白昼夢
学部編
現代の怪談
〜制服の精霊〜
あれは、あたしとあずさが大学生だったころ。
学部四年の学芸員実習で行った博物館には、お定まりの幽霊話があった。
「夜の博物館体験」という夏季限定の夜間開館のあと片付けを終え、一息ついていると、あずさが言った。
「ここ、幽霊が出るんだって。夏実は霊感強いでしょ、なにか感じない…?」
ここは服飾品を中心にしているから、ときとして「娘が交通事故死してしまったので…」と、未使用の花嫁衣裳が遺族から寄付されている。怨霊のとりついていそうなものがいくつもあるし、近くは墓地だ。幽霊の出る条件はそろっている。
あたしが、
「幽霊が出るって、どこらへん?」
と返すと、彼女は館内案内図を広げながら言う。
「制服コーナーだって。」
「制服コーナーなんだ。意外ね。」
花嫁衣裳か晴れ着のコーナーではないとは、少々意外だ。
制服コーナーには、ファンの間では「旧バージョン」、「旧制服」で通っている、昭和四三年式男性警察官、昭和五一年式婦人警察官の制服、郵政省時代の緑色三つボタン背広型や紺色四つボタン背広型制服といった郵便局をはじめとし、建設技官、運輸技官、海上保安官…といった官庁系はもちろん、日航や全日空といった航空会社のパイロットやスチュワード・スチュワーデス、国鉄・JRの新幹線や特急列車の客室乗務員、一般列車の駅務、車掌、運転士・機関士の背広型のものや、国鉄バスやはとバスのバスガイド、三越や高島屋、大丸といったデパートガール、第一勧銀や埼玉銀行といった銀行、三菱商事や丸紅のOLなど、運輸通信をはじめとした有名どころの会社の制服を時代不問で所蔵していて、しかもただ単にショーケースに展示しているわけではなく、たとえば、ファンや関係者の間では語り草になっている、ミニスカートの流行を受けて昭和四六年に採用された、ひざ上三センチミニスカートの昭和四六年式婦人警察官制服と、翌四七年に「勤務中にパンツが見えそうだ」というので採用されたキュロットスカートのように、時代や流行を取りいれてのモデルチェンジや機能性の追及などを、昭和四六年式婦人警察官制服は駐車違反の取り締まり風景を再現してあるように、複数のテーマで年ごとに等身大の人形に着せて展示している。見るほうからしてみると、マネキンより等身大人形のほうが現実感がある。
逓信省時代の郵便局員や鉄道省時代の鉄道員、昭和一〇年式の警察官・消防官の詰襟式五つボタン制服といった、昭和三〇年代以前のもののほとんどは、布製品という資料の性格上現存しているものが少なく、あっても仕事着だから、破れや色あせ、汚れ、汗のしみなどがあり、保存状況は悪い。そのため展示してあるものは当時の資料に基づいて作ったレプリカがほとんどだが、昭和四〇年代以降は、たとえば、山一證券が倒産する寸前に、事実上最後のモデルチェンジを行ったときの制服は、
「会社の倒産でデッドストックになってしまった。このまま倉庫にしまいこんでいるのも惜しいから、制服の値打ちのわかるここに寄付する…」と制服メーカーから寄付されたように、結局、モデルチェンジや合併、倒産などで使われずじまいになったものだ。もちろん実際に袖を通したものもあるが。
「幽霊って、どういうの。軍人、警察官…?あたし、霊感は強いけれど除霊はできないわよ。」
あたしが返すと、あずさは、聞きこんできたことを書きとめた、鉛筆つきで黒い皮表紙の手帳を取りだし、次ぐ。
「ええとね…、昭和五一年式制服の婦警さんと、同じ時期に使われた制服姿の女性警備員が出るんだって。だけど普通の幽霊とは違って、足もしっかりあるし、とくにこれまで誰かに危害を加えたわけでもないんだって…。」
(足があるというのは気になるわね、本当の幽霊なのかしら…?泥棒よけかなにかを狙って、誰かが流した意図的なうわさかもしれない…。)
気になったあたしが、
「確かめてみようよ、本当の幽霊なのか。実習記念に当直させてくださいって担当の学芸員さんに頼みこんでさ。」
と返すと、彼女は笑って返す。
「そう来ると思って、OKはもらっているわ。」
あたしの一族は警察官だし、あずさも初代の婦人警察官の採用過程を調べているから、二人して婦人警察官殉職、婦人警備員死亡という内容の事件を探してみたし、同じ制服を着る一般職公務員の、交通課所属で、交通違反の取り締まりにあたる婦人交通巡視員、少年課所属で少年補導にあたる婦人補導官なども調べてみたが、それらしい話はぜんぜん出てこない。念のため制服の履歴を洗ってみると、二着ともモデルチェンジで使われずじまい。メーカーの倉庫にデッドストックとなっていたもので、誰も袖を通したこともないから、怨霊がとりつくようなすきはない。確かに、あたしのお母さんやおばあちゃんの着ていた制服なら、多少なにかがとりついていてもおかしくはないけれど…。
実習の休み時間。館内の休憩スペースで二人して幽霊の正体を考えていると、あずさが言った。
「もしかしたらさ夏実、制服姿にあこがれていたんだけど、病気や事故で結局袖を通すことができなかった女の子が幽霊の正体なんじゃないかしら…?」
彼女の推理も、一理ある。さっきも言ったようにすぐ近くは墓地だ。
だけど、スチュワーデスやバスガイドといった花形の職業制服や、OL、銀行やデパートと種類は数ある中、なんで婦人警察官と女性警備員なのだろう…?
「あたしやあずさみたいに、警察官を目指していて結局果たせなかった女性の怨念…なのかしら?」
とあたしは返したが、あずさは怨霊説が好きなのか、
「交通事故死した女性の怨霊が、交通課の婦人警察官や交通整理のガードウーマンの姿を借りて、自分を殺したものを追っているのかもしれないわよ。相手が交通事故死するまでサイレン鳴らしてミニパトで追いかけまわすとかさ…。夏実は日本文学科でしょ、そういう内容の小説書かないの…?書いたら面白そうよ。」
と言って、推理ノートにした黒い皮表紙の手帳を閉じた。
博物館実習にきた記念という、ある意味もっともらしい理由で宿直させてもらえたあたし達は、館内を巡回することになった。
一回目の巡回、午後九時半。制服コーナーの前にくるとあずさが、
「夏実、なにか感じる…?」
といったので、あたしは
(いったい、あなた達の正体はなんなの…?)
と全精神を集中させた。が、制服達からはなにも感じられなかったので、返す。
「なにも感じられない。だけどまだ九時半過ぎだから…。」
「それもそうよね…。」
謎の話し声を聞き、幽霊(?)を見たのは、幽霊が出てくるゴールデン・タイムの丑三つ時、午前二時半が多い。
午前二時半の巡回のとき、制服コーナーでざわざわする物音を聞いた。
「人の声や物音がするわ…。」
あたしが言うと、あずさが返す。
「制服フェチが盗んでいこうとしているんじゃあ…?」
世の中には、ムネさんや高美さん、高村や悠子さんみたいなまっとうな制服ファンが多い。しかし中には本物を盗む不心得者がいて、ここも何回か狙われかけたことがある。
(制服泥棒…?)
あたしは、持ってきた、ニューナンブのガスガンを構えるとあずさも同感だったらしく、警察用拳銃のコルト・ディテクティブのガスガンをいつでも撃てるように準備した。ガスガンとはいえ、至近距離から顔や腕、目などの弱点に発射すれば、十分相手をひるませる効果がある。
「夏実、人の声がする!」
「あたしも聞こえている。」
耳をすますと、こんなやり取りが聞こえた。
「あああ〜。一回でいいから着てもらいたかったな〜。」
「だ〜れにも袖を通してもらえずじまいでしまいこまれて、やっと日の目を見たらガラスケースの中。これじゃあ制服に生まれたかいがないってものよ。」
「ほんとほんと。」
これは、あたし達の声ではない。制服コーナーに行ってみると、女性警備員と婦人警察官の制服だけがない。誰かが盗んでいったのかと調べたが、ガラスケースは無傷で、こじ開けたような形跡もない。
あずさが言う。
「休憩スペースのほうから声は聞こえる。なにか感じる…?」
あたしは全精神を集中させた。
(…休憩スペースにおいで…)
さっきの声が聞こえたので、あたしは言った。
「……、盗まれたわけじゃない、あずさ。休憩スペースにいるわ、声の正体二人とも。」
「休憩スペース…?」
休憩スペースに行ってみると、そこにはまったくの自然体で、お母さんやおばあちゃんも着た、昭和五一年式制服姿の婦人警察官と、同じ時期に使われていた制服の女性警備員が、いつものあたし達のようにくつろいでいた。しかも、座っている場所も同じだ。
「あなた達は、何者なの…?」
あたしの問いに、警察官が答える。
「別に、あなた達やここに危害を加える存在ではないのよ。それどころか、制服を盗もうと侵入してきた制服フェチを二人してこらしめたりしているのよ。」
あたしは、もう一つのうわさを思い出した。それは、旧バージョン制服姿の婦人警察官と、それに似たデザインの制服姿のガードウーマンが、博物館に侵入してきた男を取り押さえるという話。一報を受けて急行した警察官に男を引渡し、容疑者をパトカーに乗せたあとで、現行犯逮捕をした事情を彼女達に聞こうとすると、さっきまでいたはずの二人はどこにもいなかったという…。
「だけど、夜な夜な出てきて人を驚かすのはいいことじゃないわ。都合が悪くないのなら、あなた達の正体を明かしてよ。」
あずさがいうと、警備員が笑って返す。
「あたし達の正体は、モデルチェンジで使われずじまいに終わってしまった制服の精霊なのよ。服というのは着てもらってはじめて価値があるものでしょ、それなのにあたし達は着られないうちに倉庫行き。やっと日の目を見られたかと思ったらガラスケースの中。あまりにもくやしくて、こうやって出てきているわけ。」
警察官が返す。
「二人とも年齢があたし達に近いし、警察官を目指しているんでしょ。一回でいいからあたし達を着てくれないかな…?」
「なんで、警察官を目指しているなんてわかるの?」
あずさが驚くと、警備員のほうが笑った。
「なにがあってもこの制服を、職業人として着るんだ…!っていう、単なる制服へのあこがれと違った心が感じられるように、あたし達を見る目が違うし、公務員試験の試験問題を持っているからわかるわ。こういう人に着てもらえるんだったら、一回でも十分なぐらいよ。」
確かに、実習の時間があくとあたし達二人は休憩スペースで勉強していたし、制服を見ながら、
「一回でいいからこのバージョンの制服、着てみたかったな…。」
あたしは言う。
「あたしの一族は警察官でね、お母さんやおばあちゃんは、ド・ゴール帽に四つボタンフラップレスポケットのあなたを着たけれど、あたしのときにはモデルチェンジになってしまったから、一回着てみたかったのよ。」
あずさが継いだ。
「なら、あたしは警備員になるわね。」
すると、制服の精霊は二人とも微笑して、
「いい憑依先を見つけたわね…。」
といいながらすうっと立ちあがり、あたし達にぶつかってきた。だけど衝撃や苦痛はなく、気づいたときには二人とも制服姿になっていた。
どこからともなく、制服の精霊からの声が聞こえる。
(このまま、館内をパトロールしてくれる?)
「了解。」
ぐるっと二人して館内を一周すると、再び制服の精霊からの声がした。
(宿直なんでしょ?夜明けまで着ててくれるとうれしいな。)
「承知。」
あずさと二人して、なにをするわけでもなく制服姿で事務室にいると、制服の精霊のせいかはわからないが、だんだんその気になってきた。
「なんとなく、コスプレしている人の気持ちがわかってきたわ。」
あたしが言うと、あずさは返す。
「お互い、来年は職業人として着たいね。」
それからというもの、幽霊騒ぎはぴたっと収まってしまった。あたし達が着たことが関わっているのだろうか…?
このあとあたしとあずさは、あの夜着なかったほかの制服をなだめるべく、「体験学習の一環として、職業制服の試着をやったらどうでしょう」と提案したところ、担当の学芸員も、
「そりゃあ面白そうだな、やろうやろう!」
と乗り気になり、今では、「あこがれの職業制服を着てみよう」という、博物館の中心イベントのひとつになっていると聞いた。もちろん、制服は収蔵品倉庫にしまいこまれていたものを積極的に出しているから、制服の精霊達の不満も少しは収まっただろうか…?
そして、「幽霊が出る」にかわり、こんなうわさが今、博物館の来館者の間では流れている。
「博物館で試着した制服姿が似合っていると、その職業につくことができる……。」
就職関係のサイトの掲示板に書き込まれたものが広まり、博物館の広報誌にまで載っているうわさのせいで、制服着用体験の申し込みは、当初の予定から大きく外れ、大学生や高校生がほとんどになってしまい、予約は一〇人待ち二〇人待ちあたりまえという状況になっている。
制服着用体験が大人気になる理由、「制服を着れば合格する」といううわさの出所は、なんとあたしとあずさなのだ。事実あたしは東京警視庁の警察官になり、あずさは岡山県警の二次試験まで行ったが、残念ながら落ちてしまって警備員になっている……。あのときあたしとあずさが制服を交換したら、いったいどうなっていたんだろうか。
警察官になってから再会した、高校同期のムネさんに話すと、
「…制服の精霊ねえ…。ものにとりつく憑依神なのかもしれないな。だけど、制服フェチを取り押さえたってのは気になる話ではあるね。」
と言ったし、警察学校同期で、同じ交番で勤務する早川美冬に話したら、
「そんなことはないでしょ?せいれいはせいれいでも、勤めはげむ意味の『精励』の加護よ!」
と返されてしまった。だれど、あたしとあずさは制服の精霊の姿を見ているし、「いい憑依先を見つけた」とも言われたから、彼女達が職業人になる手助けをしてくれたと信じたい。