白昼夢学部編〜女帝の「仁義」

白昼夢
学部編

〜女帝の「仁義」〜


呼ばれてまんざら悪い気はしない、女帝という二つ名がつくにいたったのか知りたい人の声にお答えして、そこにいたるまでの過程をお話しようかなと思う。
あれはまだ学部三年、レイヤーズができるはるか前のこと。あたしが担当した、中華帝国全土を支配したただ一人の女帝、則天武后についての発表が終わり、帰りじたくをしていると、これまた唐代を左右させた女性、楊貴妃についてやっている友人の
S子が、
「高美、おりいってお願いがあるんだけど…。」
と話しかけてきたので、
「お金と恋愛以外だったら、力になるわよ。」
と返すと
S子は、
「あのね、アルバイトの人手がどうしても足らないのよ。高美はスーツにネクタイ式の制服やブーツが似合うから、ぜひともと思ってね…。」
と言った。
ふつうならここで
S子のやっているアルバイトの種類を確かめるだろうが、あとさき考えずあたしはとっさに、
「わかったわ、任せておいて!」
と返してしまった。もうこの時点から、困った人は放っておかないという姐御肌・女帝気質が出ていたのかもしれない。
まだそのときには、スーツにネクタイ式の制服というから、アルバイトの中身は交通整理の警備員だろう…と思ってくっついていくと、駅前を過ぎ、怪しげな店が建ち並んでいるあたりへ入っていった。
見ればあたりはイメクラ、個室鑑賞、ソープランド……と、風俗関係の店もちらほらある。
S子はウエイトレスやティッシュ配りというアルバイトにとどまらず、水商売系やスタントウーマン、挙句の果てには新薬の実験台までやったことまであるという。確かにあたしも交通整理の警備員やエキストラの婦人警察官はやったことがあるけれど…。(この経験で得た快感が、のちのちの官庁系メインのコスプレイヤーの集団、コスプレ集団・レイヤーズの編成や、あたしの交通指導員登録などにも関わるけどね。)体力勝負はともかく、水商売は…、ちょっとねえ…。
「お水系なの!?」
あたしが言うと、
S子はあわてず騒がず、
「ええ、もちろん。高美はかっこいいから似合うわよ。」
と言って、一軒のテナントの前に立ち止まったので見れば、門にかかった看板には、
Club Mistressとあるではないか。ミストレスとは女主人以外にSMプレイの女王様という意味もある……。
頑丈そうな扉を開けると、やはりこの手の店の典型的な光源配置で店内は薄暗くなっていて、準備中のようだった。
「……やっぱり、ビザール系ってのに着替えるの…?」
「あたりまえでしょう。まあもっとも、プレイによってはコスプレしてするときもあるけれど……。」
「ああ、だからブーツがどうのこうのっていっていたのね…。」
と、楽屋(?)であたしと
S子が話しあっているところへいきなりドアが開いたので振り向くと、黒髪ロングヘアで長身、グレーのパンツスーツに黒革のブーツといういでたちの女性が入ってきた。
その姿は、同性のあたしでもかっこいい!と思う人だった。
S子さん、彼女が助っ人なの?」
「はい、そうです。」
「そう。今日は二人ともそこにある警備服に着替えて。今日の人は制服姿の女性にいぢめられたい願望があるのよ。あと新入りの見習女王様はあたしの部屋に来て。」
女王様だから、ふだんから高圧的な人かと思ったら、そうでもない。普通のお姉さんだ。
彼女が去っていったあとであたしが、
「彼女は誰なの?」
というと、
S子は返す。
「ここのマスターの、レイカさんよ。」



女帝姿の高美様

着替え終わったあたしが、
S子の案内でレイカさんのいる部屋に入ると、彼女は普通のスツールをすすめてくれた。
「初対面の人に、奴隷の上に座らせるなんてことはしないわよ。」
「ど…。どういうことをすればいいのでしょうか…?」
あたしが言うと、レイカさんは
「その前に、高美さんは
SMと聞くとどういうことを想像する…?」
と聞いてきたので、
「ムチでたたいたり、ろうそくであぶったり…。ロープで縛ったり…。アブノーマルな世界だと…。」
と思いついたことを言うと、彼女は次いだ。
「確かに相手を痛めつけたり、口汚くののしったりするけれど、実のところはね、双方合意のうえでという前提条件があるのよ。それに、相手に致命的なダメージを与える前に寸止めにする暗黙の了解とテクニックもあるし……。剣道が剣道になるのはルールがあるからで、それがなかったらチャンバラになるのと同じよ。そのへんを誤解したエロゲームがあるけれど、双方合意の上でなかったら、
SMは単なる虐待になりかねない。監禁なんてもってのほか、犯罪よ。あたしはああいうゲームは大嫌い。作った奴らは一知半解なのよ。」
「奥が…、深いんですね…。」
あたしがいうと、レイカさんは返す。
「ま、いやがる相手をいじめても面白くないしね。細かいことはいいっこなしで楽しくいきましょ。今回はあたしは上司の刑事で、あなたと
S子は部下の婦警っていう設定だから、がんばってね。おいおいあたしの代理が勤まるように、縛り方やたたき方なんかも教えてあげるわよ〜。」
「はい!」

というわけで、あたしは専攻にひっかけて中華帝国全土を支配した女帝、則天武后という源氏名で、レイカさんとともに卒論で忙しくなるまで、いろいろやらせていただいた。やめたあとでも、レイカさんや
Club Mistressの女王様たちとはおつきあいさせていただいていて、そのつきあいが後年、面白いところで役だったりもしている。
そのアルバイト中に、気づいたことがある。
鉄道員や軍人、警察官といった体を張った職業はもちろん、水商売という浮き草稼業でも、この世界の気質、空気、もっといえば仁義とでもいうような雰囲気がある。中国の辛亥革命で活躍した任侠集団、青幇チンパンがもとは船乗りの相互扶助の団体で、山口組ももとはカタギの港湾労働者の集団だった…という話を聞いて、「なるほど、特殊な職業の人達の団結心は強い」と思ったが、それを垣間見るような気がした。
女帝の二つ名はあのアルバイトをはじめてからついたが、ただ単に姐御肌のあたしが女王様をやったからではなく、レイカさんに女帝の仁義を教えてもらい、自然とそう呼ばれる雰囲気を出していたから、後輩達に奉られたのかもしれない……。