白昼夢
社会人編
〜お正月企画だ、レイヤーズ〜
登下校時間帯の交通安全指導に、通学路の防犯パトロール。町内の催事の雑踏整理、夜間の防犯パトロールと、コスプレイベント以外でも出動する、官庁系・運輸通信系職業制服コスプレイヤーの集団、コスプレ集団・レイヤーズ。その活動の中に、江戸時代から昭和40年代までの民家などを移築した、民家園での博物館ボランティア活動も入っている。制服姿を生かし、園内の巡回に加え、移築されてきた交番での建物の解説が任務。勤務中の姿はこのシリーズでも何回か触れている。
12月の初旬。レイヤーズ会長、犬飼高美の元へ民家園から連絡が来た。
「来年は、1月1日より開園します。登録ボランティア各位も出場できる日をお知らせください。会場警備に出動できる人数をお知らせください。今回は企画展で「お正月の遊び 〜伝えたい新年の楽しみ〜」を開催するため、一般のボランティアだけでは手不足になるので、なるべく多数のご協力をお願いします。
また、1月1日より移築された旧調布警察署を開放します。」
「調布警察署が使えるんだ。」
秋口に、昭和から平成に変わるまで、調布警察署として実際に使われていた建物が、移築されてきた。
平成に入ってからの設備の近代化に対応しきれれなくなったのと、留置場が狭く、被疑者の待遇改善のため、現代的装備の建物を新築した。
以前の建物は木造で、大正中期に建てられた、和洋折衷のデザイン。戦災をまぬがれた貴重な近代化遺産としての価値もあるので、取り壊すのも忍びないと、交通安全協会、防犯協会などの事務所などとして使われていたが、さらなる警察署の設備拡張の場所を確保するため、民家園に移築された。無論、設備のうち一般に公開できない通信司令室などは移築時に、警察の歴史展示コーナーに改装してある。
内部は、昭和30年代から40年代にかけての、典型的地方警察署の内装を復元している。移築の話が出たときから、レイヤーズの会員の間では、「ここでロケハン、張れたらいいのにねえ」という声があがっていた。
「さっそく、レイヤーズの例会にかけないとね。」
冬コミと年末年始の防犯パトロール、駅伝の雑踏整理等を控えての、重要な12月のレイヤーズ例会でこの話を出したところ、一同異論はなかった。
「やりましょう、ぜひ。」
「お正月なら何とか都合がつきそうです。」
「小道具は、どちらが用意するんですか。」
これは、大滝。
「民家園の人と打ち合わせを兼ねて見たところでは、昭和30年代から40年代の警察署の内部を再現してあるんだけど、マニアやコレクターに持っていかれそうなものは、置いていないのよ。」
博物館、特に民家園の場合、学芸員や警備員の目が完全に行くわけではない。小さいものなら、失敬していけそうなときもある。よって、警察署内に解説ボランティアがいる場合は、帯剣、帯革、拳銃嚢、警棒といった個人装具も出すが、ボランティアがいない日の机の上は、未記入の用箋や、当時使った国語辞典、例規の類にとどめている。
展示ボランティアには警察官OBがおり、万世橋交番を中心に昭和10年制定の詰襟制服にサーベル姿で展示解説にあたっている。今回はそのボランティアも昔の遊び体験の応援に出るので、レイヤーズが代わりに入る。
「じゃあ、こちらで用意してもかまわないわけですね。」
「臨場感が出て、いいんじゃあないのかとあたしが提案したら、民家園側が許可してくれたから、みんなも使いたいものがあったら、用意して。その代わり、壊されたり盗まれたりしても、自分の責任だから。」
「それは、重々承知。」
「僕のクラウン・コンフォート、出さなきゃならないな。」
これは宗村。レイヤーズの撮影のため、古風な外見のコンフォートを改装して、初代クラウン風にしている。
犬飼が次ぐ。
「あたしも、白バイ用バイクを出すから。」
「制服の年代の指定は?」
詰襟式でサーベル装備の、昭和10年式巡査制服を持っている守村が、いう。普段はこの制服姿で、万世橋交番で勤務している。
「前回、「警察官で合わせる」としか言わなかったら、私服刑事に鑑識課、特別司法警察官の鉄道公安官、海上保安官まで来たからね…。今回は、建物の時代設定に合わせて、男性は昭和27年式、昭和32年式、昭和43年式。女性陣は昭和51年式か昭和46年警視庁式に統一する。もっとも、同じ時期に使われた、鑑識課の作業服、機動隊の出動服、交通機動隊の乗車服はありだけどね。」
犬飼の言葉に、湯浅が次ぐ。
「昭和後半世代にとって、帯革に装具をつけた姿が、一番記憶に残っている「お巡りさん」の姿ですからな。」
いつだったか、「警察官で合わせをする」と犬飼が指令を出したところ、各人がさまざまな解釈をして、昭和43年式制服、51年式制服姿、平成6年式制服姿もいたが、私服刑事や作業服姿の鑑識課、さらには限定された範囲、事案なら警察官と同等の職務のできる、特別司法警察官の鉄道公安官に海上保安官、国籍の指定をしなかったのでアメリカの警察官まで来ている。
一同協力すると言ったものの、レイヤーズ会員の中には、このシリーズで何回も触れているように、年末年始も関係ない、「本職」もいる。
こういう時に物をいうのが、時代が時代なら、大山巌・児玉源太郎コンビと並び称されたのではないかという、犬飼と湯浅の組織力。湯浅の「レイヤーズの参謀総長」のニックネームは伊達ではない。各人のシフトを、あっという間に決めてしまった。万一仕事の都合で出られなくなった場合の予備員も含めて、必要とされた時期すべてをカバーできるようにしておいた。
博物館が元日から開くのは、近所の小中学校と専門学校、大学との共催である。
小中学校は「昔の遊び体験」、「昔の生活体験」という形で、たびたび民家園を利用している。その関係で、幼稚園教諭・保育士養成の専門学校と、同じく幼稚園教諭、保育士に加え、小学校教諭の資格を得られる、教育学科のある大学の学生に、実地で研修を積ませるため、民家園での体験学習のときには、「近所のお兄さん」「隣のお姉さん」として、外遊びのリーダーになってもらう。むろん、これには、「近所のこわいおじさん」、「近所の世話焼きばあさん」に相当する、地域の高齢者や博物館ボランティアにも協力する。
今回の企画展では、お正月独自の遊びである、こま回し、たこ揚げ、追羽根といったものから、お正月行事の最後を飾る、どんど焼きまでやる。もちろん、街並みもお正月の雰囲気を出すため、門松を立て、注連飾りを飾る。
レイヤーズは、一般の博物館ボランティアが手一杯になっているあいだ、園内の巡回と建物の解説を行い、場合によっては雑踏警備も担当する。
かくてお正月。レイヤーズも元日から出動だ。
開園前には、警察署での勤務開始のときと同じく、通常点検を行う。
警察署前には、小道具として、犬飼と宗村夏実、首塚の愛車である、白バイに改装したバイクと、宗村の持っている初代クラウン風コンフォート、園田のノーマルホイール、ニトロ噴射機能なしのトゥディ、内藤の持っている白塗りの三菱ジープ。それに警ら用としても使う、守村の90CCの自動二輪、白塗りや黒の、ダイヤモンドフレームの実用車が止めてある。もちろん、その前では、歴代の制服姿のレイヤーズ会員が記念撮影に応じる。
白バイ隊員に扮しているのは、宗村夏実と、首塚晴美、渋川あずさ。この三人が、主として車両の解説に当たる。
建物の解説は、警務課所属の内勤事務の婦警さん、桐田かおる、村瀬頼子ペア。普段から、各所で主催側とレイヤーズの連絡係を勤めているので、地で演じられる役だから、違和感がない。
警らと立番、雑踏整理にあたるのは、熱川進、大滝啓、鍵山千春、高村宗光、実藤高明、清水清司、園田方也、長井美幸、鳴海悠子、宗村高光、森川あずさ、守村義衛、守谷衛子、守谷ジュン。いずれも、違和感のないよう、男性は、昭和後半に生を受けた世代が真っ先に想像する、帯革装備、右肩に拳銃吊り紐、左腰に木製警棒を吊る、昭和27年式、昭和32年式、昭和43年式のどれか。女性は制服通の間では未だに根強い人気を誇る、「ド・ゴール帽」のニックネームのある制帽に四つボタンアウトポケットの上着、中央にボックスプリーツの入る昭和51年式制服姿。ほとんどの所属は警ら課、交通課だが、体格がよく、腕に覚えのある熱川、清水、守谷姉妹は、何でもありの機動隊隊員に扮している。機動隊というと極右極左のデモ警戒などで出動する、紺色の上下の出動服に警杖、防盾姿を思い浮かべるが、普段は地域課、交通課の応援に出動している。このときは普通の警察官と同じ着装だが、地域課と区別させるため、襟に所属機動隊の記章をつける。男性は編上靴が多いので、熱川、清水もそうしている。
外勤組は、警察署と移築されてきた交番、駐在所と本署を拠点に、立番、警ら、休憩を1時間ごとのローテーションで行う。
犬飼高美は昭和51年式制服姿。レイヤーズ会長なので、役職は署長。近藤衛恵は同じ昭和51年式制服で交通課係長・当直指令の巡査部長。内藤武士は昭和27年式制服姿、警ら課係長で当直指令の巡査部長。副長の湯浅昭弘は、昭和27年式制服の警部補に扮するほか、昭和30年代縫製の背広で私服刑事に扮し、桐田、村瀬とともに、建物の解説にあたる。
犬飼は日本の警察史を研究しているし、近藤・内藤ペアは警備員とはいえ、当直指令として部下を指揮する立場なので、地で演じられる。
取調室前で、一昔前の刑事ドラマに出てきそうな背広姿の湯浅が、来場者に解説する。
「現行犯逮捕、緊急逮捕、逮捕令状の発給を受けての逮捕、いずれの場合も、逮捕容疑を認めるか認めないかの取り調べを行います。」
「部長刑事」といった外見の湯浅が言うだけあって、説得力がある。
「刑事ドラマで出てくる取り調べは、その後になるんですね。」
「ええ、そうなります。警察は逮捕してから48時間以内、つまり2日の間に検察庁に一件書類を作成して、送らなければなりませんから。それで、検事が取調べを行い、さらに捜査が必要だと判断した場合、裁判官に10日間の拘留を請求すると、裁判官が拘留尋問を行い、必要と判断されると、10日間の拘留を認めます。ですから、取調べは拘留期間でしょうね。最高で30日、拘留は認められます。この間に検察官が、起訴するか、それとも不起訴処分にするか、本人の悔悛の状を見ての起訴猶予にするかを決めるわけです。」
「よくニュースで聞く、書類送検というのはそれなんですか。」
「ええ、そうです。書類と共に身柄も送検します。逃亡、証拠隠滅の恐れがない場合には、保釈とは別に、釈放する場合もあります。そうそう、現行犯逮捕した人が民間人の場合は、現行犯逮捕した事情を聴取します。」
「なぜです?」
「裁判で判決が出るまでは、法律上の立場は、被疑者であって、犯人ではありません。個人の自由を束縛するわけですから、あきらかに犯罪行為が行われていても、なぜ逮捕したか、事実関係をはっきりさせておかなければなりませんから。わたしの知人に、鉄道員と警備員がいますが、万引や痴漢を現行犯で逮捕した場合は、警察官に身柄を引き渡したあとで、事情聴取を受けるといっています。」
「なるほど。」
「その事情聴取は、普通は参考人用の部屋でしますが、場合によっては取調室でやります。取調室に入るのは、万引や痴漢を現行犯で逮捕して、手柄を立てたときの現行犯逮捕の事情聴取だけにしたいもんです。」
その反対側では、左袖に山型の階級章のついた、昭和27年式制服の巡査の守村が、解説している。こちらは曽根史郎の「若いお巡りさん」そのものだ。
「酔っ払いを保護したばあい、留置場に泊める場合もあります。警視庁管内には、「トラ箱」と呼ぶ専用の泥酔者保護施設があります。」
「留置場はブタ箱というけど、酔っ払いはトラ箱かぁ…。」
「最近は、急性アルコール中毒として救急車を呼ぶため、トラ箱のご厄介になる人は、減りましたがね。」
「いるんだよね、若い連中で酒の飲み方を知らないのが、酔っ払って騒ぎを起こすんだよ。」
夫と思われる男性が言うと、妻の女性が相槌を打つ。
「そうそう。」
「ご職業は、居酒屋ですか?」
「ええ。フランチャイズのチェーン店ですがね。」
「そういう連中が酔っ払って騒いでいるという、交番への直接の通報や、110番通報を受けた我々が保護して、ここへ連れてくるわけです。で、朝、目が覚めたらベルトをはじめとしたひもの類がない。しかも留置場にいる。二日酔いもぶっ飛ぶというわけです。」
「泥酔していても、ベルトの類は取り上げるんですね。」
「ええ。酔いがさめて気がついたら、鉄格子の中にいるんですからね。酔っ払って意識が飛んでいる間に、警察のご厄介になることをしでかしたに違いない、ああ、おしまいだと首をくくる可能性もありますので。」
「そりゃ、確かに。酒乱で大騒ぎをしでかした人が、弁償しますと素面で謝りに来たときは、同一人物かと思うほど変わるからねえ。」
警察署内は、前述のとおり、移築前の警察署から引き継いだ、耐用年数の来た家具、什器と、OBからの寄贈・寄託を受けた個人装備で、当時の内装はほぼ、揃っている。警備課の前には、昭和30年代から40年代、極左暴力団としか言えない連中に扇動されて、おかしくなった学生運動、労働運動に対し、市民生活の平穏を守るため出動した機動隊の防盾、警杖が置いてあり、掲示板には機動隊員を歌った、橋幸男の「この世を花にするために」の販促ポスターが張ってある。
玄関には、お正月ムードを出すため、「謹賀新年」と書かれたのぼりと、「年末年始防犯運動強化中」、「歳末特別警戒実施中」、「歳末交通安全運動実施中」という看板が、警察署の表札の隣に立ててある。年末年始は事件事故も起こる。警察・消防は気は抜けない時期だ。
「今回は、警察署で一緒になるとはね。」
「「昭和のあの日のお巡りさん、婦警さん」を再現できたうえ、ペアも組めるんだから。」
こういうのは、警らから戻ってきた鳴海と宗村。学生時代、クリスマスイブの日に交番で勤務していた夕方に雪が降ってきて、絶好のシチュエーションになったことがある。
目の前では、たこ揚げやこま回しに熱中する子供たちと両親、それにプレイリーダー、博物館ボランティアに、「昔取った杵柄、孫には負けられん!」とばかりにがんばる、初詣帰りのじいちゃんばあちゃんの姿も見える。
「お正月かぁ…。今の仕事についてからは、人の動きで季節を知るようになったからね。」
宗村は、大学・大学院時代に研究していた、「鉄道職員の出世と学歴の関係」をより詳しく調べるため、鉄道現場で勤務しなければならないと、鉄道員になった。鉄道は、暦通りに休むことは難しい職場である。年末年始と夏休みは帰省ラッシュとUターンラッシュ、新年度は新しい制服姿の学生と、真新しい背広姿、スーツ姿の新入社員で知る。
一方の鳴海は、大和撫子のたしなみで始めた棒術を生かしての警備員のパートの傍ら、心理学の研究を続けている。お互い、研究者と職業人、趣味人を両立させるのに苦労している。
と、そこへ、模型屋になる夢を持ち、現に模型問屋で働く高村がやってきた。
「お正月になると、お年玉を集めて念願の模型を買いにいったなあ…。」
彼は、高度経済成長を支えた下請けの町工場の三代目。家族が学歴がないばかりに苦労したので、大学へ進学し、何をやってもいいといわれたので、近現代史を専攻した。それに三代続いた江戸っ子らしく、消防団員でもある。年末年始は火の気を使うので、レイヤーズの防犯パトロールに加え、消防団の巡回もあり、忙しいが、その合間を縫って、来ている。現に明日、明後日、レイヤーズ会員のうち動けるものは、駅伝の雑踏整理にも出動しなければならない。男性は昭和43年式制服に白帯革を締め、制帽には白い日おおいをかけ、女性は昭和51年式制服で、全員、左腕に交通腕章を巻く。交通課の着装だ。
「根っからの、模型野郎だったんだな。」
「そういうムネさんだって、似たり寄ったりだろう?」
「まあねえ…。」
二人のやり取りを聞いて、鳴海がくすりと笑ったところへ、犬飼が声をかけた。
「あら、三人はここにいたのね。前々からやりたかったシチュエーションでの撮影、できそうなのよ。」
前々からやりたかったシチュエーションとは、PR写真や、「警察官募集」のポスターに使えそうなショットの撮影。今回、警察署前という絶好のロケハン場所が確保できたので、これから撮影に移る。撮影するのは、レイヤーズの広報班、岡部写真館の三代目、岡部慶四郎カメラマン。普段の彼は、移築されてきた写真館で記念写真撮影のボランティアを担当しているが、今回は所属しているレイヤーズに合わせ、鑑識課の作業服姿。事件現場で現況を撮影するときと同じ装具だ。
「謹賀新年」ののぼりのある警察署の玄関前で、会長の犬飼を中心に、高村、宗村、鳴海と並ぶ。
「それじゃあ、一番無難な立ち姿に、敬礼、それぞれ4枚撮るから。」
「了解。」
「承知。」
制服姿を生かし、地域の防犯防災交通安全に協力する傍ら、日本が激しく変わった、文字通りの「激動の昭和」を彩った、あの日の制服姿を正確に再現することを身上とする、レイヤーズ。今日の博物館ボランティア出動も、何事もなく終わりそうだ。
「明日あさっては、駅伝の雑踏整理だ。」
「年末年始も忙しいな、お互い。」