「城北の青き疾風」犬飼高美の学科教習
第2段階
特徴的な事故と事故の悲惨さ


はじめに

犬飼:自動車は便利ではあるけれども、気をつけないと「走る凶器」になる。千葉県の市原には、交通刑務所と俗称される、交通事故による業務上過失致死、業務上重過失致死、危険運転致死などの受刑者を専門にする市原刑務所がある。誰だってそこへ行こうと思っているわけではない。今回は、交通事故について考えていくわ。

交通事故は増えたのか、減ったのか

犬飼:30年前の昭和451976)年と平成162006年では、死亡事故の数は減ってはいるんだけど、警察の交通課が処理した事案は逆に増えているんだ。仮説だけど、携帯電話の普及ですぐに通報できるようになったのが関係していると思われるわね。それはともかく、死亡事故と死者数が減った理由は6通りあげられるんだ。
1、自動車設計と技術の向上
2、安全装置の装着
3、運転者の質の向上
4、救急医療と医療技術の向上
5、道路設備の向上
6、法制の整備
犬飼:1の「自動車設計と技術の向上」と2の「安全装置の装着」は、技術屋の高村君、お願いね。
高村:昭和45年モデルのスカイラインと、平成16年モデルのスカイラインが、それぞれ時速60キロでコンクリートの壁に激突した場合、どちらが壊れ方が激しいと思いますか…?
犬飼:素人考えとしては、技術が未発達な昭和45年モデルだと思うけど…
高村:実は、今のスカイラインのほうが派手に壊れはします。しかし、中に乗っている人のダメージは正反対で、昭和45年モデルのほうが高くなります。昭和45年モデルは全体的に丈夫に作っていますが、今の車はエンジンルームやトランクルームなどは柔らかく作り、そこを破損させて衝撃を少しでも和らげるかわり、居住スペースは丈夫に作ってあります。それに、6の「法制の整備」に重なりますが、名車の中には、発売当時はサイドミラーやシートベルトがオプションだったり、初めからないものもあります。それが普通になったのは、過去の悲惨な事故の経験から、自動車メーカーや警察庁、運輸省、通産省、建設省が規格、設計の変更を行ったわけです。
犬飼:古車のオーナーは、安全基準をクリアするべく車検のつど苦労しているってよく聞くわね。さて、3の「運転者の質の向上」は、二種大型を持っている宗村君から。
宗村:省営自動車、国鉄バス時代の運転士からよく聞かされた話ですが、昭和40年代は、「神風タクシー」と呼ばれる、現在なら一発で運転免許取り消しになるような無謀運転を、営業運転中に平気で行う職業運転士が多数いた時代です。軍隊で運転を覚えた者、助手席で見よう見まねで運転を覚え、仮免許のない状態でも兄貴分の運転手にどやされながら路上や空き地で練習し、運転免許センターで当日実技と学科の試験を受けて免許を取ったなどという者がごろごろしていました。道路交通法や事故の恐ろしさ、悲惨さの知識は、今よりも低かったわけです。ですから、四輪車ではシートベルトをする者、二輪車ではヘルメットを被る者はほとんどいませんでした。しかし、今では「神風タクシー」は消えましたし、シートベルトやヘルメットを装備して動かしています。それに、運転を覚えるのは自動車教習所です。そこでは事故事例を学科で機会があることに取りあげ、道路交通法といった法規の知識も仮免許、本免許試験で問うています。これは、「法制の整備」の義務化にも重なりますが、さまざまな機会にさまざまな死亡事故の事例を見てきたので、自分はああなりたくないと思って、装備するわけです。
犬飼:それに、小学校などでの交通安全教室やマスコミの報道も、効果がでているのかもね。では4の「救急医療・医療技術の向上」は現役消防官の清水君から
清水:昭和45年に、峠の山道でドリフト走行に失敗、崖から転落し、意識があっても動けない場合は、近くを通りかかったトラック野郎や山仕事で入った人などが発見してくれない限り、救援を呼ぶすべはありません。しかし、今なら携帯電話で119番通報をすれば、電波探知で事故現場を探し出し、救助することもできますし、救急車には救急救命士や医師が乗り込めるようになりました。それに、搬送先では手にあまる場合、ヘリコプターで大学病院への転送もできます。病院の医療技術も向上しましたから、昭和45年では事故後24時間以内に死亡した事例でも、1日2日は持って、なんとか親御さんが死に目に間に合うようになったものもあります…。
犬飼:痛ましい話ね…。
清水:…ええ
犬飼:話が暗くなってしまったわね。5番の「道路の整備」は寡黙な「昭和の男」、守村義衛建設技官からどうぞ。
守村:…建設技官の、守村です。昭和45年は、道幅も狭く、歩道と車道の分離も行われず、電柱が出っ張っていたり、危険極まりないものでありました。しかし、電柱の地中化、道幅の拡張、歩道と車道の分離、道路の整備、街路照明の整備などたゆまぬ努力と皆様の協力の結果、現在のような道ができました。しかしまだまだ整備が行き届かないところもあります。我ら建設技官は努力していかなければなりません。
犬飼:…さすが、寡黙な「昭和の男」ね。ポイントを押さえているわ。あたしの補足コメントはないわね。では最後の6番目「法制の整備」は、現役警察官でもある宗村夏実さんから。
夏実:昭和45年時点では違反に問われなかった事案も、今は違反になるものがいくつかありますし、重罰化されたものもあります。飲酒運転一発免許取り消し、ひき逃げ事案の厳罰化、危険運転致死という刑罰が定められたのが、よい例です。それに、軽自動車の場合、はじめ360CCだったものが550CCさらには660CCになり、車体の規格も大きくなりました。
犬飼:排気量が660CCにあがった1994年モデルのアルトワークスは、制御コンピューターをいじってマフラーを交換すれば、ニトロ噴射の美幸モデルトゥディと同じ性能になるって聞いたわね。
夏実:これも、法律の改正でよくなった点…ですね。もっともニトロ噴射なんてやっちゃいけないことだし、第一ミニパトは、緊急車両扱いをしない警察署も多いんですよ。それはともかく、車体の枠が大きくなったので、衝突した場合足を挟まれる割合が低くなるように、余裕を持った設計ができるようになったのは事実ですね。それに免許も、軽自動車での事故が多発した時期には「軽自動車限定」がなくなって、オートマチック車のアクセル・ブレーキふみ間違い暴走事故が多発したころにはオートマチック限定免許ができ、普通免許で配送用トラックを動かしての事故が頻発している今は中型免許もできますからね。1、2で高村君が言ったとおり、世論が、警察庁、国土交通省、経済産業省、国会を動かしています

事故原因と起しやすい年令層

犬飼:事故原因と起しやすい年令層は、現役警察官の宗村夏実さんに解説していただきます。
夏実:事故原因の近年の1位は、走行中の携帯電話やカーナビゲーションの操作に気を取られてなどのわき見運転です。埼玉県の川口で起こった、保育園児の列に車が突っ込んだ事故、あれは典型的なわき見運転です。
犬飼:あれはひどい話よね。トイレを探して、さらにMDプレーヤーだったかなんだかの操作をしていたっていうんでしょう。スピードは出ていないし、酒気も帯びていなかったから危険運転致死が適用できないって、みんな地団太踏んでいたわね。そうそう夏実さん、「意識のわき見」があるんだって?
夏実:ハンズフリーの設備をつけ、手を使わずに通話ができる状況では、違反切符は切られません。が、通話の相手が取引先や恋人、上司、先輩後輩など会話内容に気を使う場合は意識がそちらに向いて「意識のわき見」状態になります。無線タクシーやトラック野郎のアマチュア無線はどうなるんだと言われますが、無線は「34号車は上野駅西口へ」、「34号車、了解。」のように、的確に、短い言葉だけで意思を疎通させます。携帯電話のように交信前後に複雑な操作はしませんし、長時間通話することは、まずありません。ですから、自動車に乗るときは携帯電話のスイッチは切っておくか、ドライブモードにするのが先決ですね。
犬飼:マニュアル車の路上実習では、シフトチェンジがうまくいっているか下を見てしまう人が多いわね。これも下見運転になるから、「ほらほら下を見ない」って注意しているわ。ところで、2位は?
夏実:2位は、スピードの出しすぎです。福岡で起こった、追突されて海に車が転落、子供3人が死亡した事故では、加害者は酒を飲んだうえですし、そのあと警察や消防、海上保安庁のどれにも通報もせず逃走、証拠隠滅や偽証までさせたっていうんですからね。ひどい話です。
犬飼:これもひどい話よ。まだ助けるんだって言って飛び込んで、自分も溺死したほうが、自らの命で罪を償おうとしたとして救いようがあるかもしれないけどさ…。ところで、起しやすい年代は…?
夏実:運転免許を取りたての10代〜20代、若葉マークが取れるか取れないかのころが一番多いですね。この場合は無謀運転が原因の事故が多いです。逆に65歳以上の高齢者が、我流で運転して事故を起すケースも多発しています。現在の道路交通法では、認知症にかかった場合の運転免許の強制失効はできませんが、近いうちに行われるでしょう。ちなみに、祖父、祖母とも、70歳になった時点で潔く免許を返納しています。
犬飼:田舎だとバスや中小私鉄の廃線で、免許の返納ができない状況だからね。変なところに風情もヘチマもへったくれもない、国鉄をつぶす原因にもなった新幹線を作るなら、その予算の10分の1でも中小私鉄やバスの経営助成に回すべきなんじゃあないかしらね。
夏実:踏切事故予防の観点からも、新幹線予算を削減してでも、鉄道の高架化、地下化、立体交差化を進めてほしいところです。そうそう、事故を起しやすい時間帯は、夜間です。スピード感が狂う上、見通しも悪いですから。警察官の制服は紺色なので、夜間交通取締にあたる場合は、反射材ベストを着て、男性は冬でも日覆をつけますし、あご紐は白につけかえています。
犬飼:だから、夜間は反射材のついたものや、白・黄色系統の服を着たほうが安全というわけなんだ。目立ちやすいようにね。あたしのライダースーツも反射材をつけているし。

どうしたら事故は防げるか

犬飼:これが最後の課題になるわね。交通ルールを守るのが一番なんだけど、自分の腕を過信しないのも大事。それから、四輪車はシートベルトの着用、二輪車はヘルメットの着用と露出を減らすことも忘れてはいけない。普通自動車免許を取ると自動的に原付の免許も発生するから聞いてほしいんだけど、自転車感覚で乗ると、痛い目に遭うからね。まかりまちがってもランニングに短パン、サンダルだとか、ミニスカートにノースリーブなんて姿で乗っちゃあだめよ。軍手1枚はめる、長袖シャツ1枚羽織る、スニーカーをはいている、谷沢製作所の工事用MPヘルメット、野球場で買った球団のロゴ入りヘルメット、中田商店で買った90式鉄帽を被っている。これだけでも、転倒した場合の負傷度合いは変わるんだ。あたしはバイク乗りだからね。ヘルメットを被っていたから脳挫傷による死亡、軍手をしていたから指切断を免れたなんてケース、たくさん知っている。さっき建設技官役で出てきた守村君も、その1人なんだ。

この姿でヘルメットを被っていて転倒した、守村義衛

守村:…昨年の冬、自分は、90CCの自動二輪車に乗っていて転倒、あわや死亡という事態を経験しました。冷え込みがきつい夜間で、路面が凍結していました。そこへ知らずに来たものですから、見事転倒しました。たまたま冬ですから、ウールの国鉄外套に軍手、乗車用のMPヘルメットという姿だったので、外套はずたずたになり、ヘルメットも傷だらけにはなりましたが、自分は、ホタルにならずに済みました。これがもし夏で、ホー・チ・ミン市の市民を真似て、開襟シャツにサンダル姿、軍隊払い下げの防暑帽で転倒したらと思うと、ぞっとします。
犬飼:…守村君が「ホタルになって」なんていうと、洒落に聞こえないわね。それはともかく、あたしもカーブでバランスを崩して、そのまま路面を数メートル滑走した事がある。あたしは無傷だったけど、着ていたライダースーツはずたずたよ。ライダースーツは別段、かっこよく見えるからとか、女性の場合、ボディーラインを見せられるから漫画家が着せているわけじゃあないし、フルフェイス・ヘルメットも同じだってこと、よくわかったわ。もっとも、さっきのヘルメットの例えは極論で、本当はバイクに乗るときのヘルメットは、乗車用のものでないと違反切符切られるし、命の保証もできないから。

おわりに

犬飼:「交通事故は増えたのか、減ったのか」で触れたとおり、さまざまな努力で交通事故の死者数は減ってきたわけだけど、あたしたち運転者が交通法規を守っていけば、さらに減らせることがよくわかったわね。そうそう、「おおきいおともだち」に大人気の、東京モーターショーで演じられる、「トラフィック戦隊 アンゼンジャー」の大安全マンの理想は、交通事故ゼロの日達成なんだ。彼の理想の達成は、M.U.Dの壊滅でなく、あたしたちドライバーにかかっているといっても過言ではない。みんなもその点、心にとめてほしいわね。