警察署史編纂資料
警らあれこれ
地域課の任務の一つである警ら(巡回、パトロールともいう)は、犯罪予防の観点から、制服私服の警察官が巡回することである。大きく分けると、以下のとおりになる。
1、定線警ら
2、乱線警ら
3、拠点警ら
4、監督警ら
1の定線警らは、受持区内を第1号路線、第2号路線…といったようにある一定の路線に分け、決められたところを決められた時間に警らする。
2の乱線警らは、定線警らの逆で、受持区内を自由自在に警らする。
3の拠点警らは、銀行、商店、事務所、学校、一人暮らしの人や留守がちの家など、防犯上気をつけなければならない地点を重点的に警らする。
4の監督警らは、交番、駐在所の勤務者の監督と連絡を兼ねたもので、警察署の地域課、拠点交番(地方によっては幹部交番、幹部の階級によって巡査部長交番、警部補交番とも呼ぶ)の監督者(多くは巡査部長以上)が行う。乱線警ら、拠点警らを兼ねる事もある。
受持区の大きさにもよるが、市街地の警らは徒歩か自転車、駐在所や住宅地の警らは自転車や原付二輪を使うことが多い。
以上のほかに、防犯課が行う、繁華街での男女ペアの「アベック・パトロール」や、交通課の交通違反取締警ら、常に受持区内を巡回し、本部からの無線で現場に急行する自動車警ら隊もある。今回は、地域課が行う1から4までの警らを、坂下交番を例にあげて、小説仕立てでご紹介する。
午前9時。坂下交番も前日の当番から引き継ぎ、勤務につく。今日の当番は熱川進、清水清司、園田方也で、日勤は高村宗光、宗村高光、守村義衛と、各務まゆみ、森川あずさ。
熱川が立番の位置につき、園田が高村ら日勤組と共に書類整理にかかると、第1回目の警らに出る。第1回目の警らを担当する園田巡査は、交番裏の自転車置き場から自転車を引っ張り出し、自転車警らの第2路線を回る。
今日は「他人の空似」の守村義衛、宗村高光の二人が、巡回連絡に出るので、二人と共に、交番を出た。
自転車を使う第2路線は、拠点警らもかねている。ルートは、
交番→小学校→郵便局→市役所の支所→保育園→信用金庫と農協の支店→坂下地区→交番
となっている。
自転車をゆっくり走らせ、小学校の前を通ると、4年生は体育の時間らしい。校庭で体操をやっている。6年生は理科の実習で、ジャガイモ畑の開墾をしている。その隣りをまっすぐ進み、郵便局前を通る。市役所の支所も異常なし。
「おっとっと。」
公園へお散歩に向かう保育園の子供たちを見て、園田巡査は自転車を止め、交通整理にあたる。年長の子供たちは二列横隊で手をつなぎ、年中や年少の子供たちは、乳母車を大きくしたような専用の手押し車に乗せている。歩くにはまだまだ危ない。
年令によって分けてあるので、うまく考えたもんだな…と園田巡査が見送っていると、保母さんが声をかける。
「ありがとうございます。」
園田巡査は、答礼する。
「いえいえ。」
信用金庫と農協の支店も異常なし。坂下地区も平穏だ。
その途中、防犯課青少年係の犬飼高美巡査部長、鳴海悠子巡査長の二人とすれ違った。二人は、少年補導の最中だ。
「制服姿でふらふらしている連中、いなかった?」
「ええ、いません。」
「いたら任意同行で、青少年係に連れてきて。」
この時間帯に制服姿でふらふらしている学生は、怪しまれても文句は言えない。
園田巡査が交番に戻ってくると、12時近くになっていた。
事務室では、守村巡査と宗村巡査が、巡回連絡簿を前にして、腕組みをして考え込んでいる。
「何か、あったんですか?」
高村巡査長が返す。
「また今回も、巡回連絡で双子と間違えられたんだと。」
「確かに、宗村さんと守村さんはそっくりですからね、不思議なぐらいに。」
管内の人たちは、坂下交番には双子が二組いると信じて疑わない。守谷ジュン・衛子の姉妹は正真正銘だが、守村義衛、宗村高光の二人は他人の空似で、血縁はないが、そっくりなのだ。
その会話を見ながら、園田巡査は、徒歩警らの熱川進、清水清司の二人に巡回中のことを申し送る。
「今のところ、異常なし。保育園がいつものコースでお散歩しているので、帰り道には交差点での誘導願います。」
「了解。」
「了解。」
「第1号路線の警らに出てきます。」
高村巡査長は日誌に、
午前9時〜12時、第2号路線自転車警ら、園田方也巡査。異常なし。
午前12時〜午後2時、第1号路線徒歩警ら、熱川進巡査、清水清司巡査
と手早く記入する。
徒歩定線警らの第1号路線は、第2号路線の逆回りなので、
交番→坂下地区→農協、信用金庫の支店→保育園→市役所の支所→郵便局→小学校
となっている。信用金庫と農協の支店の交差点では、園田巡査の申し送り通りお散歩がえりの子供たちから、
「あ、お巡りさんだ」
と囲まれてしまったので、しばらく子供たちの相手をしてから、警らを続ける。市役所の支所へ来ると、小学校の放課の鐘が聞こえる。
「小学生の下校時刻だ。」
小学校までやってくると、放課後の独特のざわめきの中で、学校帰りの子供たちとすれ違う。
「さようなら!」
「お巡りさん、さようなら!」
「気をつけて帰るんだぞ、ほらほら、そこの交差点は一旦止まらないと。車の量が多いんだから。」
一方、ちょうどそのころ。
坂下警察署地域課の当直監督官、内藤武士巡査部長、近藤衛恵巡査部長の二人は、監督警らに出た。
坂下警察署の地域課受持は、警察署直轄地区、国鉄坂下駅前の坂下駅前交番、住宅街の坂下交番、交差点の目の前の関口交番、工業地帯の錦交番、農村地帯の矢田交番と、純粋農村の多甚古村駐在所、土合村駐在所に分かれている。
内藤巡査部長、近藤巡査部長が今日回るのは、駅前交番と坂下交番。監督警らは乱線警らもかねているので、特に決まったルートはない。
駅前交番は、人出があるのでいつも何かしら、込み入った事情の事案が多い。今日も今日とて家出人を保護したらしく、家族に連絡を取っている。
坂下交番では、熱川、清水の二人を警らに出したあと、立番についた清水巡査が、二人を見ると敬礼で出迎えた。
二人は、答礼して言う。
「今のところ、何かあったか。」
「異常、ありません。」
二人は交番の中へ入り、勤務状況をざっと見て、高村巡査長から管内の報告を受け、前日の当番との交代以降に作成された書類を交換し、本署直轄の受持区へ向かう。
夕方、午後5時に日勤組は帰り、あとは当番の3人だけになる。
警らは、午後10時以降に入ると、1時間に1回の割合で、誰かしらが受持区のどこかにいるような形になる。頻繁に警らすることによって、犯罪を未然に防止する。
午後11時。近藤衛恵、内藤武士の巡査部長ペアは、監督を兼ねた乱線警らの最中、寝静まった夜の坂下地区を警らしている。
靴音がいつもより高く聞こえる。
近藤巡査部長が、言う。
「…確か、あなたが撃たれた日も、こんな感じの天気だったわね。」
「そんな感じだったな。あのときも。」
内藤巡査部長は、深夜緊急配備の伝達と監督警らを兼ね、坂下交番へ向けて自転車を走らせているときに不審者を発見、職務質問をしようとしたところいきなり発砲されて、おりから警ら中の守村巡査が救援する、「深夜の乱射戦」を経験している。
「あなたが撃たれたって聞いたとき、頭の中が真っ白になった。だって…。」
「だって、どうしたんだ?」
「だって…、告白された次の日だったでしょう、答えを留保していたときだったから…。」
「深夜の乱射戦」の前日、内藤部長は近藤部長に好きだと告白している。近藤部長が答えを留保していた矢先の事件。それから毎日、内藤部長の入院している病院へ近藤部長は通い、二人が結ばれるきっかけにもなっている。
「それで、急遽結婚を前提につきあう事をOKしてくれたんだったっけな。俺らの仕事は、花火師やスタントほどじゃあないが、危険と隣りあわせだからな。」
「そう。あ、流れ星。明日も天気、よさそうね。」
制服姿でいることを除けば、二人の会話は恋人同士。これが本当の「アベック・パトロール」なのかもしれない。