殊警棒に改められました。階級章も、両襟に98式軍服の階級章を思わせる、旭日章と線の数で区別させていたものを、左胸ポケットの上に移動しています。現在では、所属部署を通し番号にしたプレートもついています。
袖章のデザインも変わって、それまで袖口と水平だったのが、V字型に入り、巡査でも金線が入ります。昭和27年式以降ずっと飾りだった腰ポケットは貫通していて、ベルトに装着した装備が取り出せます。それに、一番の変化は、所属都道府県警察本部の記章が右腕につくのですが、「警備員のようだ」、「交通巡視員と同じだ」、「装備が軽くなった」、「警棒が短くなって活動しやすくなった」と様々です。
重垣:帯革を装備しないから、なおさら警備員との識別が、難しいですね。
実藤:ですから、警備会社の制服は、警察官と見分けをつけさせるため、未だに帯革装備のところがほとんどです。
重垣:それに、この姿での勤務光景は、あまり見たことありませんね。
実藤:今回は着ていませんが、それまで鑑識課の着る作業服、機動隊の着る出動服と、制服の中間にあたる存在がなかったので、活動服という作業ブルゾン式の上着と、戦闘帽を改良した活動帽が制定されています。昭和43年式、51年式制服の着用経験者が多かった時期は、制服制帽、婦人警察官はスカート姿が多かったのですが、活動服を使ってみると、制服より便利だというのがわかったので、今では、交番・警察署勤務者、自動車警ら隊などは、ほとんどこれです。常時制服を着ているのは、警察署や警察本部の内勤、免許センター、皇宮警察ぐらいなものです。
重垣:せっかく装備を隠していかめしさを減らし、拳銃、警棒の手入れの回数を減らそうとしていたのに、ブルゾン式では見えているから、それ以前のデザインと変化がありませんね。
実藤:ええ、結果的にそうなっていますね。今回は冬服ですが、活動服の制定や、冬服と同じデザインだったのをやめ、ワイシャツ式にした合服で、絵にはなりませんが、便利になったのは事実です。警察マニア・婦警マニアの間では、活動服、活動帽姿は撮影しないという人がいますが、これも十数年後には、鉄道写真のディーゼル機関車や「団結号」と同じく、報道写真か関係者しか持っていないなんて情況に、なりかねませんよ。警察官の制服は、今までこのシリーズで解説してきたとおり、20年から30年を周期にしてモデルチェンジしますから。
重垣:あとで活動服を撮影しておけば…と後悔するより、活動服を撮ってしまったと後悔するほうがまし…というわけですね。
実藤:ええ、「撮らない後悔より撮る後悔」です(笑 時計を見て)そろそろ、時間ですね。
重垣:では、締めのセリフに移りましょう。このイラストは、管理人がオーダーメイド・コム
を通じ、クリエータのほしなかえるさんに描いていただいたイラストです。無断転載、無断引用は禁止します。
実藤:著作権法違反で「逮捕されちゃうぞ」にならないように。