歴代警察官制服紹介〜戦後編〜

歴代警察官制服紹介
〜戦後編〜





重垣:「激動の昭和彩った、制服姿を今ここに」を合言葉に活動する、官庁系制服、運輸通信系制服を中心とした、硬派路線のコスプレイヤーの集団、コスプレ集団・レイヤーズ。今回は、血縁関係がないのに似ていると言われる、「他人の空似」の高村宗光、宗村高光、守村義衛の通称「高宗守トリオ」が扮する、昭和27年以降の歴代警察官制服姿を、漆沢貴之さんに描いていただきました。
高村:『白昼夢』シリーズをはじめとした作品では、重垣さんが言ってくれたように、三人で行動していることが多いんだけど、描かれた回数はは意外なことに少なくて、今回でやっと4作目なんだよな。
宗村:第1作目は、明治29年から昭和10年までの、詰襟佩刀装備のころの巡査制服姿の「歴代警察官制服紹介 詰襟式編」、第2作目は、アメリカの日系人警察官に扮したティファニーさんが入って、僕は昭和39年式制服の鉄道公安班長、高村と守村は昭和43年式警察官制服で、高村が警ら課の巡査、守村が皇宮巡査に扮する「警察合わせだ・レイヤーズ」、第3作目が、僕が国鉄の車掌、高村が連絡船の航海士、守村が鉄道公安官に扮して、戦隊物の悪役の将軍を「海峡ラーメン」と「連絡船のうどん」の麺つゆでやっつける、「青い三重連の「連絡船の味アタック」」と来て、今回の、昭和27年から43年までの、帯革装備の時期の警察官制服を紹介する「歴代警察官制服紹介 戦後編」だから。
高村:純粋に「高宗守トリオ」が結成されているのは、「詰襟制服編」と今回の「戦後編」の2作品だけだねえ。しかも、「詰襟制服編」も似たようなデザインだし、「警察合わせだ・レイヤーズ」は制服は同じ昭和43年式で、俺が警ら課の巡査、守村は皇宮巡査だから、拳銃の種類と警笛吊り紐でしか識別できないところへきて、ムネさんが似たデザインの鉄道公安官だろう。難易度の高い「間違い探し」状態だからね。
重垣:わたしも、もっとたくさん高宗守トリオの姿をご紹介したような気がしていたんですが、合計で4回だったとは意外です。
守村:こっちも意外だよ。それだけわしらは存在感があるのかねえ。ところで今回の話題は、描かれた回数ではなく、制服の話じゃあないのかい?
重垣:おっと、そうでしたね。といっても、昭和27年式はともかく、32年式、43年式は、熱川さんと清水さんの「熱川・清水コンビ 〜鉄道公安官と鉄道警察隊〜」「熱川・清水コンビ 〜歴代警察官制服紹介〜」などで紹介しているので、内容、重複しますよ。
宗村:ですから今回は、熱川・清水コンビ作品で鍛えた、制服の年式を見極める知識を試す作品なので、「他人の空似」の僕らがモデルになったわけです。
高村:デザインに差があって、明らかに区別できる、昭和21年式、平成6年式を外したのも、そのためなんだ。本来なら入れなければならないんだろうけどね、題名どおりにするなら。
宗村:オリジナルイラスト・アルファの定員が4名までなので、相談の結果、高村がさっき言ったとおり、昭和21年式と平成6年式は次回にして、昭和27年、32年、43年と、デザインがよく似た時期にしました。
守村:モデルも、よく似た顔の俺らがいいだろうという話になったんだ。
高村:今回の企画は、オーダーメイド・コムが、あの、俺ら模型野郎なら一回は模型の箱絵で見たことがある、小松崎茂画伯の描いた漫画、『地球SOS』を原作にしたネットRPGをはじめるから、それを意識している部分もあるかな。タイアップ企画が太陽が西から昇ったり、雪が真夏に降ったりするようなことをやるなら、俺達は、地に足をつけて、日本国民一億二千万人が歩んだ、「昭和のあの日」を再現するんだ!ってね。本物を読んだ世代が成長する過程で、リアルタイムで見た警察官制服姿だからさ、今回は。
重垣:(しばしの間、資料を見て)…お言葉を返すようですが、守村さんの制服は昭和27年制定ですから、かすりもしませんよ。
宗村:東京23区内を所管した、自治体警察東京警視庁は一足先の昭和25年に、守村が着ているデザインを採用しています。ですから、東京23区内に住んでいた場合は、連載中に見ています。
重垣:まあ、成長する過程なら、リアルタイムで見たといっても間違いではないですね。ですが、世界観は『地球SOS』を元にしていても、内容はぜんぜん違うみたいですよ。ストーリーは2007年から始まることになっていますし、原作を読んでいても、プレイするうえでは有利にならないと公式サイドが言明しています。
守村:なるほどね。あくまで小松崎画伯の作品は原案、タイトルを使わせてもらっているだけで、ゲームの内容はテラネッツサイドが決めると…。(しばし考え)ですがね、重垣さん、今、現実に、バグアでしたっけ、そんな宇宙人がどこかに攻めてきていますか?来ていないでしょう。宇宙人が侵略してくるとした1990年は、元号は平成に変わりましたが、連載時現役国電として走り、各地で発火事故を起こし、未完のまま中断した昭和26年の前年、昭和25年には、多数の死傷者を出す、「桜木町電車火災」という最悪のシナリオになったことでも記憶される、戦時生産簡易型のモハ63系は、不燃化改造を受けたモハ73系として、閑散線区で、旧型国電に共通する塗装のチョコレート色のほかに、101系、103系と同じ色に塗られて、平成17年まで旅客輸送で走っていましたし、タブレット閉塞も地方の閑散線区や各地の中小私鉄で今も使われています。社会全体がまだまだ人に頼る部分が大きく、ロボットは一定の動作しかできない産業用が、工場で危険を伴う単純作業に、労働者の安全確保の観点と、能率向上のため使われる程度、リニアモーターカーは実験線レベル、自動車もゴムタイヤを使い、ガソリンエンジンで走っていて、画伯が描いた世界は夢のまた夢…の状態でしたから、そのときの心境を、ぜひとも聞いてみたかったですね。
高村:『男はつらいよ』の名ゼリフ「それを言っちゃあ、おしまいよ」じゃあないけどさ、天才と言われた手塚治虫だって、いまのように、個人単位で簡単に使えるコンピュータの爆発的普及や、パソコン通信が全世界につながる、インターネットとなり、電話も無線で使えるうえ、手のひらサイズになって、個人個人が持てるようになるとは予想できなかったんだから。
宗村:ですから、レイヤーズは、不確定要素の多い「近未来」はやらないんです。とっくの昔に原作では登場している年を過ぎていても、いまだにそんな機材は夢物語の世界の「特車二課」の連中より、ニトロ噴射トゥディを操る、墨東警察署交通課の辻本夏実・小早川美幸巡査や、着装規定に違反する無帽腕まくりで、木製サンダルを履いた、亀有警察署警ら課の両津勘吉巡査長のほうが、まだ現実味があります。確かに設定は現実の警察組織から見ればめちゃくちゃで、よく3人とも諭旨免職処分や懲戒免職処分を受けないなあと思わされる作品もありますが、亀有駅前交番と、ホンダ・トゥディは実在するし、作品の登場人物は、我々と同じ時代を生きているんですから。
高村:タイアップ企画が、また性懲りもなく天から降ったか地からわいたか知らない連中に地球が侵略されて云々かんぬんとやるんなら、俺らはさっきも言ったように、激動の昭和を彩った、あの日の制服姿を再現するんだ。タイアップが『地球SOS』に連動するなら、こっちは映画にもなった『三丁目の夕日』と、同名主題歌で有名な映画の『若いお巡りさん』、それに警察学校の初任科生を卒業して、交番勤務になった新人警察官の奮闘を描く『ボクの街』だい!
守村:さすがは江戸っ子。反骨精神旺盛じゃあのう。で、話を元に戻すと、識別ポイントや補足説明は、ここで話すと長くなるので、下に書いておきました。お暇なときに見てください。
宗村:一見すると、今回も「間違い探し」状態だからね。
重垣:タイアップ企画対抗云々はともかく、「他人の空似」と言われるだけあって、高村さん、宗村さん、守村さんを見極めるのは、結構難しいですね。面識があって、制服の予備知識のあるわたしでも…。
高村:この「他人の空似」をうまく利用すれば、相手を混乱させることができるんだ。もっともこれは、『白昼夢』より『ジュリバン外伝』か『トラフィック戦隊・アンゼンジャー外伝』向けだねぇ。
守村:外見はほとんど変わらない、わしらじゃけんのう。
重垣:(時計を見て)さて、そろそろ締めの時間です。
守村:もうそんな時間かい。時間が経つのは早いのう。
高村:話題は尽きないけど、重垣さん、いつものセリフをお願いします。
重垣:わかりました。このイラストは、管理人がOMCに発注し、クリエータの漆沢貴之さんに描いていただいた作品です。無断転載、無断引用はお断りします。

高村、宗村、守村の識別ポイントと制服の細部



1、制服の年式
警察官の制服は、一形式が原則である。複数の種類が混在することは、モデルチェンジ直後を除くと、起こらない。よって便宜上、軍隊の昭五式、九八式、三年式のように、制服のモデルチェンジが行われた年を頭につけて、昭和27年式、32年式、43年式などと呼んでいる。
2、階級章のデザインと位置
昭和27年式までは、巡査・巡査部長と警部補以上で階級章の装着位置が違っていた。巡査・巡査部長はイラストのように左腕に装着し、逆V字の数で階級を識別する。警部補以上は右胸ポケット上部に、黒ラシャ台地に金線と旭日章の数で階級を識別する、別のデザインの階級章を装着する。昭和32年式以降は、別個のデザインの階級章をつける警察庁長官、警視総監を除き、全階級で襟の第1折り返し部分につけることになる。
3人とも階級は巡査だが、階級章のデザインは、守村は左袖に逆V字一つ、高村は銀色金属板の中央に旭日章一つ、宗村は銀色金属板の中央に金線一本を黒線が縁取り、その上中央に旭日章一つと変化している。
3、襟のデザインとボタンの数
昭和27年式、32年式、43年式、それぞれ襟のデザインが微妙に違っている。また、ボタンも昭和27年式と43年式は4つ、32年式は3つになっている。
4、ポケットのデザインと数
昭和27年式の腰ポケットは、帯革を装備する関係で使う回数が少ないので、背広式の飾りフラップをボタンで止めたものにした。よって胸ポケットを大きく作ってある。昭和32年式は胸ポケットを小さくしたかわり、腰ポケットを復活させ、フラップをボタンで止められるようにしてある。が、地方によっては27年式と同じ理由で、飾りフラップに戻すところもあった。昭和43年式は再び胸ポケットのみにしたかわり、大きめに作ったが、昭和51年にマイナーチェンジがあり、小さくしている。腰の飾りフラップのデザインは、32年式と同じくした。また、胸ポケットのフラップのデザインも、27年式、32年式、43年式で変化している。
5、袖章の太さ
昭和27年式、32年式は3センチだが、43年式は半分の1.5センチに細くなっている。
6、拳銃嚢のデザイン
昭和51年までは、高村が装備しているのと同じオープンホルスターだったが、風雨に曝されて手入れが面倒なのと、使用する事案もめったにないので、昭和51年の全国統一の婦人警察官制服制定と同時に行われたマイナーチェンジで、旧軍の14年式や26年式拳銃嚢を思わせる、拳銃全体を覆うデザインになっている。また、予備弾薬入れも、予備弾まで使用する事案はめったになく、常備する必要がないので、昭和51年には装着せず、必要があれば予備弾はズボンの前ポケットに入れることになった。
7、肩章の旭日章
昭和32年式までは、肩章に旭日章がついていた。昭和27年式までは、警視=奏任官、警部、警部補=判任官、巡査部長、巡査=判任官待遇という戦前の官等の名残からか、巡査・巡査部長は銀色金属や金色糸の刺繍だが、警部補以上は金色金属という材質の差もあった。
8、配列と識別点
配列は、左から年代順に昭和27年式(守村)、32年式(高村)、43年式(宗村)となっている。高村は裸眼、守村の眼鏡は銀色フレーム、宗村の眼鏡は金色フレームなのが制服以外の識別ポイントの一つ。
9、ローカル・ルールの存在
このイラストでの拳銃吊り紐は白色に統一しているが、昭和40年代ぐらいまでは、黒や黄色を使うところもあった。また、警棒もニス塗りに統一してあるが、警視庁のように黒塗りにするところと、埼玉県、千葉県のように木目を生かしたニス塗りにしているところとに分かれていた。予備弾を入れるポケットも、右前、左前と各地でまちまちである。基本的には警視庁の着装を参考にするところが多いが、都道府県ごとにローカル・ルールが存在していた。
10、昭和27年式の着装・補足
昭和27年式が採用された時点では、現在の消防と同じく、人口など一定の要件を満たした市町村は自治体警察として自前で警察も持たなくてはならず、財政基盤や人口の関係で維持管理ができない町村は、国が費用を負担する国家地方警察が所管する、二本立てだった。よって、自治体警察の警察吏員は国家地方警察や他の自治体警察と区別できるよう、市町村の記章をつけていた。住民から公募する、市町村の記章にするなどデザインが違うのはもちろんだが、装着位置や記章の種類もまちまちで、現行の警察官制服や警備員のように、左腕にワッペンとして装備する地方(警視庁など)、左右またはどちらかの襟の第1折り返し、ボタンホールの位置に直径3センチ程度の記章をつける地方(一番多い)、駐留米軍の関係からか、アメリカの警察バッジ風のデザインのものを左胸ポケット上部につける地方(横浜市、横須賀市など)にわかれていた。装着位置は一か所と定められているわけではなかったので、ワッペン・警察バッジと襟章の併用もできた。制服も国家地方警察本部が、国家地方警察長官訓令という形で定めた服制を参考にはするものの、自治体警察独自にデザインすることもできたので、本文中で触れたように、東京23区内を所管した自治体警察東京警視庁は一足先の昭和25年に、この形式を採用している。モデルチェンジ前の試行段階かとも考えられる。
守村は、今回特に自治体警察の記章はつけていないので、国家地方警察・自治体警察の二本立て時代は、国家地方警察の所属になる。着ている制服の被服片布には「昭和30年貸与」とあるので、現行制度になってから支給されたものである。
ワイシャツとネクタイの色はなぜか服制に入っておらず、前述のように国家地方警察は国家地方警察長官訓令で定め、自治体警察は維持管理する市町村が独自の条例で決めた。物資調達の関係からか、国家地方警察を例に挙げると、シャツは白が基本だが、無地なら灰色やカーキ色も使えた。ネクタイも紺色以外に、青、水色、緑色、黒、臙脂の無地のものが使用されている。昭和32年の「警察官の服制及び装備に関する規則」で規則の中に取り込まれて、ネクタイは紺色、ワイシャツは白となり、平成6年まで続く。