独立短編企画
〜八月十五日の鉄路〜
「敗戦の日も鉄道は動いていた」

太平洋戦争も五年目の昭和二十年になると戦況は日増しに悪化し、三月には硫黄島が米軍の手に落ち、五月には同盟国ドイツが降伏、六月には沖縄が陥落し、それまでうわさの段階だった「本土決戦」が現実化しそうな気配を示していた。
しかし、そのような中でも鉄道輸送の重要性は変わるどころか、内航船舶すら艦載機の機銃掃射や潜水艦攻撃の対象となるに至ってはいや増したが、男性職員の鉄道連隊などへの出征、軍政要員や華北交通、華中交通、華南交通といった占領地の鉄道運行要員としての徴用による熟練職員と保守機材の欠乏に起因する故障、そして昼間は走行中の車両や機関区、駅などを対象とした機銃掃射、夜はじゅうたん爆撃…といった連合国軍の空襲の中でダイヤは混乱していたとはいえ、関係者の血のにじむような努力の中で鉄道は動きつづけていた。
千葉県の九十九里浜近くにある十日市場駅は、浅田音松駅長以下、東京鉄道教習所業務科出身の庶務掛宗村高広や岩倉鉄道学校出身の電信掛大滝啓、男性職員の補充のため採用された操車掛鳴海悠子、運転掛犬飼高美といった女子現業職員、連結手都築涼、出札掛一千尋といった女子挺身隊員、さらには鉄道学校からの動員学徒佐竹乙松、杉原千次、女学校からの動員学徒栗田由美恵、村瀬頼子などで運用されている。
ダイヤ調整や閉塞機の操作などをつかさどる犬飼が、赤線を引きながら、
「こうダイヤがメチャクチャになると、動かすほうもたまったもんじゃないわ。ただでさえ無理して軍用列車を走らせているんだから!」
とつぶやくと、軍用列車関係の伝票を切っていた宗村が次ぐ。
「軍用列車は合間合間をぬって走らせるもんだから、臨時列車と扱いは同じだもんねえ。」
本土決戦のうわさがささやかれ始めたころから、この駅から数キロメートルばかり離れたあたりに陸海軍が飛行場や陣地を作りはじめ、各地から陸続と陸海軍部隊が来るようになってから、それまでのどかだった十日市場駅も、列車の発着にかかわる運転掛、ポイントの操作をする転轍手、列車の編成をつかさどる操車掛…はもちろんのこと、事務方の宗村や浅田駅長までも、陸海軍関係の書類を処理したりするため、目が回るほどの忙しさになった。
二人がこんな会話をしていると、ホームから下り列車を出した鳴海が事務室に入ってきて、話に加わった。
「今さっき、東京から疎開してきた小学校の先生に会ったけど、このへんも危なくなるかもしれないから、群馬か栃木に再疎開を考えなきゃならないって言ってたわ。」
…米軍の上陸予想地点は、関東では相模灘か九十九里浜、鹿島灘のどちらかといわれていて、万一上陸してきた場合、物流の基点で、機関士、機関助士の交代の場所ともなっているこの駅も狙われる可能性は大きいし、戦闘となったら駅長以下は、本土決戦をにらんで編成された国民義勇隊の一部である鉄道義勇戦闘隊の隊員として、手元にある、石炭をくべるスコップや保線に使うツルハシ、猟銃や日本刀、近所の竹やぶから切ってきた竹やり…といった、おおよそ武器とはいえないもので戦わなくてはならない。
とそこへ、ポイントの見回りから動員学徒の佐竹と杉原が戻ってきた。
同じ動員学徒の栗田が、
「いいわよね、佐竹君と杉原君は。動員先でも学校でやっていたことの延長線上で、うまくしたら卒業後横滑りできるかもしれないし。」
と言うと、佐竹が返す。
「そりゃ確かに僕らは鉄道学校出身だけど、僕は機関車乗りになる機械科だし、杉原は電気科だから、今の僕らはぜんぜんお門違いのことをやっているわけさ。」
「な〜に、そういうもんじゃないよ。ここの駅は人数がいるからいいが、田舎の駅長になったら機関士出身だろうが何だろうが、出改札から保線、運行、なにもかもをやらなきゃならないんだぞ。」
と浅田駅長が返したのと、エンジンの轟音と爆発音は同時だった。
監視哨の半鐘が鳴り響き、見張りの兵隊が叫ぶ。
「機銃掃射、退避!」
一同が伏せるか伏せないかのうちに、駅舎を狙っての艦載機の機銃掃射の嵐が来た。
「航空隊は何をやってるんだ!?」
「みんな、無事か…?」
「ええ、なんとか…」
「大丈夫であります!」
こういう会話をしていると、目の前の電話が鳴ったので一番近い位置にいた犬飼が出ると、前の駅の駅長からだ。
「石炭列車を出発させた。」
「何ですって!?P-51がまた来るかもしれないってのに!?」
現在だったら各機関車、電車に無線機が積まれているから、機関士なり車掌なりに連絡して途中で停車させることができるが、当時はそういったものを必要とするほど運行密度はつまっていなかった。
一同が時計を見ると、あと数秒で列車が入ってくる。
「どうする…?」
下手をすると機銃掃射に狙われてしまうかもしれない。一同がためらっていると、ふだんは消極的な宗村が、
「俺が行ってきます。」
と言うなり、彼は鉄帽を被り、
(P公が来たら来たまでよ!)
とクソ度胸、いちかばちかでホームに飛び出すと、定刻どおりに9600型機関車が引く、常磐炭田からの石炭を積んだ貨物列車がホームに入ってきたので、彼は叫んだ。
「空襲、退避!今艦載機が来てるんだ!!」
機関車が止まると、機関士の熱田と機関助士の高村は、あわてて機関車から飛び出してホームの退避空間に、貨物車掌は防空壕にそれぞれ退避したが、ある意味命知らずな宗村の存在に気づいて、また艦載機がやってきた。
監視哨の兵隊が叫ぶ。
「また来るぞー、退避ー!」
「早くしろ宗村、こっちだ!」
宗村がホームの退避空間に身を入れた瞬間、機銃弾がミシンのように横切っていった。
敵機が去ってから、熱田機関士はホームの退避空間からはいだすと、宗村のクソ度胸に呆れながら言った。
「俺は大陸で鉄道連隊にいたけど、お前さんみたいなクソ度胸はなかったなあ…。事務方のお前がねえ〜…。」
鳴海が次いだ。
「ひょろひょろした事務方のムネさんに、こんな度胸があったなんてねえ〜」
都合三回の十日市場駅を狙った機銃掃射は嫌がらせ的なものであり、幸いなことに死者負傷者は出なかったが、鉄道施設には大なり小なり被害を受けていた。
浅田駅長は、旅客日報にこう書いた。
八月十四日
米軍艦載機の機銃掃射を受け、駅舎の窓ガラスことごとく割れ、機材も銃弾を受け、破損するものあり。幸いにして人的被害はなし。
八月十五日はいつものような晴天で、暑かった。
十時の休憩に都築が、
「昨日のニュースで、明日の正午に重大放送があるって言ってましたけど、一体何なんでしょうかね?」
と言うと、熱血漢の機関助士の高村が次いだ。
「陛下が我々国民に対して、本土決戦が近いからしっかりやれと檄を飛ばすんでしょう。」
「いや、ソ連に対する宣戦布告かもしれないぞ。」
宗村が返すと、村瀬が次ぐ。
「いったいなんなんでしょうかね?」
一同が言いあっていると、浅田駅長がやって来て言った。
「とにかく、聞いてみなければわからないんだ。そろそろ例の軍用列車が来るぞ。みんな仕事がなければ、正午の放送は聞くように。」
この一言で正午の重大放送の中身の話はうちきりになり、一同は職場に戻った。
そして、運命の正午が来た。
ご多分にもれず、この駅のラジオも受信状況はよくなく、何を言っているのかわからなかったが、よくよく聞いてみると、高村の言ったような本土決戦へ向けての檄でも、宗村の言ったようなソ連への宣戦でもないようだが、戦争を終えるといった内容らしいことだけはわかった。
放送が終わってから、犬飼が言った。
「戦争を終える…のかしら。」
「流言飛語だ!」
高村が叫んだが、数分後、こんどは千葉鉄道管理局から電報が入ってきて、大滝が受信紙を駅長に手渡した。
「千葉鉄道管理局からだ。終戦の詔勅が出たらしい。」
浅田駅長が言うと、宗村は、
「日本の負け…か…」
といって茫然自失でつっ立ち、鳴海は、
「今までのあたし達の苦労は、何だったわけ!?」
と顔を覆ってしゃがみこんだ。
「アメリカ軍が来たら…、あたしたち襲われるかもしれない…」
村瀬が言うと、熱田が、
「そんなことがあったら、俺らが黙っちゃいねえよ。」
といいながら、近くにある投炭用のスコップを取りあげた。
しばしの間ののち、浅田駅長が言った。
「……確かに戦争には負けた。しかし我々は、これからどうなるかは分からないが、復興のため、疎開者や復員軍人を故郷に返すため、列車を定刻どおり走らせなければならない。俺達、鉄道員が、戦争に負けた日本を、引っ張って、立ちあがらせるんだ…。そのためには俺達が、まずは立ち直らなければならない…。それに、もう空襲でダイヤが乱れることはなくなったんだ。機銃掃射に狙われることもない…・」
「復興のため…、列車を走らせつづけなければならない…」
浅田駅長の一言に、敗戦のショックで失いかけていた職業意識がよみがえってきた。
(そうだ…。俺達、鉄道員が、戦争でメチャクチャになった日本を、引っ張って、立てなおすんだ……)
そう思い直した一同を勇気づけるように、力強く汽笛を鳴らしながら、北海道からの有蓋貨車を引いたD-52と、筑豊の石炭を積んだ石炭貨車を引いた9600型が、単線区間の待ちあわせのため、定刻どおりホームに入ってきた。
「列車が来たぞ、犬飼さん、タブレット出して!」
「若松発釜石行、列車番号C-162到着!車両、積荷とも異常なし」
「了解、確かにひき継ぎました」
「上り信号、よし!」
「信号よ〜し、前方よ〜し、出発進行!」
昭和二十年八月十五日……、敗戦の日も日本国内の鉄道は動いていた。
十日市場駅の旅客日報は、「本日、異常なし」だった。