白昼夢
大学院編
〜レイヤーズの「見せ場」〜
歴代の警察官制服を生かし、各種コスプレイベントの警備に出動する、コスプレ集団・レイヤーズ。今日は、江戸時代から昭和30年代までの建物を集めた民家園で開かれたコスプレイベントの警備に出動中だ。
出動中のメンバーの「見せ場」を切り取ったのが、今回の話。
警備出動の際、開場前に行う、勤務者が必要な装備を持っているか、異常はないか確かめる通常点検を、来場者が多くなった昼過ぎに、イベント的にもう一回やってほしいと主催者に頼まれたので、レイヤーズのみんなに話したところ、
「面白いですね、やりましょう。」
と満場一致でOKしてくれたので、行うことになった。
場所は、村役場だった建物の前。昭和40年代後半から50年代にかけて、警察署の統廃合や建物の老朽化、無線設備の配備や、留置場の待遇改善など装備設備の近代化で新築・改築されるまでは、地方の警察署も似たようなデザインが多かったから、違和感はない。
今回出動しているメンバーは、制服姿が建物園の移築建物に合うよう配慮している。守村は、詰襟佩刀装備、肩章で階級を識別する昭和10年式制服、高村は開襟式、帯革で装備を吊る昭和21年式で、拳銃も米軍移管のスミス・アンド・ウエッソンM1917やコルト・ガバメントなどが来るまでの間使われた、旧軍の26年式を持っている。宗村は、出演もする曽根史郎が歌った同名主題歌でも有名な、上野駅とアメヤ横丁、上野公園が近い坂下交番での人間模様を描く、『若いお巡りさん』で出てくる、4つボタンで腰ポケットは飾りの、昭和27年式。実藤と大滝は、高度経済成長の昭和30年代に使われた、昭和32年式制服。デザインは昭和43年式とさほど変わらないので、よほど気をつけないと、見分けられない。ボタンの数が3つで、階級章と袖章のデザインが変わる以外は、ほとんど変化がない。熱川・清水・園田は、「昭和のあの日のお巡りさん」で、昭和43年式。
左より、昭和10年式制服の守村、昭和21年式制服の高村、27年式制服の宗村
昭和32年式制服の清水(左)と43年式制服の熱川(右)、交通課の着装の園田
昭和51年式婦人警察官制服姿の宗村夏実(右)と鳴海悠子(左)
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熱川は、雑踏整理の応援出動の機動隊で、襟には階級章に加え、『逮捕しちゃうぞ』の墨東署と『こちら亀有公園駅前派出所』を所轄する亀有署が入る、第7方面機動隊の記章をつけている。清水は一般的な警ら課の交番勤務者の着装で、園田は白い帯革にGI型ヘルメット、白脚絆を装備して、左腕には交通腕章を巻く、交通取締り中の交通課と、着装を変えている。
女性陣は、マニアの間ではいまだに根強い人気を誇る、「ド・ゴール帽」のニックネームのある制帽に、4つボタンアウトポケットの上着、中央にボックスプリーツの入るスカートの、昭和51年式制服に統一した。今日来ているのは、あたしの後輩の鳴海悠子。教官の現役警察官、宗村夏実。「狙撃の女神」、クレー射撃の名手で本業は警備員の森川あずさ。それに、大学の後輩の、「似てない双子」、柔道の守谷ジュン、剣道の守谷衛子の「怪力格闘姉妹」守谷シスターズと、特撮物にはちょっとうるさい、長井美幸。
全員が整列したところで、私服刑事役で、レイヤーズの副長、湯浅の御大こと湯浅昭弘が、やってきた。
「全員、揃いました。」
「これより、日常点検を開始する。」
あたしが言うと、湯浅の御大が号令をかける。
「気をつけー。」
全員、気をつけの姿勢になる。
「手帳。」
男性陣は上着の左胸ポケット、女性陣は上着の左腰ポケットから、レイヤーズの身分証を兼ねた、黒革表紙B7版鉛筆つきの手帳を取り出し、顔写真つきの身分証の部分を開き、不動の姿勢をとる。
それを見て回る点検官役は、会長のあたしだ。
全員の手帳を見て回り、あたしが元の位置に戻ると、湯浅の御大が次ぐ。
「収め。手錠装備者は一歩前へ。」
手錠を装備した者が、一歩前に出る。
「手錠。」
男性陣は腰の手錠嚢から、女性陣は左肩にかけたショルダーバッグから、銀色に光る手錠を取り出す。あたしと湯浅の御大が、手錠を持っている面々の間を回り、異常の有無を確かめる。
「収め。手錠装備者は元の位置へ。捕縄装備者は一歩前へ。」
警察官が手錠を装備するのは、昭和20年代後半から。それ以前は捕縄を装備していた。よって、高村と守村は、捕縄だ。
「捕縄!」
ズボンの右前ポケットから、麻でできた捕縄を取り出す。
「解縄。」
いざというときにすぐ使えるよう、独特の結び方をしている捕縄は、ぱっと解いて一本の縄にして、すばやく元に戻せるようにならなくてはならない。無論、それができるようになるには、練習が必要だ。これは、江戸十手術保存会で捕縄での縛り方も教わったから、わかるし、あたしもできる。
一本の縄になった捕縄を、湯浅の御大の号令で元に戻す。
「収め。」
他のコスプレイヤーやカメラマン、一般の見学者が集まってきた。
(警察レイヤーのレイヤーズの見せ場は、これからよ。)
「収め。警笛!」
女性陣は警笛モール、拳銃装備の男性陣は銀色の鎖に繋いだ警笛を取り出す。ほとんどは白いプラスチック製だが、守村、高村、宗村は時代に合わせ、銀色金属製だ。
鎖で繋いで、クリップで右前胸ポケットに留めている者もいる。これは、腰ポケットが飾りフラップだった、一世代前の男性用警察官制服の一般的な着装。
交通課の園田は銀色金属の鎖で繋ぎ、帯革にはさんでいる。これは、勤務の関係で警笛を吹く機会が多いからだ。
「発声。」
各人、短く一回、ピッと吹く。
「収め。」
いよいよ、一番絵になる「拳銃」に移る。
「拳銃装備者は一歩前へ。」
拳銃装備の男性陣と森川が、一歩前に出る。
「拳銃を出せ。」
高村は旧軍の26年式、宗村はアメリカから貸与されたコルト・オフィシャルポリス、同じく大滝はコルト・ガバメント、実藤は鉄道公安官も使ったコルトM36、森川はコルト・ディテクディブ、他の面々はニューナンブの3インチモデル、2インチモデルを、拳銃嚢から取り出し、銃口を空に向け、引き金には手をかけず、構える。
警察用拳銃として、しかも制服警察官がコルト・ガバメントを持っていたことを知っているのは、よほどのマニアだ。ざわめく声がする。
「ガバメント、もっているぜ。」
「警察用に使われていたのか…?」
「弾倉を外せ。」
自動式は弾倉を、回転式は輪胴を銃本体からそれぞれはずし、弾を出す。
この間、拳銃に異常がないか確かめるのが、点検官であるあたしの役目。
「弾倉をはめ。」
自動式は弾倉を戻し、回転式は輪胴をつける。
「収め。」。
拳銃嚢に戻す。
この瞬間、絵になるのかカメラのシャッターを切るものが多い。
絵になるだろう。歴代の警察官制服が揃い、警察用として使われた拳銃のほとんどがあるのだから。今回あたしと湯浅の御大は点検官と指揮官だが、あたしは私服刑事や婦人警察官が持つことが多い、ワルサーPPK、湯浅の御大はサーベル装備時代から使われていた、コルト・ブローニングのFN1910を持っている。
「拳銃装備者は元の位置へ。特殊警棒装備者は、一歩前へ。」
今度は特殊警棒を装備する、女性陣のための号令。平成6年からは全警察官が十手を思わせる、つばのついた特殊警棒を装備することになったが、婦人警察官はもちろん、白バイ隊や自動車警ら隊、国鉄の民営化で鉄道公安官から業務を引き継いだ鉄道警察隊といった、60センチの木製警棒ではじゃまになる部門では、昭和50年代から、つばのつかない、現在の警備員が使えるタイプを装備している。
「警棒!」
ショルダーバッグから取り出し、左手に乗せる。
「伸ばせ」
特殊警棒を伸ばす。
「収め」
ハンドバッグに戻す。
これで、制服の知識のない者は帰ろうとするが、もう一回見せ場がある。
(まだまだ。もう一回見せ場があるんだからね。)
「佩刀装備者は一歩前へ。」
それまでずっと立っていた守村が、一歩前に出る。
「抜けー、刀!」
湯浅の御大の号令で、守村は鯉口を緩め、さっとサーベル風こしらえの日本刀を抜き、刀を持った右手を、腰骨の前で止める。
刀は模造刀だが、刀身に異常がないか、確かめる。もちろん、毎日手入れしているから、曇り一つない。
「収めー、刀!」
刀を鞘に戻す。
これで、通常点検の総てが終わる。
「通常点検終了。犬飼点検官殿に対し、敬礼!」
湯浅の御大は私服刑事なので、普通のお辞儀だが、他のメンバーは制服制帽なので、びしりと敬礼で決める。
あたしは、答礼する。これも、制服の階級章、警視に負けないよう、日々練習を重ねているのだ。
敬礼は、素人と訓練を受けたものでは、動作に差が出る。軍装系レイヤー、運輸通信系、官公庁系レイヤーは、制服姿を意識して練習するので絵になるが、ゲームやアニメで、警察官や軍人という設定のキャラに扮していたり、安物の仮装用品の「婦人警察官」に扮している場合は、左手で敬礼するような、言語道断の行動を取るものもいる。
それに…、軍装、運輸通信、官公庁系レイヤーは、実は本職だったり、類縁職業についていることもある。レイヤーズのメンバーが、いい例だ。
「各人、勤務につくよう。解散。」
あたしのセリフで、点検は終了。解散となる。
あっちこっちで、ざわざわ、ざわざわ。顔なじみの軍装、官庁系レイヤーと、レイヤーズの面々が話している。
顔なじみのレイヤーが、話しかけてきた。
「いやあ、絵になっていますね。機会があったら日系二世の婦人部隊員か自衛隊のコスでお願いしますよ。」
「ありがとうございます。機会があったら、やってみたいですね。」
この人も同好の士。レイヤーズとは別サークルだが、詰襟式だった昭和10年式警察官制服のコスをよくしている。あたしは警視だったが、彼は警視はおろか、それ以上で現在の警察本部長に相当する警察部長や、警視総監に扮したりもする。当時の警察部長は、内務省の大卒高等文官試験合格組が、数か月か2年程度、腰掛的に勤務する部門だったから、20代後半〜30代でも、違和感がない。さすがに警視総監はそれなりの年齢に達しなければなれないが。
点検を実演するのは、注目されて、どきどきする。注目されてなんぼのレイヤーじゃあないかと言われてしまいそうだが、制服姿が絵になっているか。違和感はないか。階級に負けない着こなしかなど、気になる点は、一杯ある。
次回も、犬飼高美警視といわれて違和感がないよう、演技に磨きをかけなければ。