内藤武士消防曹長

重垣:忘れてはならない昭和の記録、独立短編企画シリーズ、「4月13日のできごと」、「4月13日 〜煙の中から現れた白バイ〜」に出演された内藤武士消防曹長の姿を、鉄匠さんに描いていただきました。
内藤:作中でも同姓同名で出る、内藤です。
重垣:今回は、記念写真的ショットですね。
内藤:ええ。消防曹長に任官したときに、撮ってもらった一枚の写真…という設定です。紺色刺子布の防火外套で、戦時標準型ポンプ車を熱川が操作し、清水や学報の宮村、特消の高村を率いての消火活動のさなかを描いてもらおうかとも思ったのですがね。制服のデザインは、警察官と区別させるため階級章を襟につけている以外は、巡査部長と同じです。現在のように服制に作業服がなかった時期なので、貸与年限の経過したものを防火外套の下に着込んだり、作業服として使ってもいます。
重垣:作中では消防曹長で出ていますが、どんなことをするんですか。
内藤:消防曹長は現在の消防士長に相当し、ポンプ車一台、分隊長以下七名を率いて消火活動に当たります。消火時には放水手を指揮し、警防課、予防課などでは警察の巡査部長と同じく、部下の消防手を指揮し、防火査察や消防水利の管理に当たります。作品でも触れているように、日中戦争開戦以降、予備役軍人が多かった関係で、軍人としてはもちろん、占領地の行政に携わるため文官の司政官として経験をつんだ多数の消防官が出征、出向しており、小官のような「予備役砲兵曹長で関東大震災を経験した、歴戦の消防官」は貴重な存在でした。
重垣:「4月13日」シリーズは、大越一二さんが編纂した証言集『東京大空襲時の消防隊の活躍』にある消防官の回想をベースにして書かれた、セミ・ノンフィクションですよね。
内藤:ええ。「前方が煙でどうしても進めないとき、煙を突っ切って伝令の白バイが飛び出してきたので、「行かれるか」と聞いたところ「まだ火が回っていない。」と返してきたので、一か八かで突破した」、「住民に安全なところへと逃がせと詰め寄られて、だめでもともとで青山霊園へ避難誘導したところ、助かった」など複数の回想をベースにしています。この話では割愛しましたが、『東京大空襲時の消防隊の活躍』は暗い話ばかりではありません。「震天制空隊が出撃し、B29を撃墜して東京湾に沈めた一部始終を望楼から見て「ざまあみろ」と思わず叫んだ」とか、「勤務中にとある婦人から、『ぜひともお酒を召し上がっていってください』」と言われた、「酒屋が「どうせ焼けてしまうから、飲んでいってください」と道行く人に酒を振舞っていた」「銀座二丁目で消火活動を終え、帰署しようとしているところ、向かいのパン屋から大きいパンを2つももらってうれしかった」といった話もあります。
重垣:銀座二丁目…、ひょっとしたらそのパン屋、今もある老舗かもしれませんね。
内藤:銀座は神保町、滝野川、月島といった地区と同じで、焼け残ったところですからね。調べるとわかる…かもしれません。震天制空隊の活躍をみての「ざまあ見ろ」は当時の人々の心境を代弁したものですし、「お酒を…」は、別段家族を消防官にして徴兵・徴用逃れをしようなどという下心があるわけではなく、当時民間防空の第一線で、文字どおり「銃後治安の戦士」として炎と戦った消防官に対してせめてもの気持ちを表したのではないか…と回想しています。
重垣:わたしの出身地の新潟は、幸い空襲はなかったものの、8月15日には原爆が落ちるというデマが飛び、市長や地方総監名の退避命令が出ましたからね…。
内藤:消防官は民間防空の主力として、持ち場を離れず死守し、文字通り職に殉じた人々も多数出ています…。いまこうやって我々がいるのも、その人たちのおかげです。
重垣:制服姿を描いてくださった鉄匠さんにも、感謝しないといけませんね。さて、このイラストは、管理人がOMC
を通じ、クリエータの鉄匠さんに描いていただきました。よって、無断転載、無断リンクはお断りします。
内藤:著作権には、十分留意しましょう。