トラフィック戦隊・アンゼンジャー
〜怪力姉妹、ジュンとエーコ〜
千葉市にある、千葉県警察本部110番受理センターでは、千葉県内からかけられる、総ての110番通報が受理される。携帯電話が普及し始めた時期には、対岸の神奈川県や東京都など近隣の電波を拾うこともあったが、現在は技術の発達と送受信施設の完備で、少なくなっている。
そんなある日の午前中。若い男の声で、110番通報が入ってきた。声のトーンからすると、相当あわてている。事件か、事故か。事情を聞かなくてはならない。
「はい、こちら千葉県警察本部110番センターです。事件ですか、事故ですか。」
「下り坂でブレーキが故障して、減速できません!」
「とにかく、落ち着いてください。サイドブレーキを引いて、エンジンブレーキの利くシフトに、シフトダウンしてください。できれば、車体をガードレールなどにこすりつけて、少しでもスピードを落としてください。積荷は何なのですか。」
「液化天然ガスです!」
「液化天然ガス!?」
110番センター内に、緊張の色が走る。今日は小学校の社会科見学で、警察の仕事を見せている。見学コースは順路どおり、110番受理センターにさしかかったが、事態が事態なだけに、数メートル高い位置に作られた、110番受理室が見渡せる見学ブースには、音すら漏れないようシャッターが下ろされる。案内する広報課の婦人警察官は、
「一年365日、休みのない警察では、こういうこともあります。今日は重大な事案が発生したので、皆さんにはお見せできません。先に歴史コーナーへ移動しましょう。」
と、こういう重大事案発生時に見学が重なった場合のコースである、「千葉県警察の歴史コーナー」へ移動する。
それはともかく、液化天然ガスを積んだタンクローリーのブレーキが故障したとはただごとではない。教習所では、「下り坂でブレーキが利かなくなった場合は、エンジンブレーキが利くシフトに落とし、サイドブレーキを引き、車体を道路側面にこすりつけ、減速させる」と教えるが、それをやった場合、漏れたガスが火花に引火、爆発する恐れがある。
「今、どこを走っているんですか。」
「市原の、山間部です。」
千葉県内の山間部や九十九里方面には、今でも採算が取れるほど天然ガスが採掘できる場所がある。そこから精製加工するべく、市原の海岸地帯にある工場へ向かっている最中の、ブレーキ故障だ。
運輸会社とガス会社に問い合わせると、トラックには、カーナビゲーションシステムをつけており、法律に従い、手を使わずに携帯電話で会話できるよう、ハンズフリーにして支給していることがわかった。
トラックは、まだ、山の中の道を走っている。緩やかな起伏の続く地形のせいで、速度は上がったり下がったりだが、止まる気配はないという。
「行き先は臨海部の工業地帯です。カーナビの表示では、このまま行くと国道409号線と県道284号線が交差する、交差点のガソリンスタンドに突っ込むかもしれません!」
地図で確かめると、言ったとおりの位置にガソリンスタンドがあり、近くには学校と病院もある。このままでは、大変なことになる。
「直ちに消防と市原市にも連絡して、周辺の住民を避難させるんだ。それから、M.U.D対策室にも。」
「はい!」
「世界の交通秩序を乱すことによって、世界を征服する」ことを目標とするM.U.Dに対抗するべく結成された、M.U.D対策室は、千葉西警察署に設置されている。が、このシリーズをお読みになっている方なら先刻ご承知、メンバーのほとんどが兼任、しかも時空を超えて出向している者もいるという部署である。よって、各部門に散っているので、全メンバーが急遽、呼び集められた。
全員が揃ったのを見て、湯浅室長が、言う。
「液化天然ガスを積んだタンクローリーのブレーキが故障して、止まれないという通報が入った。このままでは、交差点でガソリンスタンドに突っ込むかもしれないという。よって、常人以上の能力を有した我々が停車させるか、トラックを誘導し、最悪爆発した場合でも、被害の出ないところに誘導することになった。」
「ブレーキの故障程度にもよりますが、走りながら直せるかもしれません。車種や年代は、特定できているんですか。」
これは、墨東署出向の「メカフェチ」、小早川美幸巡査。
湯浅は返す。
「…墨東署交通課長の申し送りどおりだ。そう来るだろうと思っていたから、運輸会社に問い合わせて、車の年次と車種はわかっている。図面と修理に必要なパーツも、そろえてある。」
「だったら簡単。美幸とあたしが乗り移って、修理すればいい。」
これは、小早川美幸とは絶妙のコンビを組む怪力婦警、辻本夏実巡査。二輪車と四輪車の違いこそあれ、ハンドル捌きは、伊達ではない。
「だけど、だれがトゥディを運転するんだい?二人が乗ったら。」
高木聖大巡査が言うと、夏実が返す。
「高木君よ。それに、トゥディではなく、普段は曽根さん、佐々木さんが乗ることが多い、屋根のないジープのほうが乗り移りやすいから、運転、お願いね。」
「わかりました、お二人と仕事ができるなんて、うれしいっす。」
湯浅が次ぐ。
「あとのみんなは、所轄署の応援で、道路の封鎖や住民の避難誘導にあたってくれ。安野は、ここで何が起こってもよいよう、待機だ。」
「はい!」
これで、甲田、佐々木、曽根の地域課兼任組と、交通機動隊兼任の犬養、警務課兼任の守屋ジュン・衛子の姉妹は、所轄署の指揮に入り、交通封鎖や避難誘導に従事する。
全員が行こうとしたところ、湯浅室長は成見巡査長を呼び止める。
「それから成見巡査長、君は臨床心理士だったな。110番指令からの情報では、ドライバーはパニックに陥っている。精神状態を少しでも落ち着かせ、ハンドル操作を誤らないよう、救援が来るまで、話し相手になっていてほしい。」
「はい。」
生活安全課青少年係兼任の成見巡査長は、臨床心理士の資格で、警察技官として入っているが、思うところあって、正規の警察官になっている。
110番通報が入ってから、山道は、一切通行止にしてある。幸い、上り下りの二車線だから、併走して乗り移らせるといった、スタントまがいのこともできる。
現在は運転手を安心させるべく、携帯電話で成見が連絡を取っている。
「あなた、運転免許を取って何年?」
「大型免許を取ってからは、まだ1年も経っていません。中型免許ができるからっていうんで、大急ぎで取ったんです。」
「じゃあ、普通免許を取ってからは、何年か運転経験があるわけね。ところで、こういうガスを運ぶ場合は、高圧ガス取扱者免許が必要だけど、それは持っているの?持っていないと、別件の無資格運転になるわよ。」
「高校卒業と同時に、取りました。」
返ってくる声は、若い。大型を持っているということは、20代前半だろう。
成見はしばし考え、続ける。
「なるほどね。こういうピンチって、『逮捕しちゃうぞ』で出てきそうじゃない?」
「そうっすね、アクション映画でもありそうっすね。」
「でね、さっき『逮捕しちゃうぞ』がどうのこうのと言ったのは、あなたを助けるため、あの墨東署名物、カスタマイズしたニトロ噴射トゥディを操る、怪力の辻本夏実と、メカフェチの小早川美幸コンビが、あなたのトラックを追っているのよ。あの二人だったら、このピンチ、切り抜けられる。」
「本当なんですか?架空の人物じゃあないんですか。」
「架空なわけないでしょう、助けに来るんだから。そろそろ、サイレンの音が聞こえたり、パトカーらしい車は見えてこない…?」
運転手は、バックミラーに目をやる。古めかしいデザインの白いジープが赤色灯をつけ、サイレンを鳴らしながら猛スピードで追いかけてくる。
無線で、高木の声が入る。
「こちら幕張特機3、暴走車両を発見!」
「今、後ろから白いジープがサイレンを鳴らしながら走ってきました!」
「それがあなたにとっての、救いの女神よ。運転している警察官以外に、帽子を被らないで、合服ベストと、ワイシャツ袖まくりの婦人警察官が乗っているでしょう。あの二人がさっき言った小早川美幸と辻本夏実よ。あなたのためだけに、来てくれたのよ!」
「本当ですか!」
一方、ジープのほうは、高木がハンドルを握り、夏実、美幸コンビは工具を片手に、いつでも飛び移れるように準備する。
タンクローリーと併走しながら、夏実と美幸が言う。
「ドアを開けて。あたしたちと交替するのよ。あたしたちが故障、修理するから。」
「いいんですか、俺が降りても。」
「狭い車内だから、三人も乗れない。それに、今はそんなことにかまっている暇はない、早くジープに乗り移って!」
運転手をジープに乗り移らせると、ジープは減速し、Uターンする。対策本部のある警察署へ、運転手を送り届けるためだ。
夏実はハンドルを握り、美幸は修理するべく、シートをはがす。このタイプのブレーキ系統は、シートを外して点検できるようにしてある。
ハンドルを握るのは、息のあった怪力の夏実。
「うーん、トラックだと車高があるから、足ブレーキは、できそうにないなぁ…。」
シートを外した瞬間、美幸は、絶句した。
ブレーキ系統が、完全に壊れている。停車してのオーバーホールならともかく、走りながらの応急処置では、修理できない。
どうにもできないが、絶望している時間もない。こうしているあいだにも、車は坂道を下っていく。
美幸は、言う。
「夏実、とてもではないけど、応急処置では修理できない。ジュンとエーコの怪力で止めるしかないって、湯浅室長に言って!」
「何い!?わかった、対策室に連絡する。」
「修理できない…。」
湯浅がいうと、M.U.D対策室の数少ない専任、永井美幸巡査が次ぐ。
「こうなると、怪力で止めるしかありませんね。」
M.U.D対策室には、マッチョなボディを誇る大安全マンに加え、マッド・ハシリーヤ将軍の車を止めた守屋ジュン・守屋衛子の、ブルー・ユニッツ・ジュンとエーコの怪力姉妹、シグナレィディの三姉妹がいる、この六人で止めて、ガスローリーを安全なところへ誘導し、ガスを抜き取るか、大気中に放散させればいいのだ。
「よしわかった。高木、安野、守屋姉妹、出動だ。」
ここで再び、高木がハンドルを握るジープで夏実・美幸と大安全マンを乗り換えさせるが、夏実・美幸コンビは、ワイヤーロープを牽引フックにつけなければならない。シグナレィディが引っ張り、スピードを調整するためだ。
「あたしたち、何回もピンチを切り抜けてきた。今回も、成功する。」
「そうよね。」
墨東署にいるころも、何回も周囲の人々に支えられて、二人は危機を乗り切ってきた。今回も、成功する。いや、周囲の人々が支えてくれているのだからこそ、成功させなければならない。
高木が積んできたワイヤーを取りつけると、あとは大安全マンに交替する。
「あとは頼んだわよ、大安全マン!」
「任せておけ。」
ここから数メートル行った先では、避難誘導の応援にあたっていた怪力の守屋姉妹が先回りして、ブルーユニッツ・ジュンとエーコに変身し、待ち構えている。
一方そのころ、制服組は所轄警察署の応援部隊として、消防や自治体関係者と共に住民の避難誘導にあたっていた。
鉄帽に巻脚絆、短刀装備の甲田は、メガホン片手に住宅地をわめいて回る。
「ガスを積んだトラックが、ガソリンスタンドに突っ込む可能性あり、近隣住民は即刻第三小学校に退避せよ!」
甲田がやっているのは、往年の空襲警報の伝達とほぼ同じである。佐々木、曽根の二人と、ブルーユニッツのタカミこと、犬養高美巡査部長は交通封鎖にあたり、M.U.Dの数少ない専任の園田方哉巡査も、住民の避難誘導に協力する。
実際の空襲を防空補助員として経験した、佐々木と曽根は、住民のあいだを回り、言う。
「第三小学校の校庭に入ったら、なるべく、窓から離れて、姿勢を低くしていてください。コンクリートや鉄板でできた、爆風でも倒れない、丈夫なものの影に入ってください、爆風で飛んできたものがあたるかもしれません!」
近年の学校の窓ガラスは、物がぶつかっても粉々になるよう、自動車と同じ風冷強化ガラスで作ってあるが、第三小学校は文部省の訓令が出る以前に立てられているので、割れた場合はとがった破片が飛び散る、普通ガラスだ。爆風で破片が刺さって、死者が出る可能性が高い。空襲を経験した甲田、佐々木、曽根は、爆風で飛び散ったガラス片の恐ろしさを、いやというほど知っている。特に、原爆投下直後の広島市の応援に行った甲田は…。
が、今から飛散防止の紙テープやガムテープを張っている暇はないから、先生や消防団員と共に、窓を外しにかかる。
曽根の肩につけた無線のマイクから、湯浅の声がする。
「夏実・美幸コンビによる走りながらの修理は不可能と判明、ブルー・ユニッツと大安全マンによる停車作戦に切り替える。」
「承知。こちらは住民の避難誘導終了。現在は有志と消防団員、教員と共に窓枠を外し、最悪の事態に備えている。」
「了解。ジュンとエーコの停止作戦が始まったら、また連絡する。」
∴
湯浅室長からの、無線が入る。
「住民は、安全地帯に退避させた。大安全マンからの報告では、あと1分もすれば到着する。頼んだぞ!」
「了解。」
エーコが無線で本部に返した瞬間、ジュンがいう。
「来た!」
ジュンが不敵な笑いを見せ、タンカを切る。
「ブルーユニッツがいる限り、あのトラック、止めてみせる!」
エーコは、うなずく。夏実・美幸コンビと同じ、絶妙のタイミングだ。
シグナレィディが引っ張る抵抗と、大安全マンのハンドル捌きでカーブを何とかしのいだガスローリーが、見えてきた。
いよいよ、二人の怪力の見せどころだ。
「今回はピラレディよりも重たいからね、油断するんじゃあないよ。」
「そっちこそ。」
守屋姉妹は衝撃に備え、身構える。
「あと1メートル…、50センチ…。」
どすん!という衝撃と共に、液化天然ガスローリーの全重量に加えて加速度が加わる。ジュンとエーコは、歯を食いしばり、渾身の力で液化天然ガスローリーを押さえにかかる。ここで止めなかったら、大惨事になる。意地でも止めなければならない。
『逮捕しちゃうぞ』の夏実の足ブレーキとまったく同じで、パンプスから白煙を出しつつ、十数メートルの制動距離で、液化天然ガスローリーは止まった。
「止まった。」
大安全マンが言うと、エーコは、ガス漏れがないことを確認してから、本部に連絡する。
「ガスローリーの停車に成功。人員に異常なし。レッカー車の手配願います。」
「な、言ったとおりだろう。あたしたちブルーユニッツが来たからには、トラック、止めるって。」
肩で息をし、汗びっしょりになりながらも、ジュンとエーコは、笑顔を見せた。
さて。液化天然ガスを積んだガスローリーの暴走は、ドクター・ヨイデガンスと小早川美幸の分析、点検の結果、ベーパー・ロック現象、フェード現象といった、フットブレーキの使いすぎでもなければ、M.U.Dも関わっていず、リコール物の欠陥だったと判明した。第一この事故がニュースになったときに、M.U.Dは関係ないと、ハシリーヤ将軍が記者会見を開いて言明したぐらいだ…といっても、ガスローリーをブルーユニッツが止めるほうに記者が集まり、将軍は無視されたような形だったが。
ガスローリーを止めてしまえば、M.U.D対策室の出番ではなくなる。
事件の捜査は別の部門が担当し、時折「メカフェチ」の小早川巡査が助言する形になって、このあわや大惨事の、液化天然ガスローリー暴走事故は決着した。
一方、活躍したブルーユニッツの守屋ジュン・守屋衛子の二人はというと、今日も今日とて、千葉西警察署の警務課で、事務処理作業にあたっている。
「あ〜も〜。こんなこまっこちい作業なんかあたしに向かないんだよ、衛子、あとは任せた。」
ペンを投げ出し、管内に配る広報誌の編集作業を中断すると、衛子が、間髪をいれず、返す。
「え〜、またあたしがやるの!?これで何回目だと思っているのよ。そんなに細かい作業がいやなら、怪力が生かせる機動隊かSATに転属したら?」
ジュンは、しばし考えてから返す。
「SATねえ…。行ってもいいんだけど、転属したら衛子と仕事できないから、まだしばらくは、ここにいようっと。」
衛子は、ため息をついて一言。
「……SATに転属したしたで、あたしまで引っ張りまわされて、そこでも報告書を作成するとか、押しつけられる事務作業は多そうだし、それなら警務課でいいか。」
ブルーユニッツ・ジュンとエーコは、今日も今日とて、平凡な日を過ごしているようだ。