白昼夢大学院編ある日のレイヤーズ〜江戸東京たてもの園、展示解説ボランティア

白昼夢
大学院編
ある日のレイヤーズ

〜江戸東京たてもの園、警備ボランティアに出動中〜


 コスプレ集団・レイヤーズは、日々の勤務の合間を縫って、江戸から昭和にかけて作られた建物を集めた、江戸東京たてもの園で、当時の警察官制服姿で園内の警備と展示解説にあたっている。
 今日は、高村宗光、宗村高光、守村義衛の「他人の空似」トリオが当番の日。


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 詰所を兼ねる万世橋交番で、園内の警らに守村が出発しようとしたのを見た高村が言う。
 「『多甚古村』の甲田巡査だな。」
 「まさに、そのころの制服じゃ。」
 今日の高宗守トリオの制服は、全員同じ…ではない。
 高村は、明治
41年制定のもの。現在の学生服と同じ詰襟式だが、巡査・巡査部長と警部補以上では制服のデザインに差があった。警部補以上は現在の学生服と同じ、左胸ポケットと左右の腰ポケットだが、巡査・巡査部長は胸ポケットが左右にあり、腰ポケットにはフラップがない。これだけならまだいいが、制帽の帽章はプレス金属製、肩章も略肩章は赤線だけ。大正から昭和初期にかけて、人々の生活水準が上がると、「服制が粗末だ」と巡査・巡査部長を中心に不満の声が上がり、当時の警察官・消防官の機関紙「警察協会雑誌」には、モデルチェンジのうわさが出ると、「肩章の赤線は廃止すべきだ」。「夏服は汚れが目立つ白をやめてカーキにすべきだ」、「拳銃を使った犯罪が多発するのに、警察官の武装が刀では対抗できない。拳銃装備にすべきだ」など、続々現場に出る巡査からの投書が寄せられるし、一般市民からも「巡査の帽章がプレス製ではお粗末だ」という投書が来たほどだ。
 守村は、まさに「激動の昭和」。昭和
10年制定で、それまでの巡査・巡査部長と警部補以上の制服のデザインの違いをなくし、全階級、肩章と袖章、帽章を取り替えると共用できるようにした。帽章は金色刺繍の桜の葉とつぼみが金属製の旭日章をかこみ、肩章も略肩章は、縁取りが銀色線になり、巡査の場合、旭日章が一つつく。この制服は、支給開始の昭和11年には2.26事件、翌12年には第2次上海事変から発展して日中戦争、昭和16年には日米開戦の、世に言う大東亜戦争となり、材料も破れやすくて縮みやすいことで悪名高い、「スフ」の略称で知られる、ステープル・ファイバーや再生ウールで粗悪化し、装備も戦闘帽型略帽や鉄帽、さらに本土決戦が近づくと、サーベルと拳銃以外の武器として、猟銃や小銃まで装備できるようになる。さらに、私服刑事でも空襲の避難誘導で制服姿で勤務しなければならないので、需要はあるが供給が追いつかず、経年劣化で破れ、色あせても新品が支給できず、応召者、外地派遣者が保存期間が満了していないので、留守宅に残していたものを回収して支給するほどになったほどだ。つぎはぎだらけで色あせた状態で昭和21年のフルモデルチェンジを迎える。「戦火の中の制服」と言うべき存在だ。
 「他人の空似」の宗村は、予算と物資調達の関係で、先に帽章と階級章だけ新しいものに取り替えた、移行期間の特例版。映画版『多甚古村』でも、この着装で清川荘司扮する甲田巡査が登場する。
2年程度でこの着装は見られなくなるはずだったが、実際は、日中戦争に起因する物資不足で、着用できなくなるまで使用が許可されている。
 折襟背広式で、帯革で装具を吊る、昭和
27年式、32年式、43年式と同じく、細かい点でしか識別できない、間違い探し状態。事実、三人の制服の違いを言い当てられたら、賞品が出る企画があるぐらいだ。
 そういう企画の存在を知ってはいるが、いっこうお構いなしなのが、高宗守トリオのいいところでもある。いつものとおり、警らに出る。警ら路線は、万世橋交番を基点に、園内を一回りする。移築されている建物は民家、商店、農家が主体で、中には華族や財閥、教科書に載るレベルの有名どころの政治家が所有していた建物もある。これらすべての建物は、所有者が代わるなど、紆余曲折があったが、天災・戦災を乗り越え、中には平成
10年代まであちこち現代的に改修しながら、住まわれているものもある。だから、背広式で帯革に装備品をつけ、拳銃が武器になる、昭和21年式以降の制服でも別段かまわないわけだ。鳴海と宗村が解説ボランティアに当たったときに触れたように、万世橋交番自体が平成5年まで、文字通り東京都千代田区神田須田町の万世橋の袂にあったのだから。
 佩刀をハンドルにひっかけて、守村は自転車をこぎ出す。


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 「農家が移築されている地区だと、まさに『多甚古村』じゃ。それに、商店街だと、街の本署に気の狂った息子を病院まで送って行ったり、空き巣を逮捕したときになるのう。」
 黒塗りダイヤモンドフレーム、砲弾型ヘッドライトの自転車に乗り、守村義衛巡査は、江戸東京たてもの園の警らに出る。無論、警らだけが任務ではない。撮影にも快く応じるし、建物の解説にもあたる。そのため、サドルには解説書類を入れた鞄がぶら下げてある。
70年以上の時を超え、再び、詰襟制服の警察官が警らする。
 移築されてきた建物も、懐かしい姿にほっとするだろう。なにより実際にこの制服の警察官が勤務していた、万世橋交番が。
ある日のコスプレ集団・レイヤーズの活動。何事もなく、平和に時は過ぎていく。