交通整理にあたる高村宗光巡査〜博物館ボランティアの一瞬〜

交通整理にあたる高村宗光巡査
〜博物館ボランティアの一瞬〜




重垣:「激動の昭和彩った、あの日の姿、今ここに」をモットーに活動する、コスプレ集団・レイヤーズ。今回は詰襟の昭和10年式巡査制服姿で交通整理にあたる、高村巡査の姿を、梅丸藤堂さんに描いていただきました。
高村昭和21年昭和44年についで、昭和10年代、大正後半から戦災でやられる前の交通課警察官の主任務を再現することになりました。今回は博物館ボランティアやロケハンでお世話になっている民家園で開かれた、往年の名車を集めたイベントで交通整理にあたっています。レイヤーズ・メンバーは、歴代の警察官制服を持っている以外に、交通指導員をやっている者、交通誘導員の経験者がいるから、声がかかったわけです。
重垣:なるほど。だから背景が現代なんですね。そうそう、「あの日の記憶 昭和44年の交差点」では、昭和30年代後半までは手信号で捌ききれたので、交通課の主任務は、交差点での交通整理だと言っていましたね。
高村:ええ。定員オーバー、過積載は日常茶飯、それが原因で故障してもメーカーのせいにされましたし、飲酒運転も平気だった時代です。このころは絶対的交通量が少なかったので、事故を起こさずに済む場合が多かったですがね。無論、交通違反を取り締まるのも交通課の任務ですが、この制服の時代も、中心は交差点での交通整理でした。
重垣:交通違反を取り締まるため、赤く塗ったバイクを使ったのが今の白バイの始まりだというのは、有名ですよね。
高村:ええ。昭和11年には現在と同じく、白になります。ハーレー・ダビットソンの日本正規ライセンス生産の陸王が、現役で走っていた時代です。今のような乗車服のない時代ですから、バイク乗務の場合は、今回自分が着ている制服のまま、しいて言うならゴーグルをつけて走っていました。『逮捕しちゃうぞ』では、外伝としてアメリカ版や時代劇版もやっているんだから、中嶋剣が陸王で、昭和20年3月10日の第一次東京大空襲で焼ける前の、現在の墨田区・台東区界隈を走る姿を描いてもらいたいもんですよ。
重垣:独立短編企画の「4月13日のできごと」は、それを意識されているんですよね。
高村:ええ。あの作品では自分は警防団消防部出身の特別消防員、高村健として出演しています。あの作品はセミ・ノンフィクションです。煙で進路をさえぎられてしまい、いよいよだめかと思った瞬間伝令の白バイが飛び出してきて、「この先は行かれる。火は回っていない!」と言って走り去っていったのは、実話です。昭和20年4月13日、現在の北区、豊島区、板橋区、文京区方面が狙われた第2次東京大空襲をはじめとした東京空襲を、特別消防員として体験した祖父がよく話していました。おっと、話題がそれましたね。元に戻しましょう。今回は、宗村や守村が描かれたのと同じ、普通のズボンで勤務していますが、交通整理に当る場合は、巻脚絆に短刀装備が多かったんです。
重垣:なぜです?
高村:サーベルでは勤務の邪魔になるし、ズボンのすそがひらひらしていると、危険ですからね。鉄道もですが、戦時体制以前から、ズボンのすそが引っかかって受傷事故を起こしかねない場所では、ゲートル巻きは普通だったんですよ。
重垣:なるほど…。
高村:このシリーズで何回か触れたように、日中戦争開戦以降、警察官が戦地に軍人として応召、軍政要員として転属していくと人員不足になり、制服姿の事務職員、警察官候補生の少年警察官を交通整理に当たらせたところもあります。さらに戦火が太平洋に拡大すると、バス・トラックを使った陸運業者の監視監督が交通課の本来任務に加わり、ついには人員不足から、昭和19年、20年には交差点から交通警察官は、消えてしまいました。
重垣:そして、敗戦後、戦時体制が解けて人員が確保できるようになると、つぎはぎだらけ、色あせた制服で、米軍MPの側で歩行者だけの横断指導にあたる、記録写真で知られる姿になるわけですね。
高村:はい。まさにそのとおりの状況になります。絵になりませんが、忘れてはならない昭和の一瞬として、これもいつか、再現しなければなりませんね…。(時計を見て)さて、そろそろ締めの時間です。重垣さん、いつものセリフをお願いします。
重垣:このイラストは、管理人がオーダーメイド・コムを通じ、クリエータの梅丸藤堂さんに描いていただいた作品です。
高村:よって、無断転載、無断引用は禁止します。著作権には、十分留意しましょう。