警察署史編纂資料
〜「さ、が、れー!」〜
園田方也巡査は、共和27年11月22日、雑踏整理中、以下のとおりの活躍をしている。少々長くなるが、当時の報告書とともにご紹介する。
国立公文書館に「国家地方警察長官決裁書類 共和27年」にファイルされている園田巡査の一件は、以下のとおりである。
警秘第1032号
■■□□□共和27年11月26日
■■□□□■■□□□国家地方警察宇和県隊隊長 警視正 種村一雄
国家地方警察長官 安藤京四郎殿
□□□□□□□□□□□□警察官武器使用に関する件
坂下警察署坂下交番勤務 巡査 園田方也
右の者は本月22日、雑踏整理中人の生命身体を防衛するため拳銃を使用した。情況は左記の通りだから、報告する。
記
本月22日午後6時より、坂下市日吉町1丁目映画館オリオン座で、共和国フィルム製作の映画「観測は続けなければならない 〜測候技官の40年〜」が封切られる予定であった。同館は監督木下英介、主演俳優有沢四郎、高峰千恵子などが舞台あいさつをすると予告したため、映画館前の5メートル道路は上演2時間前から雑踏し、最大500人前後がいたと思われる。映画館側は坂下署に雑踏整理を依頼、署長は日勤勤務者を召集して整理に当らせる事にし、坂下交番勤務の園田方也巡査も出動していた。
午後6時20分頃になり、一行が分乗した乗用車6台が来るに及んで観衆は大騒ぎとなり、列の前方にいた者が押し倒され、車に轢かれるおそれが出たため園田巡査は自動車に停車を命じ、群衆に下がるよう指示したが、熱狂した観衆は応ずるどころか大声を上げる者、サインを求める者などで同巡査一名ではどうする事もできない状況になる一方、一行は予告時間を過ぎているので車を出そうとすると、「痛い痛い」「このままでは轢かれる」等の悲鳴を聞いたため、園田巡査は転倒者の身に危険が迫っていると判断し、これを防衛するため拳銃を抜き、「退け」と大声で命じたところ、群集は我に返り、驚いて身を引いたのでただちに拳銃嚢に収め、映画館員らと共に群衆を下がらせ、自動車の前に転倒した人々を助け起し、無事自動車を玄関へ誘導、舞台あいさつは定刻より一時間ほど遅れたものの行われた。
拳銃には安全装置が掛かっており、負傷者はなく、園田巡査は群衆中転倒した者を救うべく止むを得ずしての行いである。
園田巡査は共和26年4月1日国家地方警察宇和県隊巡査を拝命、27年1月警察学校を卒業と同時に坂下署坂下交番に配属となり、平素は冷静沈着にして精励恪勤の人である。
同巡査の拳銃使用の結果は前述の通りで何ら被害はなく、映画館側の催し物と取った者も多いようである。 以上
共和27年11月22日、日吉町1丁目にある映画館オリオン座では、共和国フィルムが製作した映画、「観測は続けなければならない…〜測候技官の40年〜」を封切ることになり、監督の木下英介、主演の有沢四郎、高峰千恵子が舞台あいさつをすることになっていた。
「映画館の前はすごい混雑だよ。」
連絡から戻ってきた熱川が言うと、園田が返す。
「あの映画、すごい人気だからねえ。」
「観測は続けなければならない 〜測候技官の40年〜」は、題名が示すとおり、測候技官として共和国中、山の頂上や岬の先端、離島など不便な測候所を転々とした測候技官一家の哀歓を描いた映画である。
清水が次ぐ。
「測候技官や灯台技官と比べると、俺らのほうがまだましなのかもしれないな。」
「人がいるところが職場だからね。」
測候技官、灯台技官は、人が住まない不便なところに設置された灯台や測候所に配置される。辞令一本で不便なところから不便なところへ行かなければならない。その点警察官の場合は、人がいなければ話にならない。いくら辺鄙な離島や山里でも、村人たちがいる。
「駐在所はひとりきりだからね。ひとり勤務の灯台や測候所と同じ条件だぞ。駐在所勤務になってみるかい?」
宗村が、ジュンと衛子の姉妹に振ってみる。
「夫婦で駐在所勤務になったら、住民としては心強いかもしれないわね。」
衛子が答えると、高村が次ぐ。
「夫婦ともども警察官だから、なおさらだよな。駐在巡査の妻は、夫がいないときには一件書類を作ったりするからねえ。」
これは事実である。駐在巡査の妻は事件現場へ行くことこそないが、被害届や遺失届などを書き、警察署からの連絡を変わりに受ける。
妻も警察官だったら、管内の住民としては心強く、うれしいだろう。
「内藤さんと近藤さんだったら、絵になるし、向いているかもね。」
衛子が言うと、ジュンが次ぐ。
「だけど…、駐在署は田舎だからねえ…。」
清水が返す。
「下手な都会の交番勤務より、楽なんじゃあないか?住民はみんな純朴そうだし。」
すると、平素無口な守村が口を開いた。
「わしは、海辺の駐在所におったとき、ダイナマイトで密漁をやる連中と至近距離で、相手はマイトを投げる、こっちは拳銃で応戦というのをやったことがある。田舎の駐在といっても、ピンからキリまである。」
守村は、海辺ののどかな街である、瀬戸内署にいたことがある。駐在所勤務のとき、ダイナマイト密漁をやっている者を逮捕するべく漁船で出動したとき、相手が火のついたダイナマイトを投げつけてきたのでやむなく拳銃で応戦した…という武勇伝を持っているが、本人の口からは、手柄話は出ない。周囲は謙遜していると取っている。
とそこへ、電話が鳴った。
「本署の近藤だけど。熱川君から聞いてのとおりでオリオン座の雑踏整理の人手が足りないのよ。悪いけど日勤組はそっちに行ってくれない?」
「わかりました。」
時計を見れば、勤務明け寸前だった。一時間の追加勤務のようだ。
現場へ行ってみると、物見高い野次馬、ミーハー連などでごった返している。映画館側からも人が出ているが、それだけではどうにもならないらしいので、雑踏整理の責任者から指示を受け、映画館前の5メートルの道路の交通だけは確保する。
「押さないで、押さないで、下がってください、危ない!」
制帽のあごひもをかけ、警笛を鳴らし、園田たちは雑踏を整理するが、一向答える様子がない。それどころか一行が乗った車がやってきたのを見つけた誰かが、
「おお、やっと来たぞ、あれに有沢四郎が乗っているに違いない」
と叫ぶと、
「サインしてください〜!」
「四郎さん〜」
と、人がどっとばかり押し寄せてきた。
その中のひとりが何かにつまづいて転んだところ、それに足がかかって二人、三人と次々転び、悲鳴があがる。
「痛い!」
「押すな、人が転んだぞ!」
(このままでは大惨事になりかねない!)
「将棋倒しになるぞ、みんな下がれ!!」
園田は警笛を鳴らして制止にかかったが、それでも下がらないので彼は、決意した。
右手は拳銃に向かう。
「下がれ、さ、が、れぇ〜!」
街灯の光を受け、銀色に光る拳銃を見てか、決死の形相の園田を見てか、我に返り、驚き、現状を理解した人々は退いたので、その間に彼は転んだ人を助け起し、車を導きいれた。
それからの映画は大入り満員、はねてからは感涙にむせびながら、人々は三々五々、家路についている。
一方、当の園田巡査は、警察署に戻って一部始終を内藤巡査部長、近藤巡査部長に報告した。
拳銃を使っての雑踏整理…だから、二人にどやされる程度では済まないと思ったが、二人の対応は、意外だった。
「雑踏整理で拳銃を抜くやつが、どこにいる!?」
内藤部長の一言で始まったが、近藤部長が次ぐ。
「通りすがりの人たちの話していたのを偶然聞いたんだけど、映画館も粋なことをする、警察もなかなかだというのよ。なぜかわかる…?」
「いいえ。」
汗をふき、園田が返すと近藤部長はほほ笑んで、続ける。
「あれはね、映画の予告編としてあたしたちが映画館に協力して打った芝居だと思われているようなのよ。」
「と、いいますと?」
「今、共和国フィルムでは「若い巡査さん」という映画を作っているのよ。その中で、あなたによく似た主人公が雑踏整理で拳銃を抜いて、上司にどやされるシーンがあるんですって。」
内藤部長が次ぐ。
「その俳優は、お前さんそっくりなんだ。映画に救われたわけだな。だが園田、雑踏整理で拳銃を抜くなんてのは、いいことではない。被害がなかったからいいが、暴発したら大変なことになる。いいか園田、俺らの武器は、使わないことが第一なんだ。使うのは最後の最後、市民や自分の身を守るためだけに、使うんだ。守村だって、相手が火のついたダイナマイトを投げつけてきたから、仕方なく引き金を引いたんだ。あいつが手柄話をしないのは、謙遜しているだけじゃあない。それを忘れるな。」
「はい。」
数日間、園田巡査は熱川、清水やジュン・衛子にさんざん、冷やかされた。
熱川が、
「俺は短気だが、雑踏整理で拳銃を抜くなんて考えたこと、なかったねえ。」
というと、清水が次ぐ。
「熱川あたりが、やりそうな気がしたけどね。」
騒ぎのあとで、守村は、
「機会があったら、わしが拳銃を使った情況を詳しく説明する。」
とだけ言っている。
上記の件に関しての、国家地方警察長官の返答は、以下のとおりになっている。内藤巡査部長が言ったのと、ほぼ似ている。
国警秘第110号
■■□□□■■□□□共和27年11月30日
■■□□□■■□□□■■□□□国家地方警察長官 安藤京四郎
国家地方警察宇和県隊隊長 警視正 種村一雄殿
■■□□□■■□□□警察官武器使用報告に関する件
11月26日警秘第1032号でご報告された表題の件については、園田巡査は拝命から日が浅く、他に適当な処置を講ずる余裕がなく、拳銃使用は止むを得なかったものとする。が、群衆整理のために武器を使用するような事は、警察官職務執行法その他に鑑みても好ましくない行為であるのみならず、混雑雑踏の場合は他に危害を与える恐れもあり、また物議を醸す可能性もあるので、今回のような事が発生しないよう、相当のご注意を払われたい旨、お答えする。
園田方也氏は、当時を回想して、こんなことを言っている。
「今だったら他の手段も考えついたがね、あのとき最善の方法と思ったのが、拳銃を抜くことだったんだ。だけどねえ…今でも「若い巡査さん」の同じシーンを見ると、あのときの自分にダブってくるよ」と。
本作品は、大正14(1924)年、福岡県で実際にあった事例を元にしている。当時の警察官の武器はサーベル式の日本刀だったが、それを拳銃に変えてある。
元にした一件は、国立公文書館所蔵の「警保局長決裁書類 大正14年(下)」(本館-4E
-15-2・平9警察208、マイクロフィルム警察62-691コマ〜)に「警察官吏武器使用に関する件照会(福岡)」と、『福岡県警察史.
明治大正編』(福岡県警察史編さん委員会編、1978年)の1014〜1016Pに載っている。興味のある方は、ご一読をおすすめする。