白昼夢社会人編〜職業人たちのピンナップ〜
白昼夢
社会人編
〜職業人たちのピンナップ〜
以下の短編は、『白昼夢』シリーズの挿絵を描いていただいた人々との橋渡しになったテラネッツの企画に、『白昼夢』シリーズのキャラクター達が出た場合のストーリーである。
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2月14日、鉄道員、宗村高光
12月24日、鉄道員、宗村高光
12月24日、警備員、鳴海悠子
2月14日、警備員、鳴海悠子
12月24日、警備員、近藤衛恵、内藤武士
12月24日、警備員、内藤武士
3月14日、警備員、近藤衛恵、内藤武士
8月15日、鉄道員、浅田乙松
2月14日、今日も鉄道は、動いている。
〜2月14日 職業人たちのピンナップ〜
鉄道員、宗村高光
宗村高光は、カンテラを手にしてホームに立っていた。
「
1
番線お下がりください、
1
番線に入ります列車はりんかい線直通、各駅停車新木場行きです。」
19
時
19
分発りんかい線直通、各駅停車新木場行きは停止位置に止まり、ドアが開く。乗客に若い男女が多いのは気のせいだろうか。今日は少し前に新木場駅から入った連絡で、遺失物を捜索する。
「列車番号
124-A
、
4
号車か
5
号車のドア近くの網棚に、デパートの紙袋があるんだ、それを探して、託送してもらえないかな?」
鉄道電話での依頼のあとファックスで来た遺失物手配書に目をやり、車内に入りながら放送する。
「業務連絡、
1
番線
4
号車、
5
号車、遺失物捜索!」
「列車番号
124-A
、ドア近くの網棚の上、小さ目のデパートの手提げ袋。」
手配書どおり、遺失物はすぐに見つかった。中身はだいたい、見当がつく。
ホームに下りながら乗車具合を確認し、車掌へ向け、カンテラを向ける。
「業務連絡、遺失発見。お待たせいたしました、
1
番線から各駅停車新木場行き、まもなく発車いたします……、発車オーライ!」
ドアが閉まり、
10
両編成の
205
系は動き出す。宗村は赤いランプが見えなくなるまで見送り、真っ暗の線路へ指をさし、喚呼する。
「……前方、異常なし。」
2
月
14
日、今日も鉄道は、動いている。
12月24日、今日も鉄道は、動いている
〜12月24日、職業人たちのピンナップ〜
宗村高光 東日本旅客鉄道池袋駅埼京線勤務
宗村高光は空を見上げた。
「降るか…?」
シベリアからの寒気団に本州南岸を通過する低気圧という、東京に大雪をもたらす典型的な気圧配置だ、と天気予報はくり返して報じている。
「今日はホワイト・クリスマスになるでしょう…」
彼は外套の襟を立て、思う。
(俺が
鉄道現業
(
ポッポヤ
)
でなきゃ、ホワイトクリスマスだって言っていられるんだけどな…)
とそこへ、
10
両編成の上り新木場行きが入ってきた。降りる客の中にはこれから冬の街に繰り出すカップル、乗る客の中にはおもちゃ屋の包み紙を持った人の姿が目立つ。
「
1
番線各駅停車りんかい線直通新木場駅行き発車します、お荷物お体お引きください〜!」
構内マイク片手に戸締めランプの消灯を確認すると、左手のカンテラを車掌に向け、合図する。
「オーライ!」
最後部車両の赤ランプを見送りながら喚呼する彼の目の前に、白いものが落ちてきた。
「雪だ…!」
雪は定時運行の大敵。関東の雪は湿り気の多いぼたん雪が多い。架線に雪がついて切れ、木が倒れかかったりするうえ、ポイント凍結の恐れもある。すでに列車の合間を見ては保線担当が、ポイントに凍結予防の
灯油ランプ
(
カンテラ
)
を入れているので、線路はクリスマス前夜にふさわしい、幻想的な光景をかもし出している。
いつのまにかやってきた、音松助役が言う。
「今夜は、雪との戦いだな。夜通し列車を走らせて、ポイント凍結と着雪を防ぐらしい。」
「関東では珍しい、除雪列車になりますね。」
「そうなるな。」
「融通の効かない男」には、クリスマスなどという行事は似合わない。宗村は制帽を被りなおし、つぶやく。
「世の中がどう変わったって、俺達はポッポヤだ…」
205
系のヘッドライトが闇を切り裂きながらホームに入ってくる。こんどは下りの川越行きだ。
「
2
番線お下がりください、川越行きが参ります〜!」
庇のゆがんだ国鉄帽にダブルの国鉄外套ではないが、鉄路を守る男は、今日もまた、ホームに立つ。
12月24日、職業人たちのピンナップ
警備員、鳴海悠子
12
月
24
日、関東地方には珍しく雪が降った。
関東地方の雪は、湿り気の多いぼたん雪が多い。鳴海悠子警士補は制帽と外套の肩に雪を積もらせながら、雪だ、ホワイトクリスマスだとはしゃぐ同年代の若者たちの中で立哨していた。
(……今日は、クリスマスイブか……。)
いつもよりカップルが多いのは気のせいだろうか。平安を守る女、鳴海悠子には、普通のカップルが街にくり出すクリスマスも、バレンタインデーも、ホワイトデーも、
365
日中の
1
日。
(この仕事についたからには、覚悟していたけれどね…。)
どこからともなく、
1956
年のイタリア映画、『鉄道員』のサントラが聞こえる。
(あの映画のラストは、クリスマスイブだった。イタリア国鉄の機関士一家が出てくる作品で、まだお互い学生だったころ、ムネさんと見たっけ……。)
駅のほうに、彼女は目線をやる。きっと今ごろ、同じ思いで、黒いウールの外套に、別の色と記章の制服を着て、佐藤乙松の生き方にあこがれる、融通の利かない男は鉄路を守っているのだろう。
時計を見ると、交代まであと
15
分。分厚いウールの外套の襟を立て、鳴海悠子は、冬の街に立つ。平安を守ることを誇りにして。
〜2月14日、職業人たちのピンナップ〜
警備員、鳴海悠子
地下
1
階特設チョコレート売り場の雑踏警備にあたる鳴海悠子警士補は、近藤警曹の言葉を思い出した。
(限定品とか、季節ものに対する反応を、一般向けはもちろん、学問的に研究した人はいるのかな…?)
つかの間の休憩時間、彼女は近藤衛恵警曹に、
「ねえ悠子、なんで限定とか、季節物に心ひかれるのかしらね?」
と聞かれたが、答えられなかった。いわれてみると、消費者の動向云々はともかく、心理学的に限定品や季節ものにひかれる現象を説明したものは、彼女の知識の及ぶ限りでは、見たことがない。
(それをやったら、面白いかもしれないわね。あたしも制服フェチの研究をやっているし……。)
考えつつも彼女は、人ごみを整理する。
「そこ、台車通ります、道をあけてください!」
2
月
14
日、平安を守る女、鳴海悠子は雑踏警備にあたる。
12月24日、職業人たちのピンナップ
警備員、近藤衛恵、内藤武士
「冷えてきたな。」
「そうね。」
駅ビルの警備にあたる近藤衛恵警曹と内藤武士警士部長は、巡回途中の屋上駐車場で冬の空を見上げた。
「ここだと光が強すぎて、星はほとんど見えないわね。」
衛恵が言うと、いつも寡黙で会話らしい会話をしたことがない武士が返す。
「星は見えないが、夜景はどうだ。」
珍しく彼は多弁になり、文学的形容詞を使った。
「まるで星が降ってきたみたいだ。」
目の前にはいつもの夜景に加え、クリスマスのイルミネーションが光っている。作家の村瀬頼子や一千尋ならなにか気の利いた形容詞を使うだろうが、無骨な彼にとって、「星が降ってきたみたいだ」は最大限の表現なのだろう。
今日は
12
月
24
日、クリスマス・イブ。街には恋人たちがくり出しているが、平安を守ることを任務とする警備員の
2
人にとっては、
365
日中の
1
日にしかすぎない。
「あたしたちもおしゃれして、街にくり出したいよね。」
衛恵が言うと、武士は返す。
「俺もそう思うが、任務が許さない。
12
月
24
日はここで、コーヒーで一服つけるだけになるな。飲めよ。」
ウールの分厚い外套のポケットから、武士は缶コーヒーを
2
つ取り出した。いつの間に買っていたのだろうか。
「ありがと、武士。」
2
人はプルトップをあげ、つかの間の制服デートとしゃれこむ。
平安を守ることを使命とする男と女、内藤武士と近藤衛恵。
2
人も生身の人間。たまにはこういう一瞬が、あってもいいかもしれない
。
12月24日、職業人たちのピンナップ
警備員、内藤武士
12
月
24
日、関東地方には珍しく雪が降った。
関東地方の雪は、湿り気の多いぼたん雪が多い。内藤武士警士部長は制帽と外套の肩に雪を積もらせながら、雪だ、ホワイトクリスマスだとはしゃぐ同年代の若者たちの中で立哨していた。
(……今日は、クリスマスイブか……。)
いつもよりカップルが多いのは気のせいだろうか。平安を守る男、内藤武士には、普通のカップルが街にくり出すクリスマスも、バレンタインデーも、ホワイトデーも、
365
日中の
1
日。覚悟はしていたとはいえ、一抹の寂しさはある。
(この仕事についたからには、覚悟していたがな……。いや、硬派で鳴らした俺には、似合わないのかもしれないな。)
制帽を被りなおし、分厚いウールの外套の襟を立て、彼は、冬の街に立つ。クリスマスイブだとはしゃぐ同年代の若者たちの、プレゼントをもらって喜ぶ子供たちのため、平安を守ることを誇りにして。
3月14日、職業人たちのピンナップ
警備員、近藤衛恵、内藤武士
3
月
14
日、関東地方には珍しく雪が降った。
関東地方の雪は、湿り気の多いぼたん雪が多い。近藤衛恵警曹は制帽と外套の肩に雪を積もらせながら、雪だとはしゃぐ同年代の若者たちの中で立哨していた。
(……今日は、ホワイトデーか……。)
いつもよりカップルが多いのは気のせいだろうか。平安を守る女、近藤衛恵には普通のカップルが街にくり出すクリスマスも、バレンタインデーも、ホワイトデーも、
365
日中の
1
日。覚悟はしていたとはいえ、寂しくないかと聞かれて、寂しくないと答えたら、自分の心にそむくことになる。
(この仕事についたからには、覚悟していたけれど、ね……)
「警曹殿、交代です。」
いつのまにか、部下の守村警士がやってきていた。
「そう、あとはお願い。
4
番立哨、異常なし。」
「
5
番立哨、確かに引き継ぎました。」
守衛所で制帽と外套の雪を払っていると、声がした。
「寒かっただろう、俺も今、戻ってきたところだ。ココア、入れといておいたんだ、飲んでくれよ。」
誰かと思えば、無骨な内藤武士がマグカップを差し出してきた。湯気がほかほかあがっている。今さっき入れたようだ。
「今日は、ホワイトデーだしな。こういうことも、あってもいいんじゃないかな?」
「ありがと、武士。」
守衛所には、
2
人以外いない。いつも忙しいから、宝石や指輪より、
2
人っきりでいられる時間が欲しい。
内藤武士と近藤衛恵。平安を守る男と女のしばしの休息。
「昭和20年8月15日、敗戦の日も鉄道は動いていた。」
2004年夏、夏の思い出ピンナップ
浅田音松
浅田音松は、ひさしのゆがんだ、黒ラシャ製、赤帯に金筋
2
本、金色の動輪に桐の花の記章が入った国鉄帽を被りなおした。
構内助役で定年を迎えた彼は、
JR
系の子会社の重役になる話を断り、あえて生まれ故郷にある、廃線寸前の駅の嘱託駅長になった。
国鉄朱色の単行気動車が日に数回往復するだけの駅は、彼と一字違いの駅長、佐藤乙松が出てくる『
鉄道員
(
ぽっぽや
)
』のロケ地候補になったという。いまだに腕木式信号、タブレット閉塞の区間である。
「あの日も、こんな天気だった……。」
音松が子供のころは機関区もあったから、輸送の重点であるこの駅には勤務者がたくさんいた。戦争で男手が足りなくなって採用された、女子現業職員には、「戦地に送った恋人が無事帰るまで、髪を切らない」と願かけし、黒髪を長く伸ばした鳴海連結手、男勝りの怪力の近藤機関助士がいたし、男では、金ぶちのメガネをかけていて、いつもは昼行灯のようだと言われていても、機銃掃射の最中に飛び出していき、機関車を止めたくそ度胸の宗村運輸掛、大陸にいたこともある、熱血漢の高村機関助士たちがいた。
日本が戦争に負けた昭和
20
年
8
月
15
日、音松少年は、平素かわいがってもらっていた駅勤務者に混じり、父親の勤務するこの駅で、終戦の詔勅を聞いた。雑音も多く、おさなかったから放送の内容はわからなかった。しかし、周囲の大人たちの動きで、日本が戦争に負けたということだけは、理解できた。
終戦の詔勅がラジオから流れる最中、汽笛を鳴らしながら機関車がホームに入ってきた。
9600
型が引く上りの貨物列車だ。
ホームには、いつものとおり、内藤機関士と近藤機関助士のペアが、熱田機関士、高村機関助士から乗務を引き継ぎ、宗村運輸掛がタブレットを渡す。
乗務引継ぎを終え、信号が青に変わったのを見て、近藤機関助士が、
「出発、進行!」
と喚呼すると、宗村運輸掛が時計を見ながら手を上げる。
「……発車!」
「発車!」
「発車!」
汽笛を一声鳴らし、ダイヤ通り
9600
型は走りだす。日本が戦争に負けても、鉄道は動いている。
黒煙を吐きながら走っていく蒸気機関車を見ながら、父親が言った。
「……確かに日本は戦争に負けた。だが、今度は俺たちが、俺たち鉄道員が、引っ張って、日本を、立て直すんだ……。お前も、ポッポヤになれよ…。」
……あの日からもう、
60
年近くがたとうとしている。
「親父の言ったとおり、鉄道は、国鉄は、日本を立て直した……。」
制帽の裏についている被服片布には、鉄道省大崎被服工場製、浅田の名前がある。
父親の形見の黒ラシャ製、金色の動輪記章の駅長帽に、詰襟
5
つボタンの制服を着て、今日もまた、浅田音松はホームに立つ。