白昼夢
大学院編
〜ある日のお台場デート〜
あたしたちだって、普通の男女。デートだってする。今回は定番のお台場にした。お台場から少し行ったビッグサイトはしょっちゅう行くけど、お台場へ行ったことはないから。
春の日うららかなある週末。東京テレポート駅で待ち合わせをしていると、ムネさんは定刻きっちりにやってきた。三つボタンの背広型上着だが、胸ポケットが二つあるうえ、紺色のネクタイをしている。
「定刻どおりについた?」
あたしがからかうと、ムネさんは、ポケットから鉄道時計を出して返す。
「きっちり定時だね。」
「今日は、何を着てきたの?」
「国鉄の運転士の制服だよ。ボタンはつけかえてあるけどさ。」
「ふ〜ん…。」
かく言うあたしは、春物のシャツに、紺色ジャケット風の上着、それに、同じ色のタイトスカート。二人とも仕事あけに落ちあった…という雰囲気だろうか。
みちみち、恋人らしい二人連れや家族連れ、お国なまりで歩くおのぼりさんや、ツアーらしい外国人にもすれ違う。
今日行くのは、船の科学館。ムネさんが将来行きたいと言っている、交通博物館の船版…と言っていいところで、青函連絡船羊蹄丸や南極観測船宗谷も保存してある。
本館は、丸木舟やアシ舟から、木造帆船をへて鋼鉄船へ…といった船の歴史や、ブロック造船といった船をつくる過程や、港の機能の紹介を模型や実物などでする。中を見ると親子連れなどで込んでいるので、空いているし、天気もよいので青函連絡船羊蹄丸から見学することにした。
羊蹄丸は、あたしがここで解説する必要がないほど有名な、青函連絡船のうちの一隻。現在は船の科学館が寄贈を受け、浮ぶ博物館になっている。
デッキには最後の船長や機関長、航海長などのクルーが、博物館ボランティアとして解説にあたっている。
車両甲板は改装されて、昭和30年代の青森駅と桟橋を再現している。最近の昭和30年代を模したアミューズメント施設の走り…ではない。青函・宇高の国鉄航路華やかなりしころは、いや、鉄道が輸送の中心だったのは、昭和30年代だからだ。
「溶け込めそうね。」
あたしが言うと、ムネさんは笑って返した。
「さ、青森桟橋についたぞ。」
青森桟橋は、当時の服を着た1/1の人形があり、青森なまりで会話をしているテープが流れる仕掛けになっていて、キオスクの「東奥日報」、「北海道新聞」は昭和30年12月15日付になっている。
池袋やお台場の昭和30年代のセットは単に遊ぶためのものだが、ここは勉強の施設の一面もある。
待合室のストーブの前で、「もっと焚いてくれ」という、若い日の石原裕次郎か小林明を意識した着こなしのアンちゃんと、銀シャリのおにぎりを三つぱくつく丸々太った妊婦、国鉄の菜っ葉服姿で、石炭をくべる桟橋員を見て、ムネさんがくすっと笑った。
「テープのセリフは二人とも関係ないようだけど、目線からすると「行方不明になったあいつが、婿さん連れて帰って来たべや!」なんて北海道の家族が腰を抜かす絵が、浮んでくるよ。」
「そんな感じね。」
担ぎ屋の親子と、それを見送る構内警戒の老巡査を見て、あたしが、
「詰襟制服時代も、経験した人かしら?」
というと、ムネさんは次ぐ。
「おや、昭和30年では、この階級章は間違いだ。外套にはつけなかったんだ。」
「あ、ほんとだ。」

山型が昭和30年時点で使われたもの。銀板に旭日章一つは昭和30年代後半〜40年代前半に使用
防犯パトロールで警察官制服を着るし、あたしも官庁系レイヤーだから、制服の予備知識はある。それに、制服フェチを研究するのがあたしの課題。
「昭和30年だと襟に階級章はつかないし、32年式は、銀色台地に旭日章がべたづけになっているんだ。」
襟の階級章は、あたしがよくコスする昭和51年式婦警制服と同じだ。たしか昭和30年は…、巡査・巡査部長の階級章は逆V字型で、袖につく。
だけど、同時代を生きたであろう人たちも、べつに警察官制服のミスには気づかず、担ぎ屋親子と老巡査のやりとりを話題に通り過ぎていくから、あたしが、
「同時代を生きた人だって、警察官経験者でもない限り、制服のミスはずぶの素人にはわからないわよね。」
と言うと、ムネさんは次ぐ。
「僕らが予備知識を蓄えすぎているのもあるし、展示するうえでのやむをえないフィクションの可能性もある。本来なら鉄道敷地内は鉄道公安官が警戒するけど、昭和30年ではダブルボタンの制服なので、連絡船職員に紛らわしいし、本来なら外套の前をあけることはできないけど、それをやったら、素人目には警察官か鉄道員かわからないようにね。」
確かにそうだ。あたしの勤務する東都保安警備でも、勤務中上着のボタンをあけるのは、禁止されている。だけど、オーバーの前を閉じてしまったら、警察官か鉄道員かは、素人目にはわからない。展示するうえでの、やむをえないフィクションかもしれない。
ムネさんは、学芸員らしい人が、青函連絡船と同時代を生きたおのぼりさんの昔話を聞いている隙をつき、外套をまくった。
「おっ、外套は当時のものだし、拳銃と警棒は、外套に隠れて見えないけど、しっかり装備しているよ。」
制服の腰ポケットは、あまりいいことではないが、こっそりさわってみると飾りフラップだけだから、昭和27年式だろう。右腰には撃鉄を切断し、回転胴も溶接で固定してはいるが、回転式拳銃を腰のオープンホルスターにつけ、左腰には警棒を吊っている。さすがに拳銃の型番はわからない。あとで現役警察官の宗村夏実さんや、同僚の森川あずさに聞くと、米軍払い下げのスミス・アンド・ウエッソンM1917あたりかな?と言っていた。
階級章以外は、単に平成6年のモデルチェンジで廃止になった、昭和43年式を転用したわけではなさそうだ。力が入っている。
ムネさんはテープのやり取りを書き取ろうと、出改札口でレポート用紙をのべ、耳を済ませているところへ親子連れがやってきたが、あたしたちとおなじく、人形のリアルさに驚いている。
「今にも動き出しそうね、ほら、この人形なんか…」
「…、わたしは本物です!」
なんと、お母さんが引っ張ったのは、ムネさんの上着の裾。胸ポケットが二つある上着に紺色ネクタイ、さらに制帽に似たデザインの帽子だから、制服に見えなくもないし、溶け込んでいるから。正直な話、あたしも人形なのか、本物なのか、わからなくなるときがある。それに、船の科学館の職員も、金ボタンで袖章のある、高級船員を模したデザインの制服だから…。
函館まで行きたいが、船はいつ出るか尋ねる子連れの若妻と、連絡船乗務員のやりとりでは、傍らにいるかつぎ屋のおばちゃんが、「おいしそうだねえ、その飴。おばちゃんにもちょうだい」というと、子供があどけなく返す。
「列車が遅延しているから、出航時刻を遅らせる」という運行指令の指示を伝える桟橋助役と、「これ以上遅らせるわけにはいかん」と返す一等航海士のやり取りを聞いて、ムネさんは苦笑する。わかるのだろう、双方の苦悩が。
そこへ、先ほどの家族連れがやってきたので、ムネさんは解説する。
「青函連絡船はドラマチックで、恋人同士の別れなどで歌や絵にはなります。しかし、鉄道現場側としては、不便なところがいっぱいあります。蒸気タービン時代は海が荒れると遅れてしまい、内地や北海道の汽車に乗り継げなくなります。何とか遅延を回復しようにも、海だから、陸のようにはいきません。それに、ディーゼル化されて遅延しなくなっても、時化の津軽海峡ではほぼ百パーセント、船酔いになりますからね。」
婦警制服マニアには活動服にズボンの評判は悪いが、実際に着る立場では、動きやすいし、冬の外勤も楽になったという、絵になるのと現場は違うことを思い出した。
出口近くに、担ぎ屋のお母さんたちが背負った、40、60、80キログラムの米の包みがあり、
昭和30年代、担ぎ屋のお母さんたちが家族の生活を支えるため、実際に背負った闇米の包みです。あなたは持つことができますか
という掲示があった。あたしも持ってみたが、一回おろしたら、持ち上がらない。衛恵さんや夏実さんなら、持てるだろうけど。
とそこへ、さっきのおのぼりさんらしいおばさんがやってきて、お国なまり交じりでいった。
「あたしも担ぎ屋やったことがあるから、背負い方を知ってるよ。みんな素人だったんだ、初めは。急に担げといったって、できるわけないし。知り合いのおばさんなどから、背負い方を教えてもらうんよ。」
「なるほど。」
おばさんは続ける。
「担ぎ屋は、乗るのは一番最後、降りるのも最後。一般のお客さんに譲ってね。暗黙のルールってのがあったんよ。ああいうふうに立ち番している巡査さんも、見逃してくれるときもあった。「わは後ろに目持だね、後ろさ向いでるうぢに早く行げ」ってね…。」
「貴重な話が、聞けたわね。」
あたしが言うと、ムネさんは次ぐ。
「早いうちに記録しておかないと、大変なことになる……。」
青函・宇高の航路がなくなってから、20年近くなる。乗り組んでいたクルーは定年で去り、行商に転身した担ぎ屋のおばちゃんも、おばあさんになり、引退している。高美先輩も言っていたが、生き証人の話を聞くのは、タイムリミットが近いのかもしれない。
ついで、南極観測船の宗谷へ。
宗谷は、元はソ連船籍で、民間船舶から海軍の特務艦艇、海上保安庁の灯台補給船を経て、南極観測船として「ふじ」ができるまでの代役を務め、最後は北方警備の艦艇になっている。
「『喜びも悲しみも幾歳月』の転勤シーンで灯台補給船が出るけれど、海務院時代の羅州丸の代役も宗谷がやっているのかもね。」
あたしが言うと、ムネさんは返す。
「その可能性大だね。機会があったら、有沢四郎とキヨ子で、詰襟制服姿で撮ってもらうかい?」
とそこへ、船長風の制服姿の初老の男性がやってきた。胸の名札はボランティアの解説者だ。
「『喜びも悲しみも幾歳月』をこの年で知っているとは、映画にくわしいようですね?」
「いやあ、海上保安官を目指そうかと考えた時期がありまして…。」
なんであたしが『喜びも悲しみも幾歳月』なんて古い映画を知っているかですって…?それは、ムネさんと二人して、名画座で見たから。
解説ボランティアさんは、次ぐ。
「あの映画の中で数回ある転勤シーンでは、ちらりとですが、灯台職員の転勤と物資補給、離島や岬など不便なところに住まなくてはならない職員の精神的・物質的慰安をかねて運行されていた灯台補給船が出てきます。宗谷もやっています。」
ムネさんがひきとる。
「逓信省灯台局・海務院灯台局時代の羅州丸も、日露戦争で拿捕されたロシアの船だったとか。たしか、あの旅順港閉塞に灯台補給船が持っていかれたので、そのかわりに譲ってもらったんでしたよね。」
「よくご存知ですねえ…。あたしも航路標識関係ではないですが、海上保安官でしてね。巡視艇や巡視船にも乗りました。宇高連絡船紫雲丸が沈んだときは、小学生でしてね、修学旅行で帰りにあの船に乗る予定だったんですが、枕投げを宿でやって、先生までエキサイトして寝過ごしたから助かりましてね……。それが、わたしが海上保安官になる決心をした事件でした。あのときの枕投げは、わたしが投げだしっぺでしてね。命の恩人にお礼の一言、ほしいぐらいですよ……。」
「ほんとですか!」
「ええ。」
…ここであたしたちは、青函連絡船洞爺丸を初めとした、洞爺丸台風による青函連絡船5隻の沈没についで語り継がれる国鉄航路の悲劇、多数の修学旅行生が犠牲になった、宇高連絡船紫雲丸事故をきっかけにして海上保安官への道を歩んだ、ある男の話を聞いた。あたしの職場は、定年退職や途中失職で失業した人々の話を聞き、適切な助言をするときがある。そのとき、どういうふうに話を聞けばよいか、実地で訓練…というとおおげさだが…することができた。
込んでいたので後回しにした本館の模型を見て、ムネさんが言った。
「なんで軍用船のスケールが1/700なのか、よくわかるよ。」
羊蹄丸で見た青函連絡船と桟橋、可動橋の情景は、鉄道模型では大きいほうに入る1/80のHOスケールだったが、畳1畳は軽く占領するサイズだし、ここの模型は1/50。確か…。高村君が言っていたが、往年の名作戦闘機のスケールは1/48だというから、同じ縮尺で艦上機を満載した空母を作ったら、船の科学館などに寄付するならともかく、一般家庭では置き場に困る。ムネさんの趣味が嵩じたら、どうなるか……。なんて、くだらないことを一瞬、心配してしまった。
「船を作る」という建造過程を紹介するコーナーでは、ムネさんは、目を輝かせていた。彼は学問の世界へ進んだが、一族みんな溶接の火花と切子、鉄粉とリベッターの騒音の世界に生きているし、それを、誇りにしているから。
展示に日本鋼管がかかわっているので、あたしが、
「湯浅の御大の、勤務先ね。」
というと、ムネさんが次ぐ。
「新潟鉄工もあるぞ。あそこ、左前になっちまったんだけどな。名前は、今も生きているのか……。」
ムネさんの話を聞いているだけではつまらない。港の機能を紹介するコーナーで、あたしが、
「ねえムネさん、ワッチマン業って知ってる?」
というと、ムネさんは苦笑して返す。
「いや、知らないね。なにをするんだい?」
「陸の警備業とはちょっと違った世界で、港の荷物の積み下ろしや、乗客の乗り降りのときに、密航や荷物をちょろまかす奴が出ないように、港を警備するのが、ワッチマンなんだ。あたしのところも近いうちに参入するって言っていたわよ。」
「なるほど…。」
倉庫の盗難予防と港湾地帯への不審者侵入を予防するのは陸の警備業と同じだが、荷役作業では火災と荷物の盗難を警戒、事故を予防し、客船の上下船のときは、密航者などが入らないようにする任務が加わる。
見学を終えて出たら午後5時すぎ。小腹が空いたので、近くの商業施設にある、ウエイトレス制服で有名な、アンミラことアンナミラーズへ足を伸ばしてみた。時間が時間なので、待たされるかと思ったが、すぐに座れた。
胸を強調した詰襟ブラウスにミニスカートの制服は、昭和48・1973年から一回もモデルチェンジをしていない。その間、警察官の男性用は平成6・1994年、女性用は昭和51・1976年と平成6年、鉄道は、東日本管内では、国鉄からJRになった昭和62・1987年と、平成14・2002年の2回モデルチェンジをしているから、あたしが、
「鉄道は、国鉄からJRになったのを入れて2回、警察官は、男性用が1回、女性用は2回モデルチェンジをしているわよね。」
と言うと、ムネさんは返す。
「ここの売りでもあるからね、あのデザインは。まかり間違ってもモデルチェンジはないんじゃないか。ブラウスやポケットのデザインといったマイナーチェンジはあってもさ。」
もしアンミラが、最近多くなったズボン式制服にしたら、どうなるだろうか。制服目当ての客は減るだろうが、迷惑な客はこなくなるから、落ち着いて食べることはできそうだ。実現したらいやだけど。
「そういえばさ、アンナミラーズの親会社は井村屋なんだよね。」
あたしが言うと、ムネさんは返す。
「ウーロン茶がメニューにあったから、ようかんかあんまんでも持ち込むかい?変な顔をされるのがオチだろうけど。」
アンナミラーズは制服でも有名だから、「制服萌え」という困った連中も来て、騒がしくなったり、カタギの客に迷惑をかけるのもいる。うわさでは、アルバイトの研修で迷惑な客の撃退法を学ぶとか。
「そういえばムネさん、いつだったかゲームのキャラがアンミラ店内で大暴れするなんて話、書いたわね。」
あたしが言うと、ムネさんは苦笑して返す。
「ああ、『同人的空想』と『頑固一徹、職人気質』だったっけ。あれでは武内優香を大暴れさせたけど、飲んだり食べたりするところじゃ、平和的にやらなきゃ…。」
「高村君が、「周りのことも、考えてくれませんか」と一言ぼそりといったら、効き目がありそうだね。」
「あいつだったら、説得力あるから。」
「内藤さんや近藤さんがうちの制服姿で、「新たな制服の世界を、開眼させてやろうか」と言うのもだけどね。」
「警察官制服や警備服かい?」
とそこへ、コーヒーのお代わりを持ってきたウエイトレスの彼女が、ムネさんを見て、
「何かの制服ですか?」
と聞いてきたので、ムネさんは返す。
「そうです。国鉄の機関士制服のボタンをつけかえています。」
「制服に、詳しそうですね。」
「え、ええまあ……。」
「お二人のようならまだいいのですけどね、ここは少し行ったところにビッグサイトがあるから、ときどき変な客が来るんですよ……。」
「なるほど…。」
「変な客」のいるところにあたしたちも行くから、思わず苦笑する。
「ところでさ、アルバイトの研修で、迷惑な客の対処方法を学ぶって聞いたんだけど、本当…?」
「それは……。」
お代わりのコーヒーを注ぐ合間合間に、ウエイトレスの彼女から「制服萌え」の困った連中とのやりとりなどを聞いた。
「…そうなんだ。」
「貴重な話を聞かせていただきました。」
「いえいえ〜。」
ふと気がつけば、日も暮れて7時を回っている。お互い明日は勤務なので、まさに後ろ髪引かれる思いで、帰ってきた。もう少しいたかったのだけど。
今日はいろいろなところで、貴重な話を聞くことができた。ウエイトレスの彼女、担ぎ屋経験者のおばちゃん、海上保安官のOB…。
あたしたちだって、木や石でできた存在ではない。ごく普通の男女。
さて、次はどこへ行こうかしら…。