白昼夢
大学院編
〜ある日のコスプレコーナー〜
真夏の東京ビッグサイト西館屋上、全国区の同人誌即売会にしてコスプレイベントのコミックマーケットのコスプレコーナーに、宗村高光は紺色詰襟五つボタンの鉄道省時代の夏服上下で立っていた。もちろん年齢にふさわしく、袖の綾織線は二本、制帽の綾織の鉢巻は一八センチの、判任官のものにしてある。詰襟の上下で制帽姿だと、コスプレコーナーにいても目立つらしく、「日本海軍の下士官ですか」という問いを何回か受けている。
「あら、ムネさん!」
「お、悠子さん。」
彼がふり向くと、紺色膝丈のタイトスカートに、水色でフラップつきの胸ポケットが二つあるブラウス姿、黒髪を三つ編みにした女性が立っている。宗村の友人の鳴海悠子だ。
「今日はなんのコスプレなの?」
悠子の問いに、宗村は返す。
「鉄道省・運輸通信省鉄道総局時代の夏服だよ。いやあ、暑いねえ。」
悠子は、生地を触って、
「サージ地ね。警察官も昭和二一年までは同じような条件だったけれど、白い麻生地も使えたよね。」
と言ったので、宗村は返す。
「鉄道も麻は使えたんだけど、駅構内や機関区といった現場にいる場合は、紺色でないといけなかったんだよ。」
白い巡査夏服姿も悠子は見たことがあるから、うなずきながら言う。
「鉄道員は石炭の煤煙や油汚れがつきやすいから、制服が白いと洗う手間がかかるわね。そうそう、警察官も昭和一八年には石鹸の配給の見込みが立たないから、白いと汚れやすく、仕事がしづらいっていう理由で白色も紺色に染め替えるよう指示が出たんでしょ?」
「機銃掃射の目標にされる可能性があるっていう理由も、あったらしいね。紺色への染め替えには。」
昭和二一年に詰襟から折襟ネクタイの制服にモデルチェンジが行われてからも、昭和四一年の灰青色の背広型になるまでは、国鉄の駅勤務者と電車・気動車運転士には盛夏服がなかった。蒸気機関車の機関士・機関助士も紺色の長袖長ズボンの仕業服を着て、夏には摂氏六〇度〜七〇度近い高温になる運転台に乗っていた時期のものだ。
一風変わったコスプレを身上とする宗村は、「民営化までや、JRになってからの盛夏服では多くてつまらない」と昭和九年式の夏服を着てきたが、さすがに暑い。
制服をしげしげと見ながら悠子が、
「どういうルートで手に入れたの?」
と言うので、宗村は返す。
「これは、国鉄の昭和二三年式紺サージのものを詰襟に仕立て直して、袖の雇人・判任官・奏任官を識別する線を入れてもらったんだ。」
「なるほどね。だけど詰襟だったら軍装レイヤー向けの、日本海軍の白い第二種軍装を紺色に染め直してもらえばいいのにさ。」
「戦直後の物資不足の最中でのモデルチェンジだったから、生地が手に入らなくて、詰襟式を仕立てなおして折襟式にしたケースもあるし、背広式になるまでは返納義務もあったから、なかなか現物は手に入らなくてね。これは鉄道にくわしくない古物屋が、さっき言った昭和二三年式をボタンも襟章もないし、よくわからないからぼろきれにするっていうから、もらってきて再利用したんだ。」
というと宗村は、肩から下げたカーキ色の水筒風ペットボトルホルダーから水分を補給し、続ける。
「ところで、悠子さんのコスプレは?」
悠子は、ブラウスを指さして返す。
「あたしもね、一風変わったコスプレをしているんだ。『逮捕しちゃうぞ』の小早川美幸よ。」
と言っても、彼女が着ているのは、水色の、肩章つきで蓋のできる胸ポケットが二つついた半袖ブラウスに、紺色でプリーツがないタイトスカートだから、やや固めの私服の肩に、警笛のつりひもがついているようにしか見えない。
「あれれ、コミケって一世代前の制服も含めて、警察官や消防官といった特別職公務員のコスプレはできないって書いてあったけれど、OK出たの?スタッフに止められなかった?」
警察官、消防官、海上保安官など特別職公務員の任についていないものが勝手に制服を着用するだけでも法律に引っかかるので、アニメ・映画版『逮捕しちゃうぞ』はもちろん、会場警備の関係から、コミックマーケットでは、コスプレといえども原作版『逮捕しちゃうぞ』で出てくる、昭和五一年制定の四つボタン式婦警制服、警察官の制服に類似したデザインの鉄道公安官といった、現在使われていない制式の制服も着ることができない。警備員の制服は視覚的威圧感による犯罪抑止効果を狙い、警察官のものに似たデザインにすることが多いからと、制服に詳しくない大多数の人のためであろう。
「止められたらいやだから、念のため相談コーナーで聞いてみたら、階級章と交通腕章をつけなければOKなんですって。『逮捕しちゃうぞ』は着装規定に違反しているし、着くずしているから。」
悠子の言葉に、宗村は返す。
「ああ、そっか。だから『こちら亀有公園駅前派出所』の両津勘吉もOK出るってわけか。あ、でも課長や寺田はできないね、着くずしていないから。」
『逮捕しちゃうぞ』の夏実・美幸コンビは、原作版・アニメ版とも本来なら屋外に出る場合は帽子を被らなければならないのに無帽でいるうえ、禁止されている腕まくりもしている。着装規定違反だからこそOKが出るのだろう。
「ところでムネさん、サークルのほうは見た?」
「回ってきたところだけど、どうしたの?」
宗村が返すと、鳴海は次ぐ。
「子供を連れてきている人、多いわね。コスプレコーナーにも、ほら。」
彼女が指差した先には、両親に連れられて、キャラクターのコスプレをしている子供たちがいる。
汗をふきながら、宗村が返す。
「確かに多いね、今回も。どうしても子守りをしてくれる人が見つからないから、仕方なく連れてきているかもしれないし、英才教育かもしれないね。」
くすっと笑って、鳴海は続ける。
「英才教育…。そのうち、コミケカタログに、『託児所を作ってください』なんて載ったりしてね。」
「子連れのコミケ参加やコスプレ参加がいいことか悪いことかはひとまず置いておくとしても、子供ができたら、一回やってみたいコスプレがあるんだ。」
宗村が言うと、悠子は返す。
「生まれた子が女の子なら、ムネさんが佐藤乙松、あたしが妻、子供を雪子に見立てて『
「それもしたいけれど、『喜びも悲しみも幾歳月』の石狩灯台や女島灯台のスチールみたいなコスプレもしたいなって、考えているんだ。」
「『喜びも悲しみも幾歳月』とは古いわね。だけど海上保安庁はコミケじゃできないでしょ?」
『喜びも悲しみも幾歳月』は、各地の灯台を転々としながら勤務する灯台職員一家を描いた作品である。宗村が理想の生き方とする「融通の利かない男」佐藤乙松が出る『
悠子が言うと、宗村は、東京湾上にある灯台、東京灯標のある方角を見ながら返す。
「雪野や光太郎が生まれた時点では、航路標識業務は逓信省の灯台局がやっていたし、制服も紺色詰襟五つボタンの上下だから。それに、カーキの作業服姿でいることも多かったみたいだし、OK出るんじゃないかな?」
「あああ、制服マニアでレイヤーの妻になるんじゃなかった。」
「そういう悠子さんだって、制服フェチの研究をしているし、現役のレイヤーで制服を着る職業じゃないか。」
「それもそうよね。」
二人が笑いあっているところに日本海軍の白い詰襟制服の士官がやってきた。
「おや、それはなんの制服ですか?」
宗村は返す。
「大日本帝国海軍が存在したころの、鉄道省職員の制服です。海軍下士官に間違われることも多いのですけどね。」
「へえ〜。で、あなたは小早川美幸…?コミケ会場でお見かけするなんて、意外ですね。よくOK出ましたね。」
悠子は、自分のコスプレキャラがすぐにわかったので、コンビの夏実に扮した高美を呼ぶ。
「わかりますか?うれしいな〜。夏実もいるんですよ、高美先輩〜!」
鳴海悠子と宗村高光。二人が「雪野」や「雪子」を連れてコスプレコーナーに現れる日は、コスプレの女神だけしかわからないようだ。
用語解説
鉄道省、運輸通信省鉄道総局
大正八(一九一九)年から昭和一八(一九四三)年まで、国有鉄道の運営管理と私鉄・公鉄の敷設、営業認可、陸運行政をつかさどった官庁が鉄道省。昭和一八年に逓信省と合併し、鉄道現業部門は運輸通信省鉄道総局となる。その後運輸通信省は通信部門を独立させて運輸省となり、昭和二四(一九四九)年、運輸省鉄道総局を独立採算の「三公社五現業」、公共企業体日本国有鉄道とし、昭和六三(一九八八)年まで続く。
奏任官・判任官・雇員・傭人
昭和二一年までの公務員は、数等級に分かれていた。鉄道現場でのおおよその目安は、奏任官は東京、大阪、京都…といったターミナル駅や重要機関区などの現場長、主席助役クラス。判任官は『
しかし、厳密に制度が運用されていたかというとそうでもなく、お召し列車を引くような主席機関士・運転士になれば判任官か判任官待遇の鉄道手、傭人の守衛や客車の掃除をする客車清掃手も、長年勤めていれば雇員を経て判任官待遇の鉄道手になれた。また、傭人、雇員で入っても、鉄道省、鉄道管理局の行う昇進試験を受けて合格するか、岩倉鉄道学校、昭和鉄道学校といった旧制中等学校とそれに相当する学校である、鉄道省所管の鉄道教習所の普通部を出ていれば、数年後には判任官になることができたので、夜学、鉄道教習所、通信講座などを利用し、働きながら学ぶ若い鉄道職員が多かった。
詳しくは、『日本国有鉄道百年史』(日本国有鉄道編、一九六八年)や『事典 昭和戦前期の日本』(伊藤隆監修 百瀬孝著、吉川弘文館、一九九二年)を参照していただきたい。