甲田雅一郎:守村義衛

甲田雅一郎:守村義衛




重垣:白昼夢シリーズ学部編で出てきた、「警察合わせだ、レイヤーズ」の挿絵企画第4弾は、日中戦争開戦直後、まだ遠いどこかで戦争が行われているような感覚で、人々の生活にほとんど戦時色が出てこない時期の、のどかな瀬戸内地方の半農半漁の村を舞台にした、井伏鱒二の戦前の代表作『多甚古村』の主人公、甲田雅一郎巡査に扮した、守村義衛の姿を、ほしなかえるさんに描いていただきました。
守村M.U.D対策室」でもこの姿で出てくる、広島県巡査甲田雅一郎こと、守村義衛です。今回は、このシリーズでも数回描かれており、作中でも出てきている、昭和10年制定の巡査制服姿です。
重垣:私服刑事の湯浅さんがイタリア映画の「刑事」で、制服警察官の守村さんは『多甚古村』の甲田巡査とは、渋いですね。
守村なぁに、たまたま手元にある衣装を寄せ集めたのと、高宗守トリオで装具の融通を利かせただけですよ。それに、自分の出身地が井伏鱒二と同じ広島なので、舞台になった瀬戸内地方の方言に近いから、地で演じられますけん。というわけで、これから広島弁を交えていきます。
重垣:井伏鱒二の有名な作品、『黒い雨』、『駅前旅館』の主人公には実在のモデルがいると言われますが、『多甚古村』も、徳島県の川田一巡査の日記がベースなんですよね。
守村てっきり井伏鱒二の出身が広島じゃから、『多甚古村』のモデルも広島の瀬戸内側だとばっかり思っておったら、瀬戸内海をはさんで反対側の徳島じゃったとは、知らんかったよ。『多甚古村』は雑誌連載当初から評判で、警察官・消防官の互助組合の機関紙、「警察協会雑誌」にも、書評がでておるぐらいじゃ。
重垣:モデルになった川田巡査はのちに、徳島県の警察協会の機関紙の編集に携わることになっています。今回は日本警察史を専攻する、犬飼さんにもゲストとして、補足説明と解説もおこなっていただきます。
犬飼T大学助手、日本警察史専攻の、犬飼高美です。この作品は、警察官が主人公なのに、推理小説でもアクション小説でもない、平凡な人々の日常を描いた作品なので、驚かれた作品です。それに、当時の駐在巡査がどのような任務を負っていたかを知る、貴重な歴史史料にもなります 。
重垣:確かに警察官が主人公だとなると、漫画や映画、テレビドラマも含めて、推理かアクションになってしまいますね。制服警察官の平凡な日々を描いた作品は、これ以外には乃南アサの『ボクの街』ぐらいしか、知りませんから。それから、日中戦争開戦直後の警察事情も顔をのぞかせていますね。
犬飼日中戦争開戦以降の物価上昇で、警察官をはじめとした公務員の生活は苦しくなりました。加俸や手当という形でベースアップが行われてはいますが、それでも追いつきません。よって、きつい仕事でも、警察官より給料の高い軍需工場などへ、「元警察官である」という箔をつけて転職するものが相次ぎました。それに、作中でも「部長が蒙古へ行きましたし…」とあるように、占領地の民政官として、陸海軍から現職警察官の出向依頼が来ています。一部は交代要員が派遣できる勝ち戦だったころに戻ってきて、出向前の職場に復帰していますが、ほとんどは敗戦まで帰ってくることができず、その中にはBC級戦犯に問われ、現地で死刑になった人もいます。
守村しかも、あの当時は巡査・消防手になるには兵役を済ませていなければならないという一項が採用要件にあったんじゃ。それに、警察官・消防官は徹夜勤務があるので、甲種合格ぐらいでないと勤まらない職業じゃ。必然的に除隊後巡査、消防手の採用試験を受けることが多かったので、予備役軍人が多いんじゃ。
犬飼だから、日中戦争開戦初期には警察官・消防官には真っ先に召集令状が来てね。文官と武官の差こそあれ、巡査が高等官八等、警視に相当する陸軍予備役少尉になるかと思えば、判任官の警部補が、国民の義務である輜重輸卒になるなんてこともあったんだ。巡査が少尉へというのはともかく、警部補が輜重輸卒へというのは、屈辱の一言では、済まされないわね…。
重垣:輜重輸卒は「輜重輸卒が兵隊ならば/チョウチョトンボも鳥のうち」などといわれて、銃を持ち、馬に乗った輜重兵に護衛されて、銃剣だけを腰につけ、馬や馬車を引っ張って歩く役で、昭和15年に輜重兵と一本化されるまで、万年二等兵だった存在ですからね。しかも社会的、人格的に優れていて、他の兵科に入れば将校の甲種幹部候補生、下士官の乙種幹部候補生になれて、活躍できる知力体力を持っていても、身長が低いというだけで、輜重輸卒にされたなんて話も、ありましたから。
犬飼しかも当時の警部補は、警部の定員が足りない地方では警察署長になる場合もあったし、それ以外の地方では、警察署の課長クラスだからね…。そうそう、警察官・消防官召集の極端な例は佐賀県ね。現在の県警本部長に相当する、県の警察のトップである警察部長に召集令状が来ています。しかもその後任が、のちに沖縄戦の民間側の最高責任者、内務省任命の最後の沖縄県知事として赴任、県職員や警察官を率いて民間防衛を指揮し、「沖縄慰霊の日」の昭和20623日、東京の内務省に、「沖縄県民斯ク戦ヘリ」と打電させた島田叡氏ですから…。
重垣:これも、忘れてはならない昭和の記憶ですね。そうだ、忘れていた。『多甚古村』は、映画になっていたんですよね。
守村戦後の「青い山脈」や「米」で有名な、今井正が昭和151940)年に監督したんじゃが、当時の国策で、シナリオは原作とはだいぶ異なっておる。しかも復刻版では、警察署に空き巣を連行してからのシーンがないんじゃ。親日政権や日本の占領を正当化するような歌を原作では歌っているから、それでカットされたのかもしれんが……。問題じゃあのう。
犬飼:映画は、若かった今井監督が意欲的に取り組んだ作品なんだけど、自然描写や甲田巡査の姿が、あれこれいわれてしまっているんだ。それに、さっき守村君が国策云々と言ったけど、原作にある、朝鮮人出稼ぎ土木労働者と内地の土木労働者の喧嘩や、引退したアメリカ人英語教師を住民の一部がスパイ呼ばわりして、結果的に村から追い出す部分や、村の中で起こった水争いを解決したことについては、一切触れられていないんだ。
守村昭和15年、日米開戦をなんとしても避けたい時期じゃ。そこでアメリカ人をスパイ呼ばわりなんぞ、できんからな。それに、「内鮮一体化」などといわれた時期じゃから、朝鮮人との対立も描くわけにはいかんし、銃後国民が一体にならなければならんのに、せせこましい水争いなんぞやっている場合ではないと言われてしまうしのぅ…。
犬飼それに、原作では殺人にまで発展する、対立する私立中学の生徒同士の決闘騒ぎでは、「…君たちのお父さん、お兄さん、おじさんたちは、戦地ではどこそこ出身だというだけで喧嘩などしない。それどころか、同郷というだけで仲良くなり、協力して戦っているんだ…」と注意して終わらせるなど、やむをえない部分も、あることはあるわね。
守村じゃが、世評風刺も、検閲に引っかからない程度でやっておる。中耳炎で寝込んでいた甲田巡査と、代理で来ていた同僚の杉野巡査が、甲田巡査の病後体力回復のためすき焼きをするくだりでは、「砂糖も高くなりましたな」「ぜいたく品の類じゃけぇな」というセリフが出てきたり、甲田巡査が戸口調査で立ち寄った家の、出征兵の母親に、戦地から届いた息子からの葉書を読んで聞かせる部分では、兵の身分での軍事郵便では、検閲で詳しいことが書けないのを反映して、聞いたあと、母親が「あれの手紙はいつも、判で押したようじゃ」と言わせる一面も、あるんじゃ。
重垣:国民生活に、戦争の影響が出始めているのを反映していますね。
守村そうなんじゃ、昭和15年は、まだ日本が破滅の道を歩まずに済んだかもしれない時期なんじゃ。それを何じゃ。たまたまテレビでヒットした、くだらない刑事ドラマを映画にする予算があるなら、制約のなくなった今こそ、『多甚古村』を原作のままでリメイクすべきじゃ!
犬飼確かに国策によるシナリオ作成の制約はなくなったけど、今度は「差別語」問題という、新たな制約ができている。原作をそのまま今、脚色も何もしないで朗読したら、放送コードに引っかかる部分があるからね。この十数年、「懐かしのアニメ全集」といった形で、昭和30年代〜60年代に放送された作品が復刻されているけれど、特に昭和30年代、40年代の作品では、シリーズ中の作品そのものが外してあったり、特定のシーンやセリフがカットされたり、音が消されたりしているものも多いんだ。当時はなんでもなかったシーンやセリフが、現在の放送コードに引っかかるという理由でね。今、「表現の自由」を、女性に対する性犯罪、性暴力、人権侵害としかいえないエロ漫画を商業ベースで描きちらすことにすり替えようとしている連中は、いったい何を考えているのかといいたくなるわね。人権意識啓発のためにも、原作をそのまま復刻すべきだし、これこそ「表現の自由」よ。
重垣:復刻版アニメ全集にしろ、『多甚古村』にしろ、昭和30年代までの作品は、当時の人権意識を考えさせられますね。話を元に戻しましょう。甲田巡査もこのあと、日米開戦以降は、闇物資の取締りや、警防団を率いての防空監視、戦況が悪化すれば国民義勇軍の編成…なども、やったのでしょうね。
守村原作では30代だそうじゃ。兵隊としては、20代後半以上になるとかなりの高年齢じゃから、本土決戦が近くなったころに召集令状が来たかもしれんし、下士官・将校なら、日米開戦以降、予備役として応召したかもしれん。それに、さっき犬飼さんが言ったとおり、占領地の行政官としても出向しているかもしれない。わしは、甲田巡査の勤務する多甚古村は広島県の瀬戸内側にあると思っておるから、原爆でめちゃくちゃになった広島市や、空襲で廃墟となった呉市の応援にも、警防団員や保健婦とともに行ったんじゃろうな。どこで甲田巡査が終戦の詔勅を聞いたのか、気になるところもなくもないが、甲田雅一郎巡査はこののちしかるべき女性と結婚、子宝にも恵まれて、天寿を全うしたと信じたいのう……。
犬飼『多甚古村』が映画になった翌年からが、まさに「激動の昭和」。警察も例外ではなかった。昭和23年に国家地方警察・自治体警察に分離。29年に再統合されるころには、60歳近くになっている。そのころには警部、警視になっていると信じたいわね。事実警視庁に昭和14年に巡査として入って、昭和30年代に任警部補というケース、知っているから。(時計を見て)おっと、もうこんな時間だ、重垣さん、そろそろ締めのせりふ、お願いね。
重垣:わかりました。このイラストは、管理人がOMCを通じ、クリエータのほしなかえるさんに描いていただいた作品です。無断転載、無断リンクは、お断りします。
犬飼著作権法違反で「逮捕されちゃうぞ」にならないように。