昭和32年式盛夏服姿の内藤武士巡査部長・宗村高光巡査




右、内藤巡査部長。左、宗村巡査


重垣:「激動の昭和彩った、あの日の姿、今ここに」をモットーとする、コスプレ集団・レイヤーズ。今回は日本が激変した昭和30年代後半から40年代前半にかけての警察官盛夏服姿を再現します。
内藤:コスプレ集団・レイヤーズ会員、実技教官、内藤武士。
宗村:同じく、コスプレ集団・レイヤーズ会員。庶務担当、宗村高光。我々が、今回、モデルになりました。
内藤:日ごろ制服を着慣れているので、お呼びがかかりました。
重垣:内藤さんは類縁業種の警備員ですし、宗村さんは鉄道員ですからね。ところで今回のデザインは、色を青に変えると、昭和43年式に似ていますね。
内藤:ええ。基本的デザインは昭和21年式盛夏服と同じで、左右に蓋のできる胸ポケットと肩章がついた長袖ワイシャツに同じ色のズボン、制帽ですが、負革を装備しなくてよいことになりました。また、地方によって差がありますが、昭和38年の警部補・警部の階級章のモデルチェンジ前後から、半袖盛夏シャツやメッシュ制帽を採用する地方も出ています。
宗村:それに、鉄道公安官も昭和36年に冬服を警察官類似の四つボタンシングルにしたのに合わせ、似た色とデザインの盛夏服を採用しています。
重垣:あれ、今でも警備員でグレーの盛夏服姿を見ますが…。
内藤:ええ。いまでも警備員と消防官は、使っているところもあります。ですがね、染料の質がよくなっても、色あせしやすいんですよ、グレーは。カーキ以上に目立つし。
宗村:なので、昭和43年に、色あせしづらい灰青色のなじみ深いタイプにモデルチェンジするわけです。
重垣:ところで婦人警察官の盛夏服は、どういうデザインなんです?
宗村:昭和32年のモデルチェンジでは、婦人警察官を採用している都道府県が少ないことから、採用している都道府県警本部が制定することとされて、デザインはまちまちになっています。山梨県のように男性用と合わせと制帽が違うだけで、スカートが加わっただけというところもあれば、千葉県のように女物のスーツを思わせるタイプなど、千差万別です。
内藤:昭和32年式婦人警察官盛夏服については、別項目で解説しないと収拾がつかなくなるので、今回は省略します。
重垣:わかりました。ところで、なぜ今回、昭和32年式盛夏服にしようと思ったんですか?
宗村:東京地区限定で『三丁目の夕日』、『逮捕しちゃうぞ』や『こちら亀有公園駅前派出所』を切手にするならともかく、今年(2008・平成20)はよりにもよって、いまだにそんな機材は夢物語の『パトレイバー』を全国向けの切手に使ったので、それに対抗するためです。我々が着ている制服は、実在しているんです。実際に袖を通し、勤務した人がいるんです。何が特車2課だ。そんな機材があったら見せてほしいもんです。第一警察官制服がモデルチェンジして、再び盛夏略服は長袖が主流になったのみならず、防刃衣を上から着るようになると誰が想像できましたか。今年は青函航路就航から100年、廃止から20年の節目の年。不安と期待を抱き、未開の地北海道へ向かう国内移民を乗せた田村丸、比羅夫丸や、戦時下の軍需物資輸送に対応するため軍当局を説得して作らせたものの、昭和20年7月13日の青森空襲で、大湊要港部から派遣された海軍軍人の操作する7.7ミリ機銃、13ミリ機銃、25ミリ単装機銃で応戦しつつ、湾外に退避しようと回避行動を続けたものの、次々と沈められた戦時標準船の青函丸シリーズ。 戦後復興の動脈となり、津軽海峡を往復する人々の哀歓を見てきた、摩周丸、羊蹄丸、檜山丸、十和田丸といった数々の青函連絡船の雄姿こそ、切手にすべきです。我々の先人と共に、激動の20世紀、激動の昭和を歩んだのですから。よって現実直視、ネオ・レアレズモのレイヤーズは、人々の記憶にある、高度経済成長真っ只中、昭和30年代後半から40年代前半の、警ら課の警察官に扮しました。
内藤:と、理屈っぽい宗村は言っていますが、今年は北京オリンピックだから、それにひっかけて、東京オリンピックのころの盛夏服姿を復元したらいいんじゃあないかって話が出ましてね。それで、自分は交番長の巡査部長、宗村は曽根史郎さんの歌に出てくる、「若いお巡りさん」を意識した巡査に扮しています。
重垣:東京オリンピックのときの盛夏服ですか…。いやあ、奥が深いですね。さて、そろそろ締めのセリフの時間です。このイラストは、管理人がオーダーメイド・コムを通じ、クリエータのKAXAKさん、ほしなかえるさんに描いていただいた作品です。無断転載、無断引用は、禁止します。