警察署史編纂資料
〜深夜の銃撃戦〜
4月27日午前0時過ぎ、折から当直中の坂下署地域課警ら係の内藤武士巡査部長は、目の前の電話が鳴ったので、受話器を取りあげた。
「はい、こちら坂下警察署地域課……」
「国家地方警察本部通信指令です。加賀署管内で発生した事件の緊急配備指令を伝達します……」
電話は国警本部からで、加賀署管内で起こった事件の緊急配備指令だったので内藤部長は電文用紙に書き取り、何気なく時計を見ると午前0時30分。ちょうど交番勤務の部下の監督警らの時間も近かったので、緊急配備の伝達も兼ねて、坂下警察署を自転車で出た。
しばらくして、元町二丁目の小公園にさしかかった。いつもならこんな時間に人の気配はしないが、何かがいるような気がしたので、自転車を止め、懐中電灯で照らしたところ、人影が二つ浮かびあがった。
「こんな時間に何をやっているんですか。」
内藤部長が言うと、一人が返す。
「夜釣りに出るんで、その相談だ。」
「夜釣りって、何を狙うんですか?」
「狙うって、かかった魚はなんでもさ。別段俺らは怪しくないんだ。」
二人はなんとなくそわそわしているし、一人は腰を押さえている。
(はてねえ、釣り好きの守村が、今の季節は狙える魚はないって言ってたな…)
不審に思った内藤部長が足元の袋を見て、
「釣りざお以外にも何か入っていそうですね。中を改めさせてもらってもいですか。」
と言ったとたん、二人は袋をそのままにして、後ろも見ずに逃げ出した。
「逃げ出すとは怪しいぞ、待て。」
すぐさま内藤部長は一人を追いにかかった。10メートルもしたところで追いついた部長は得意の足払いをかけたところ相手は見事に転んだので、取り押さえようとした瞬間、いきなり相手は、続けざまに拳銃を2発発射した。
「何をする。」
内藤部長は、何かで背中を殴られたような衝撃を覚えた。2発の弾のうちの1発が、右背中後部から左背中前部へ貫通していた。しかし神ならぬ身で知る由もない内藤部長は、
「止まれ、銃刀法違反の現行犯で逮捕する。」
と言いながら、逃げる犯人を追った。
とそこへ、徒歩警ら中の坂下交番勤務の守村義衛巡査がおりからの騒ぎを聞きつけ、
(酔っ払いのけんかか…?)
と思ってやって来たところ、内藤部長が犯人を追っているのを見て、
「部長殿、守村じゃ、坂下交番の守村じゃ。」
といって、追跡に加わろうとした瞬間、相手は守村巡査めがけ第3弾を発射し、手にしていた懐中電灯をはじき落としたので、守村巡査は、
「拳銃を捨てろ、さもないと、こっちも射つぞ。」
と警告し、腰の拳銃嚢に手をやった瞬間、第4弾が来たので、
「撃つぞ!」
と言って、相手の足元に1発、警告射撃を行った。しかしそれでもまた、守村巡査めがけて発射したので、間髪を入れず守村巡査も応戦する。
一方、内藤部長は犯人の拳銃を取ろうと右腕を押さえようとしたが、おりからの負傷で力が入らず、砂場に足を取られ、バランスを崩した瞬間相手の銃口が見えた。
(撃たれる!)
武道の有段者である内藤部長は殺気を感じ、腰の拳銃嚢から拳銃を抜き、
「撃つぞ!」
と言って、引き金を引いた。弾は相手の拳銃にあたり、わっ!とばかりに相手が手を引っ込め、逃げようとしたがよろめき、尻もちをついたので、内藤部長は、平静を装い、
「守村、撃ちかたやめだ。」
と言って、拳銃を片手にゆっくり立ち上がる。犯人は、拳銃を撃ち飛ばされたので、
「お、恐れ入りました。」
というが、恐怖と負傷で腰が抜けて立ち上がれない。内藤部長は腰の手錠嚢から手錠を取り出し、かけようとしたが、疲労と負傷、興奮で手が震え、かけられない。
その間、守村巡査は犯人の氏名、年齢、住所など必要な事を聞き出し、警察手帳に記録していた。
「そこにいるのは内藤部長と守村だな。無事か、坂下警察署の湯浅昭弘だ!」
という声がしたのでふり向くと、近くに住んでいる刑事係長の湯浅昭弘警部補が寝巻きのままでやってきた。彼は内藤部長に協力して、手錠をかける。
内藤部長は、言う。
「守村、片割れが仲間を取り返しに来るかもしれない。予備弾を装填して、見張ってくれ。」
「はい。」
守村巡査は予備弾を拳銃に装填し、見張る。
さらに、銃声がやんだので近所の人々が一人、二人と恐る恐るやってきた。事情がわかると協力を申し出たので、守村巡査は警防団の高砂正雄班長に坂下署へ連絡を依頼し、湯浅警部補の息子の博之君は110番通報した。
坂下警察署に第一報が入ると、ただちに当直署員で現場に急行し、内藤部長と犯人を病院に収容するとともに全署員に非常呼集をかけ、共犯の立ち回り先に先回りし、共犯者も逮捕している。
内藤部長は2発(これに加え試射1発)、守村巡査は4発(試射1発含む)、犯人は全弾8発撃ち尽くしていた。犯人は軽機班員の護身用に支給されていた拳銃を除隊時に返納せず、戦闘間に紛失したと言ってそのまま持っており、それを使って共犯者と公園近辺の質屋に強盗に入ろうとしていた。
内藤部長は、
1、右背中後部から左背中前部へ貫通銃創
2、右靴底を貫通し、かすり傷
3、拳銃嚢の尾錠にあたり、それた弾がへそ下にあたり皮下出血
の3発命中しており、犯人は、
1、右足太もも貫通銃創
2、右手小指から中指にかけて貫通銃創
3、左わき腹盲管銃創
4、左背中かすり傷
の4発が命中していた。
この事件を「共和日報」は「平安の敵、ピストル強盗と格闘」、「東都日日新聞」は「深夜の銃撃戦」といった見出しで伝えている。
犯人は銃刀法違反と傷害罪、強盗未遂罪、さらに軍用品を返納しなかった詐欺罪のおまけがつき、懲役15年、共犯者は強盗未遂で懲役11年の判決を受けている。