白昼夢
学部編
〜平家法華経伊勢物語〜


 いつも怪しげな骨董品を持ってくる人を、実藤君がレイヤーズのコス衣装で追い返した話は「社会人編」で紹介したが、その発想は、学生時代のあたしのエピソードが元になっている。

 五月連休突入寸前のある日。高校同期でコスプレ仲間の
Aから電話がかかってきた。
「あ、高美さんか。今度の撮影会でマ・クベのコスプレするから、壺が必要なんだ。でさ、高美さんちは学者の家だから、北宋といかないまでもそれっぽい焼物、なんとか調達できないかなと思ってさ。」
 内心驚いたが、あたしは慌てず騒がず返す。
「まあ、北宋とはいかないまでも、それらしいのはあることはあるわよ。どれぐらい必要なの?」
「そうだねえ…、五つか六つぐらいあるといいかな。」
「わかった。じゃあ撮影会のときに。」

 あたしの先祖は代々学問で主君に仕えた儒者・蘭学者なのは、先刻ご承知のとおり。北宋とはいかないまでも、探せば、明・清・中華民国の景徳鎮や、江戸期の伊万里など、いろいろな窯元で焼かれた、それらしい陶磁器がある。だけどそれをそのまま貸すのではおもしろくないし、万が一の場合に大変なので、あたしは少しいたずらをすることにして、
Aといっしょにする撮影会に出る、レイヤーズ・メンバーに電話した。
「あ、悠子。あたし、高美だけど。あのね……。」

 それから数日後。東京の某スタジオで開かれたコスプレ撮影会で、犬飼高美、鳴海悠子、宗村高光、高村宗光、湯浅昭弘、実藤高明のレイヤーズ・メンバーは、昭和51年式婦警制服、昭和43年式警察官制服の巡査と警部、鉄道公安官で、正式の警察官制服姿と原作版『逮捕しちゃうぞ』の合わせをやり、そのあとそれぞれが用意した、これぞという制服姿で個人と数人のショットを取り、Aたちに場所を譲った。
 Aたちは、初代ガンダムのジオン・連邦側の登場人物で統一しているらしく、件のAは骨董好きのマ・クベ。彼がもっともらしく部下やキシリアをしたがえ、棚に並んだ骨董品というより民具に近い陶磁器を前にして、もっともらしく口からでまかせを言う姿を見て、あたしたちは笑い出したいのをこらえていたが、ついに作業服姿の国鉄機関士に扮した高村が吹きだした。
「何で笑うんだよ!?」
「だってさあ…」
 高村が、代表して言ってくれた。
「お前さんがマ・クベに扮して、もっともらしい格好で北宋の壷に見立てているのは、俺んちじゃあ硫酸入れていたんだぜ。」
「なんだって!?」


硫酸などを運ぶ甕。クリックすると拡大されます

 茶色の二リットルほど入りそうな甕を指さすマ・クベ
A。しかしその甕は、硫酸を入れていたものだったとは…。
 高村は、笑いをこらえて続ける。
「なんたって俺んちは、高度経済成長を支えた町工場だからね。こんな甕や壷は、ごろごろしているぞ。今みたいにステンレスやポリエチレンの容器が出回る前は、硫酸や塩酸、水酸化ナトリウムといった強酸性、強アルカリ性の液体は、陶器の甕や壷に入れて運んでいたんだ。ドラム缶や一斗缶じゃあ、さびちまうから。それに、プラスチック製だといっても安心はできないぜ。強酸性、強アルカリ性の薬品は、ペットボトルぐらいなら簡単に溶かすから。」
 高村が持ってきたのは、茶色の一升入る甕。ステンレスタンクやポリタンクが出回るまでは、彼が言うとおりの用途に使われていたもので、反対側には「○○化成 硫酸 純度
99パーセント」と書いたラベルがついている。
「そのとなりの、灰色の皿は…?」
 アニメ版『逮捕しちゃうぞ』の東海林将二に扮した、実藤が次ぐ。
「須恵器と土師器だよ。もっとも展示や教材に使うレプリカだけどさ。」
 須恵器と土師器は、弥生土器の進歩した素焼きの陶器。学校で実際に触って授業に使う教材として使うのを持ってきてくれたのだ。
「じゃあ、目の前の白い甕は…?」
 国鉄の三つボタン背広型制服姿の宗村が次ぐ。
「ああ、これはみそを入れているんだ。瀬戸焼だよ。高村あたりが碍子を持ってくるかと思ったけど、あれはファインセラミックスとはいえ、陶磁器とはいえないからねえ……。」
 白のうわぐすりのかかった甕は、宗村家代々で使われた、みそ入れ。今はパックの1キログラムのものを入れているが、十数年前までは、酒屋ではかり買いをしていたという。
 マは、返す。
「瀬戸焼のみそ入れ…!ということは、この茶色の壷は…」
 後ろのキシリアやその他部下なども、顔を見合わせたり、笑ったり。
 明治19年式軍服の大佐に扮した湯浅の御大が、ひげをなぜてから、鹿児島弁で返す。
「こん甕は、焼酎ば入れるもんでごわす。伊万里焼と聞いちょりもす。おいどんの故郷くにでは、焼酎の蔵本には山のように積んでおりもす。」
 湯浅の御大は着ている軍服が軍服だけに、大山巌のような説得力がある。
彼の故郷は九州。イモ焼酎の本場。茶色の甕は、焼酎を入れるためのもので、高村のとは少し違う。彼が平素愛飲しているイモ焼酎をいつも入れているとか。
「…ということは、もう一つの白い甕は…?」
 Aが言うと、アニメ版『逮捕しちゃうぞ』の小早川美幸に扮した悠子はくすりと笑い、返す。
「あの甕は、うちで梅干つけるのに使うのよ。ちょうど食べきったから、洗ってあったのを持ってきたんだ。」
Aは、苦笑して返す。
「なんだ、みんな古民具か。だけど、高美さんの「平家法華経伊勢物語」は、本物だろう…?」
「あれは、宋代のものとは断定できないけど、白磁よ。」
「平家一門の誰かが、持っていたのかい?」
 あたしは言う。
「近世初期の1600年代に、うちに借金の担保として預けられたものでね。折り紙によると、元の持ち主の家が平屋なので、たいから「平家」。で、八貫文で買ったもので、法華経も八巻だから、「法華経」。で、伊勢で作られたで、元の持ち主の家は建てつけが悪くて、近くを歩くたび蓋がかたりかたり音を立てるから、「伊勢物語」と名前をつけたとあるの。なかなか洒落が利いていて、おもしろいでしょう…?他にも、なりたいから「業平」、窯元は伊勢物で、騙りに遭ったから「伊勢物語」。だまされたのが癪に障って、腹を張りたいと思ったから、光明真言の「ハラハリタヤ」にひっかけて「業平伊勢物語光明真言」という壷や、古今万の茶めて入れるから「古今万葉集」という茶壷もあるけど。」
「なんだよ高美さん、みんな偽物じゃあないか。」
 
Aが言ったので、あたしは続ける。
「あら、偽物とはお言葉ね。骨董品で今に伝わっているものの中には、庶民が日常生活で使っていたものだったなんてのも、山ほどある。それに、結構怪しいものが混じっているのよ。素人に近いころのマも、偽物をつかまされたり、かたりに遭って、地団太踏んで悔しがることも、あったんじゃあないの?」
 湯浅の御大が次ぐ。
「沖縄の泡盛の甕も持ってきたほうが、よかったかい?」
 高村が引き取る。
「あんな壷でよければ、トラック1台分持ってくぜ。」
「なまじっかな予備知識があると、騙りにあう……ありそうな話よね〜。」
 悠子が言うと、
Aマは返す。
「確かに、あっておかしくはない話だよな〜」
 宗村が次ぐ。
「戦時中の陶製代用品もあの時代だったら、そこそこいい値段になるんじゃないか?」
 キシリアが引き取る。
「ありえそうよねえ…。」

その次からのショットは、以下のとおり。
「偽物をつかまされたと知り、地団太踏んで悔しがるマ・クベ」
「それを見て、笑ってよいやら対応に困るキシリア」
「詐欺師の逮捕方を厳命するマ・クベ」
「目利きに鑑定を依頼するマ・クベ」

 骨董品のジャンルには、古民具という日常生活に使ったものもある。大学院、社会人となるにつれレイヤーズのメンバーは増えたから、今だったら、今戸焼きの狸、植木ばち、土管、ユキヒラ鍋、焙烙、お稲荷さんの白狐、沖縄のシーサー、碍子や太平洋戦争期の陶製湯たんぽなどを持って来かねないな〜。
 いや、意外と古民具の類を前にしているマとキシリアも、おもしろいかも。