独立短編企画
警察署史編纂資料
〜清水清司の警察手帳〜


共和27年は、制服のモデルチェンジが行われた年である。
その日、警察署での点検前、清水巡査は、新しい制服に袖を通した。


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点検とは、警察官として勤務する場合必要な個人装具の有無を確認することで、伝達事項や訓示の前に行われる。
「新しい制服は、背広式の襟なんだ。」
現在使われている共和
21年式は、5つあるボタンの第一をあけて開襟にしている。軍服の余った生地を転用して作られたものだから、こんなデザインになったともいう。軍人が戦地で着るぶんには困ったことは起こらないが、警察用になると少し話が変わってくる。
21年式はいかめしいといわれても、文句は言えないな。」
熱川巡査が言うと、守谷ジュン巡査が次ぐ。
「あたしは、このデザインが気にいっていたんだけどねえ…。」
21年式は、婦人警察官用の上着、制帽も男性と同じデザインで、帯革を巻くこともあり、いかめしいという声があがっていた。
「いかめしいと不評だけどね。」
これは、双子の妹の守谷衛子巡査。二人は双子だが、似ているのは顔だけで、性格、行動、発想すべて正反対。熱血の熱川と組むと絵になるジュンは、名前のとおり男勝りでせっかちなのに対し、衛子はのんびりおっとりだ。制服も二人の性格をあらわすのか、ジュンは男性用と同じデザインの
21年式、衛子は4つボタン背広型の27年式だ。
本来なら制服のモデルチェンジが行われる場合、全国一律で行うのが理想だが、予算資材の関係で、庁道府県ごと、さらには警察署管内でそろい次第になる。たまたま今回は、返納期限の関係で、男性用は清水、女性用は衛子からモデルチェンジが始まり、坂下交番には二種類の制服が同時に存在することになる。
「おっ、みんなそろったか?」
上官の、内藤巡査部長がやって来た。警察署勤務者、他の交番勤務者も含め、三列横隊で整列する。
古参の高村巡査長が、号令をかける。
「気をつけー!」
内藤巡査部長が定位置につくと、高村巡査長は部隊の敬礼をして、報告する。
「これより、点検を行います。現在員
34名、異常ありません。」
指揮位置についた高村巡査長は、号令する。
「手帳!」
制服員は左胸ポケット、私服員は上着の内ポケットから警察手帳を取り出し、顔写真のページを出す。内藤巡査部長は一人づつ、異常がないか点検する。
「収め。捕縄!」
手帳を収めると、こんどは右前ポケットから捕縄を取り出す。本来は解いてまた結ぶが、今日はそのまま収めの号令が出た。
「手錠!」
帯革を巻く男性は腰の手錠嚢、ショルダーバッグを持つ婦警はその中、私服員はズボンの右前ポケットから、銀色に輝く手錠と、それにつくカギを出す。
「収め。警笛!」
女性は警笛モールの先についている、男性は右腰ポケットに収めている警笛を取り出す。これは私服制服の区別はない。
「発声!」
左から一人づつ、吹いていく。肝心かなめで詰まって音が出なかったら、大変だ。
「収め。拳銃装備者は一歩前へ。」
拳銃装備の制服組と私服刑事は一歩前に出る。
「拳銃出せ〜!」
制服員は、腰の拳銃嚢から軍用拳銃でもあった自動式の共和
14年式か、警察用拳銃として設計された回転式の共和26年式、私服員は上着の下に隠すホルスターや、ズボンの尻ポケットから小型拳銃を取り出す。ちなみに熱川は共和14年式、清水は共和26年式を装備している。
「弾倉外せ」
自動式は弾倉を外し、回転式は輪胴を外す。
「弾倉はめ」
こんどは弾倉と輪胴をもとにもどし、安全装置をつける。
「点検終了。」
これで点検は終わり。つづいて内藤部長の訓示で、交番へ向かう。

坂下交番は昼間は婦人警察官二名が常駐するが、
9時から17時までの日勤で、男性陣は日勤、非番、9時〜17時のくり返しの三部制になっている。
交番で当直勤務者から引きつぐと、園田が第一回目の警らに出かける。
それを見送り、熱川、清水は手早く前日の文書を片づける。
イスに座ろうとしたとき、清水巡査は、ポケットがいやにかさばるのでさわってみると、財布らしい手ごたえがあった。
(そういや、昨日は俸給日だったっけ。)
「あ〜あ、ぎっしり詰まった財布の中身は、明日になればすっからかんになっちまうのか〜。」
熱川が言ったので、清水は返す。
「俺も同じだよ。」
守谷姉妹は顔を見合わせてから、衛子が代表して言う。
「あたしたちは、そんなに減らないけれどね。」
熱川が引き取る。
「俺らは、一人暮らしだからな〜。」
熱川・清水は、警察寮で生活している。
すると、その話を聞いた温厚篤実で学究肌の、宗村巡査が言う。
「独身だから、予定外の出費もあることはあるだろうがね。ところで清水、君がいつだったか読みたがっていた『陸軍いちぜんめし物語』が出てきたから、忘れないうちに渡しておくよ。」
「ありがとうございます。俺、探してたんですが、見つからなかったんでね。」
そういって彼は、制服の左胸ポケットに納めた。

午後
5時になると、日勤班は帰り、24時間勤務の熱川、清水、園田だけになる。
「今夜は、なにごともなさそうだねえ。」
清水が言うと、熱川が返す。
「そうあってほしいもんだねえ。」
とそこへ、けたたましく電話が鳴った。
「そらみたことか。」
熱川が言う。一番近い位置に座っている園田が電話に出た。
「坂下交番です!」
「本署の内藤だ。強盗が出たという連絡が来た。非常線を張ってくれ。容疑者の詳しい特徴は、身長
165センチ、やせ型で、凶器として千枚通しを持っている、服装は、カーキ色の作業衣袴に、払い下げの兵隊靴、髪は丸坊主……といったところだ。詳しい情報が入り次第、また連絡する。」
「了解。」
熱川ががぜん、張り切りだした。何事もなければないでいいが、手持ち無沙汰だ。
「俺は市電とバスの停留所近辺に行くから、清水はいつもの交差点近辺に立ってくれ。」
「わかった。」
「僕は、受持区内の怪しいところをかたっぱしからあたってみるよ。」
これは園田。
急ぎ準備して、
3人は持ち場へ向かう。日勤でいったん帰った者も非常呼集で配置についているのが見える。
(こっちに来るかな…?)
内心、来てほしくもあり、来ないでほしいという気もする。容疑者を検挙すれば手柄になる。しかし相手が抵抗してきたら……。複雑な心境だ。
立哨していると、さまざまな人相風体の人々が通り過ぎていく。中には「何かあったのですか」と聞いてくるので、それとなく特徴を伝えるが、手がかりはつかめない。
(別のところへ、行ったかな?)
3時間近く立ち番し、バスや市電の方向表示板に最終1本前の青色や、最終の赤色が出始めたころ。
清水巡査は背後に人の気配を感じた。
(容疑者か…?)
身構えつつふり向いた瞬間、左胸に衝撃が走った。
「うわっ!?」
一瞬たじろいたが、すぐ我に返る。相手は胸を狙っても平気なので、慌てて逃げ出そうとしたから、清水巡査は組みついた。
「なにをする。公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」
騒ぎを聞きつけ、熱川巡査も加勢に来た。
「清水どうした!?」
二人して押さえつけると、相手は観念したらしくおとなしくなったので、手錠をかけて立たせると、街灯で相手の人相が見えた。
不意に熱川巡査が言う。
「清水、こいつは手配のあった強盗殺人の被疑者だ!」
「なんだって!?」
伝達されている人相と同じなのですぐに本署に連行し、手配書とつき合わせてみると、同一人物と判明したので、現行犯で逮捕する。
容疑者は捜査係の湯浅警部補が取り調べ、清水と熱川は別室で、現行犯逮捕の報告書をつくる。
しばらくたって、湯浅警部補が取調室から出てきた。
「二人ともどえらい奴を逮捕したことになるな。あいつは千枚通しで相手の心臓を一撃で狙うのを得意とする奴なんだ。」
「ええっ!?」
清水巡査が驚くと、熱川巡査が次ぐ。
「確か、特殊部隊などで、歩哨を倒すときに使うと聞きましたが…。」
湯浅警部補は、返す。
「我が共和国は、周囲を異なった文化圏の国で囲まれている。他の国じゃあ、エルフやドワーフだとかもいるし、盗賊ギルドなるものまであるじゃないか。そこで教わったんじゃないか?」
東方共和国の周囲には、異なった文化圏の国も多い。中には盗賊ギルドといい、盗賊や暗殺者が一種の同業組合を結成していることもある。
そこの構成員は、共和国内の任侠団体と同じく、「やくざに強いが堅気に弱い」の義賊もいるが、悪質な奴もいる。今回の容疑者は、千枚通しで被害者の心臓を一撃で刺すことを得意としている奴だった。
湯浅警部補は続ける。
「奴の供述では、清水の拳銃を奪って逃走しようとしたが、あべこべに逮捕されたってわけだ。ところで清水、よく、胸を刺されて平気だったな。」
清水巡査は返す。
「これのおかげ…でしょうね。」
彼はポケットから、もらいたての俸給の入った財布、警察手帳、宗村巡査から借りた文庫本をとりだしたが、警察手帳と財布には、ぽっかりと穴があいていて、文庫本の表紙もへこんでいる。
「胸ポケットに何も入れてなかったら、間違いなく刺されていただろうな。」
熱川巡査が言うと、湯浅警部補が次ぐ。
「いかに鋭利な千枚通しとはいえ、二つ折りになったお札と警察手帳は貫通できなかったってわけだな。念のため、服を脱いで調べてみたらどうだ。」
「そうしてみます。」
服を脱いで確めてみると、左胸の刺された部分にはあざができていた。
「これが、俸給日前だったら、いや、財布や本をポケットに入れてなかったら……。」
清水巡査が青くなると、熱川巡査が次ぐ。
「…俺は、容疑者を射殺していただろうな。清水の仇だとね。」
三人は青くなって、顔を見合わせた。

翌日。
前日の日勤者…といっても警戒で夕方から夜はほとんど出動していた、高村巡査長、宗村巡査、守村巡査…に勤務を引継ぎ、熱川、清水、園田が寮へ帰る準備をしていると、日勤組のジュンが、
「お手柄ね清水君。」
といったので、清水はため息をついてから、返す。
「何がお手柄なものか。もらいたての俸給と財布、新品の制服に穴があけられたんだぞ。災難の一言だよ。」
宗村巡査が引き取る。
「僕の貸した本も君の危機を救ったんだから、あの本はあげるよ。幸運のお守りになるだろうね。」
「どうもありがとうございます。本来なら新しい本でお返ししなきゃならないのに…。」
「いや、いいんだよ。」
実弾の下をくぐったことのある高村巡査長は、真顔でいう。
「胸に一発くらってだめかと思ったが、軍隊手帳や財布、タバコなんかに弾がとまって助かったという話は戦友会でよく聞いていたが…、まさか自分の知りあいでこういうことになるとはね。」
熱川が言う
「警察長官賞で金一封が出るかもしれないな。強盗殺人の容疑者を逮捕したんだから。昨日湯浅警部補殿も言っていたぜ。」
衛子が次ぐ。
「内藤さん、「俺の部下であんな手柄をあげたなんて。新しい制服を手配しなきゃならないな」って言っていたわよ。」
「だといいんだけどね。」

それから数日後。
清水巡査と熱川巡査は、強盗犯を挺身逮捕したことは賞賛に値するということで、金一封と新しい上着、警察手帳が支給された。

さて。清水の命を救った警察手帳と制服は、警察学校の展示陳列棚に、教育参考資料として収まった。それには、以下のような説明がついている。
「清水清司巡査(当時)が、強盗殺人の被疑者を逮捕した時、胸ポケットに入っていて、致命傷を避ける結果になったもの。」
あの事件から数年後、警察学校の助教として、巡査部長になった清水清司が赴任したとき、同期の面々は、こうからかった。
「あれは、誉れの制服だ。」と。