独立短編企画
警察署史編纂史料
「デュラハンの手引き」
〜いたずらから大事件へ〜


坂下交番は、昼間8名、夜間3名の3部勤務交番で、婦人警察官2名も配属されているところである。
以下に紹介する事案は、某年某月某日、熱川進巡査、清水清司巡査、園田方也巡査の3名が当直したときに発生している。

酔っ払いか、よほどの用事でもない限り出歩く人などいない深夜2時。坂下交番勤務の熱川巡査と清水巡査は、受持区内を巡回していた。
「月がきれいだな。」
熱川が言うと、清水は返す。
「無風流だと思っていたお前でも、風雅を解する心はあるんだな。」
おりから、満月に近い。
「あたりまえだ、俺だって木や石でできた存在じゃあない。」
熱川の言葉と同時に、ぎゃーという声がした。
「なんだろう…?」
「行ってみよう。」
音のしたほうへ向かうと、一軒の家の戸が開け放たれている。強盗か…。
一方、その様子にかまうことなく騎士が馬を進ませるので、熱川は言う。
「俺はあいつを追うから、増援を呼んでくれ。」
「わかった。」

相手は馬だからストライドがあり、どんどん引き離されるので、熱川は声をかけた。
「おーい、そこの人。殺人事件があったから、事情を聞かせてください!」
しかし、騎士はお構いなしに馬を走らせる。
(このままでは逃げられる!)
彼は、腰の拳銃を抜いた。
「そこのあなた、馬に乗っている人、今すぐに馬を止めなさい、さもないと、馬を撃ちますよ!」
その声に、馬上の人はくるりとこちらを向いた。
女性だった。時代がかった白銀の鎧を着ているから、騎士だろう。
しかし、本来あるべきところに首はなく、脇に抱えられている。


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(なっ…!)
熱川が一瞬気おされたすきを突いて、首なしの騎士は無言のまま、馬を走らせ、夜の闇に消えていった。
警笛を聞いてやってきた、園田巡査が言う。
「熱川、相手は人間じゃあないぜ…。」
しかし熱川には、一瞬彼女が彼を見て、ほほ笑みかけたような気がした。

一方そのころ。
騒ぎを聞きつけ起きだしてきた一同は、血の海の中で倒れているという凄惨な情況に凍りつき、遠巻きに見ている。
清水巡査が男の脈を取ると、まだあるので、
「すぐに医者を呼んでください。それから、家の中のものは動かさないでください。倒れているかたは、誰ですか。」
というと、メイドの一人が答える。
「ご主人の、イワシニオフ・ステープルズ様です。」
「わかりました。一体どうされたのですか、しっかりしてください。」
彼の言葉に、主人は目を開け、言う。
「戸をあけろという声がしたので、一体なにごとかと思ってあけたところ、いきなり血のようなものをぶっかけられたうえ、『来週の今日、お前の命をもらい受ける』と脅迫していったんです。で、恐ろしくなって大声をあげたところまでは覚えていますが……。」
「どこか、斬られたような感触は?」
「まったくありません。」
言われてみると、血はあたたかくない。
とそこへ、医者がやってきたので念のため体を改めたが、傷はない。
「悪質な、いたずらですかねえ…?」
メイドの一人が言ったので、清水は返す。
「それは、これから我々で明らかにしていきます。」
殺人事件でないのだから、大騒ぎにする必要はない。しかし、念のため捜査係を呼んでおいたほうがよいだろう。清水巡査は、
(熱川だけで、何とかなるかな…?)
と思いながら、家の電話を借り、報告する。
「悪質ないたずらですが、念のため捜査係をお願いします…」
しばらくたって、捜査係長の湯浅警部補がやってきた。
「おう、清水。一見殺人事件かと思わせる悪質ないたずらだってな。」
「警部補殿より、防犯課の犬飼巡査部長殿の出番かもしれませんがね。」
清水が言うと、警部補は返す。
「念のため、見ていくよ。ほかの事件に関係があるかもしれんからな。」
そのうち鑑識係もやってきたので、地域課の熱川と清水は、現況監視や野次馬整理にかかった。

騒ぎが一段落し、交番勤務の引きつぎを終えた熱川・清水の二人は署で園田と合流し、上司である内藤巡査部長と近藤巡査部長に、昨日起こった事件の一部始終を報告する。
180センチオーバーの長身で、腕も立つ二人が並んで立つと、やましいことがなくても、気おされる。まるで紺色の壁だ。
「で、追いかけていったところ、首のない女騎士がいたんです。」
「首のない女騎士…?」
熱川の言葉に、内藤部長は首をひねる。
「デュラハンになるな、それは。」
デュラハンは、鎧姿の騎士で、死を予告する精霊とも、はたまた単に馬車や馬で夜中に騒音を立て、閉口して文句をいいにきた者に血をかけて逃げる妖精とも言われている。
近藤巡査部長が、しばし考えてから次ぐ。
「幻覚を見たんじゃないの?」
「いえ、園田も見ています。」
園田が言う。
「自分も確かに見ました。あのときは、公園で保護した家出人の少女を終列車に乗せ、鉄道公安官の大滝さんに申し送りをした帰りに熱川の警笛を聞いたので、現場に直行したんですから。」
園田巡査は二人が巡回に出たあと、公園で家出した女子高生を見つけたという人とで、終列車に間にあうよう駅まで送り届けてきた帰りに警笛を聞き、増援に来ている。
近藤巡査部長が言う。
「相手が何者かわからないにしろ、夜中に騒音を立てて、血をかけて逃げるなんてのは放っておけないわね。三人とも、今度見つけたら、騒音防止条例違反の現行犯で逮捕していいわよ。」

そのころ、捜査課では。
湯浅警部補は、頭をひねっていた。
「悪質ないたずら、なのかねえ…?」
鑑識からの報告では、血液は人間以外のものと出た。
騒動が落ち着いてから聞き込みがてら、湯浅警部補は防犯課少年係の犬飼巡査部長とで再度訪れた。
「いやはや、ひどいいたずらをされたものですね。しかし、この管内の悪ガキはだいたい押さえていますから、来週あたりには、親御さんとで謝らせてみせますよ。」
湯浅警部補の言葉に、主人のイワシニオフ・ステープルズは、
「そんないたずらの容疑者を割り出すなんて、どうでもいいですよ。」
という。
「なにか、いたずらをされるような心当たりはありますか?」
犬飼巡査部長の言葉に、彼は首をひねり、
「さあ?」
というばかり。念のため、屋敷に住み込んでいるメイドやコック、執事など全員を洗ってみたが、いずれも身元はしっかりしたものばかり。それにイワシニオフもほとんど家に引きこもって生活しているようなもので、周囲の悪ガキ連中にいたずらをされるような気配はない。
制服警察官を夜間、立ち番させようか申し出ると、
「お言葉はありがたいのですが、そっとしておいていただけませんか。」
といい、警察との接触を避けたがる。普通なら、いたずら者を逮捕できるかもしれないと制服警察官の配置を望むはずだが…。
「なんか、イワシノフはいろいろ引っかかるんだよな…。」
彼の手は、管内の外国人登録簿と、指名手配のリストに伸びていく。

それから数日後の、坂下交番。
園田が巡回に出たあとで、熱川と清水は、
「デュラハンに狙われる理由…ねえ…。」
「さっぱりわからんね。それに、俺ら、どうやってあいつと戦えばいいんだ。人間相手の戦い方は知っているけれどさ…」
「ううむ…。」
と首をひねっていると、熱川の目に、巡回連絡簿が飛び込んできた。
「巡回連絡簿に、ヒントがあるかもしれないぞ。」
巡回連絡簿とは、管内の住民の家へ巡回中立ち寄ったとき、気になったことなどを書き留めるもの。
デュラハンに狙われた男の名前は、イワシニオフ・ステーブルス。近ごろ共和国に入国してきている。家には彼のほかに、召使やらなにやら住み込ませているので、一家を成しているといってもよい。
あの騒動以降近所の住民は、巡回連絡に行くと、「どこかで何かあくどいことをしてきたのではないか、だからこそこそ家に引きこもっているんだ」といってくるものもいる。
言われてみると、イワシニオフが外に出るのは、朝と夕方の散歩か、なにか用事があって市街地に行くぐらいで、こそこそしているようにも見えなくはない。それに、巡回中にすれ違って声をかけても、返事が返ってきたためしがない。
「こそこそしているのは、デュラハンを避けるためなんだろう。」
熱川が言うと、清水が次ぐ。
「デュラハンがここまで追いかけてくるのかい?それに、こそこそしているように見えるのは巡回連絡のときに入った情報による先入観で、引きこもりがちなのは面倒くさがり、恥かしがりといった理由があるかもしれないぜ。巡回連絡にいったって、出てくるのは執事かメイドで、ご本人が出てくることはないじゃないか。」
すると熱川は、湯飲み茶碗片手に返す。
「ああいった人を使うような身分になれば、巡回連絡で聞く用件は、逆に執事や古参のメイドが知っているのが、ふつうだぜ。」
「だけどねえ…。」
清水が言ったそのとき、机の上の電話が鳴った。
「はい、こちら坂下交番…」
電話の声は、湯浅警部補だった。
「今すぐイワシニオフの家へ向かってくれ。あいつは国際指名手配の容疑者だったんだ!」
「なんだって!?」

湯浅警部補のカンは、正しかった。
「あっ、これだ!」
外国人登録簿にあるイワシニオフ・ステープルズは、アーガス王家でクーデターを起して破れ、国外亡命したハイン・ハインツそのものだった。ヒゲやそのほかで変装はしていたが、目はそっくりだ。
「こりゃあ大変なことになったぞ…!」
警部補単独で行くのは、抵抗された場合危険なので、腕っ節の強い、内藤・近藤ペアに護衛を頼んだ。
「わっかりました。今すぐ向かいましょう。」
サイレンの音とともにトヨペット・クラウンのパトカーが、夜の街を走る。

ちょうどそのころ。
二人が現場へ急行すると、一足先に例のデュラハンが来ていた。
「ああいかん、清水、間にあわなかった!」
彼女の手には、刀が握られている。
イワシニオフことハインは、気おされて動けない。
「イワシニオフと名前を変え、東方共和国というもっとも剣と魔法らしからぬ国に逃げ込んだあんたの悪知恵だけは、ほめてやる。だが、今日がお前の命日だ。死ね、ハイン!」
デュラハンの剣が光るのと、熱川が警棒を抜き、二人のあいだに入ったのはほぼ同時だった。
彼の警棒は、一瞬早く剣を払いのけた。
警棒を構えつつ、熱川はタンカを切る。
「いかなる理由があろうと、この国にいる限り血は流させないぜ。」
清水が次ぐ。
「もっとも、犯罪者ならそれ相当の罪の償いはやってもらうけどな。」
熱川・清水の二人があいだに入ったのを見て、ハインは形勢逆転とばかり虚勢を張る。
「ふははは、俺は確かにハインさ。アーガス王朝を転覆させようとして失敗し、国外亡命してきたんだが、どうやらここも危なくなったようだ。デュラハンの相手はお前ら共和国の巡査に任せて…」
身をひるがえそうとした瞬間、彼は何かにぶつかって転んだ。
見ると、紺色の壁。
長身の内藤巡査部長・近藤巡査部長の二人だ。
湯浅警部補が、逮捕令状片手に言う。
「ハイン・ハインツ、国際指名手配の容疑者。逮捕令状は出ているぞ!」
「あきらめるんだな、ハイン。」
「な…」
ハインがあっけに取られた瞬間、がちゃりという音がして、手には銀色に輝く手錠がはめられていた。
近藤巡査部長が言う。
「アーガス王国へ引渡してやる。」
その姿を見ると、デュラハンは刀を納め、
「司直に引渡されたのなら、それでよい。驚かせて、申し訳なかった。」
というなり、いずこへともなく去っていった。

それから数日して、ハインの身柄はアーガス王国に引渡された。
引き取りに来た警察官の一人は、件のデュラハンにそっくりだった。

交番での休憩時間。「単なるいたずらから国事犯逮捕へ。怪奇な事件の顛末」と書かれた新聞を片手に、園田が、
「やれやれ。単なるいたずらが、国外逃亡したクーデターを起した奴を逮捕するきっかけになるなんて、とんだ騒動だったねえ。」
と言うと、清水が返す。
「デュラ警部は、どこかで見たような顔だったなあ…。」
新聞には、単なるいたずらかと思われた事件が、国事犯逮捕につながるきっかけとなったことが細かに書かれていて、湯浅警部補や熱川・清水・園田はもちろん、身柄引取りに来たアーガス王国の担当警察官の名前まである。写真の中でハインの腰縄を取り、意気揚揚としているロングヘアの女性は、デュラ・ハントレス警部。
(まさか…)
熱川はポケットから、警察手帳を取り出した。それには、
クーデター時、最後まで忠節をつくした部隊の中に、デューラという女騎士に率いられた部隊があった
と書いてある。
念のため確認すると、デュラと騎士の顔はそっくりだ。しかも騎士の彼女は、断頭台で処刑されている。
「確か、アーガス王国の死刑は、断頭台でやるって言ってたよな…。」
清水が青くなると、園田が次ぐ。
「うん。比較法制度でそんなことを、教官が言ってたな。」
熱川が言う。
「デューラが…、デュラハンとなって復讐しに来たのか…?それで、こんどは警察官のデュラになって、引き取りに来る…。」
清水は返す。
「それでハインが死刑になったら、そういう結論になるな。もっともほかの国は、俺らの想像もできないようなことが普通に起こるからねえ……。」
それから数週間後。反乱の首謀者ハイン・ハインツは、断頭台にかけられたことが報じられた。
清水の推理が、あたる形になった。

いまではない時代、ここではない場所。
周りは剣と魔法のファンタジーの世界なのに、なぜか多分に昭和
30年代の日本に近い雰囲気を持つ東方共和国の、ほとんど事件や事故が起こらない、とある警察署の管内での、特記すべき大事件。
それは、デュラハンの復讐だった。