白昼夢
社会人編
〜「女帝」・犬飼高美の悩み〜


 「激動の昭和彩った、あの日の姿、今ここに」を合言葉に、正確な時代考証を行った、官庁系・運輸通信系職業制服のコスプレを主体とする、硬派路線のコスプレイヤーの集団、コスプレ集団・レイヤーズ。年末年始も各人、本業の合間を見ては防犯パトロール、初詣の雑踏警備、実業団と箱根駅伝の交通整理、さらに今年は民家園での博物館ボランティアにも出動した。
 それから
1週間後の日曜日。お正月気分が薄らいだころに開かれるコスプレイベントに、レイヤーズは出動する。いわば「年頭視閲式」だ。
 この日は一般参加で、衣装年代の制約は一切なし。よって、普段できない版権物や「近未来」のキャラクターに扮することもできる。
 「東京消防庁の出初式、警視庁と千葉県警の年頭視閲を見たあとだから、こっちも負けちゃあいられないって気になるね。」
 「今回の出初式、分列行進の中に、俺がいたんだぜ。」
 お台場のビルを借り切ってのコスプレイベント会場に、レイヤーズはいた。すぐ近くの臨海副都心地区は、毎年東京消防庁の出初式会場になっている。レイヤーズは演技の参考にし、身内が関係者なので、制服姿で行進する年頭視閲を見学する。制服姿での団体行動は、めったに見られるものではない。
 「一回なんか、間違って警防団の制服持ってきたからなぁ…。」
 「あの年は、自治体消防創設
60年記念だったから、その当時の制服姿ってことでフォローしてくれたけどね。」
 「その時は、旗手を務めたんでしょ。」
 「ああ、緊張したね。分団の団旗を持っているんだから。」


右、警防団制服(モデル・守村義衛)、左、昭和
43年式警察官制服姿の高村・宗村と昭和51年式婦人警察官制服姿の鳴海。
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 これは事実。高村は消防団の前身の、黒の戦闘帽にカーキの制服、黒の巻脚絆、黒布製の胴締めベルトの警防団の制服姿で出動したこともある。この年はたまたま自治体消防創設
60周年記念の年だったので、彼を旗手にし、警防団から消防団に変わった直後を再現した…とナレーションでフォローしてもらっている。現役消防官と消防団員の制服は紺色なので、ただ一人カーキ色の高村は、目だっていた。
 軽食の出店のある休憩スペースでくつろいでいるのは、古参メンバーの高村宗光、鳴海悠子、宗村高光。高村と宗村は「昭和のあの日のお巡りさん」の、帯革で装具を吊り、右肩に白の拳銃吊り紐、左腰に木製警棒の昭和
43年制定の制服。年相応で巡査長にしている。鳴海はこれまたマニアの間では根強い人気を誇る、4つボタンアウトポケットの上着にセンタープリーツのスカート、ド・ゴール帽のニックネームのある制帽の、昭和51年式婦人警察官制服。彼女も巡査長だ。
 「僕らを撮らせてほしいっていう人がいて、驚いたね。」
 コスプレイベントのほとんどは、撮影に専従する男性と、露出度の高いゲーム・アニメキャラに扮した女性、好きな作品のキャラクターに扮する男装レイヤーで占められている。これに少数派の職業系制服レイヤー、軍装レイヤー、特撮のヒーロー・ヒロインなどに扮する特撮レイヤー、芸能人に扮する芸能レイヤーが加わる。
好きなキャラに扮したほうは、本来そのキャラクターならやらないような、寝転んだ体勢などで撮影している。互いに気のあったレイヤー同士の撮影会である。
 よって、高村、鳴海、宗村のような、硬派路線の職業系制服は同好の士の他は、見向きもされない。コスプレすると安くなるイベントでは、カメラマンが軍装や鉄道などの運輸通信系制服姿になることもあるが…。
 それに、警備員か、はたまた本職と間違われるのか、会場内を歩いていて、目線が合うと反らす者や、明らかに挙動が不審な者もいる。勤務中の警備員が鞄を持つことはまずないし、警察官が鞄を持つとしたら、警ら課では、巡回連絡か、
110番指令から交通事故発生、窃盗・強盗事案発生の一報を受け、現場に急行するとき。交通課なら、駐車違反の取締か、交通事故発生の一報を受けた場合だ。
 カメラの場合は、鑑識課、交通鑑識課が現況を記録する場合である。
 レイヤーズでは、鞄を持つ場合、駐車違反の取締りか巡回連絡に見えるデザインのものにしているし、カメラも撮影時以外はしまうよう指導している。
 だが、同好の士以外からも、懐かしさからか、珍しさからか、声がかかることがたまにある。その時は、喜んで撮影に応じる。着装資料として通用するレベルの考証を行っているのだから。
 高村団員の分列行進の話をしているところへ、犬飼高美とティファニー・ロックハートがやってきた。



「艦長 イヌカイ・タカミ」と「艦長 ティファニー・ロックハート」
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 「また間違えられた!」
 「あたしはそう言われないのに、なぜかなあ?」
犬飼とティファニーは、『マクロス フロンティア』に出てくる軍人、シェリル・ノームに扮している。もちろん、二人とも軍服姿だ。
 「間違えられたって、何にですか?」
 鳴海が言うと、犬飼は、注文したコーヒーを飲んでから、返す。
 「決まっているじゃないの、ミリタリー・ボンテージの女王様と、悪の組織の女幹部よ。」
 「うーん、作品を知らない人が見たら、そう取れますね。」
 宗村が言うと、高村が次ぐ。
 「無理もないやな。俺らだって十把ひとからげじゃあないが、軍人に間違えられることがある。」
 レイヤーズのコスプレ衣装の一つである、官庁系は制約が多い。本職や似たような制服を着る警備員に間違われるから、うかつに外に出られない。よって、場所によって衣装を変える。最大級の同人誌即売会兼コスプレイベントのコミックマーケットでは、木製サンダル履きで袖まくり、無帽の『こちら亀有公園駅前派出所』の両津勘吉巡査長、『逮捕しちゃうぞ』の無帽で袖まくりの辻本夏実巡査、無帽で通す小早川美幸巡査は本来禁止されている着装なので、制約つきだができる。
 ところが、制帽を着用し、袖まくりをせず、黒革の短靴を履き、帯革で装具を吊る正確な着装の『若いお巡りさん』の曽根史郎巡査、『ボクの街』の高木聖大巡査、さらには交通機動隊の乗車服の「墨東の白き鷹」『逮捕しちゃうぞ』の中嶋剣巡査はできない。本職の警備員・警察官に間違われるからだ。
 去年の冬コミで、高村は地でできる警防団員、宗村は詰襟巻脚絆の昭和
9年式制服の鉄道員、守村も同じく詰襟で巻脚絆装備の昭和10年式制服の警察官に扮したが、軍人に間違われた。いずれも身分は民間人。しかも高村は警防団の前身、消防組時代からいる、警防団消防部所属という設定なので、「防火責任者」のたすきをかけていたうえ、撮影者に着装、身分の説明もした。だが、コスプレイヤー向けサイトのコミケットレポートでは「日本兵な方々」とされていた。確かに右端には、憲兵伍長、背景には陸戦装備をした海軍軍人が写っているが…。
 「予備知識のない人には、戦闘帽に巻脚絆、カーキ色の服だと軍人に見えるんだろうよ。」
 高村が言うと、宗村が次ぐ。
 「国鉄末期や
JR東日本の、左右に胸ポケット、腰に共布の帯が入る運転士制服姿でも、警察官や警備員に間違えられるときは、間違われるからねぇ。道を尋ねられたこともあるからさ。」
 二人の言うとおりで、国鉄末期の昭和
41年制定の運転士制服、民営化直後の昭和63年から平成14年まで使用したJR東日本の運転士制服は、左右に胸ポケットと腰ポケットがつき、腰に共布の帯が入る。それで制帽を着用するから、遠くからは警備員や警察官に見えなくはない。事実この姿でコスプレイベントに行くと、一般来場者や東京見物のおのぼりさん、さらには外国人ツアー客に道を尋ねられることもある。
 「それは職業系制服でしょう。今話しているのは、高美のコスプレ衣装よ。最近まで放送されていた作品なのよ。」
 ティファニーが言う。
 ちなみに、シェリル・ノームの軍服は、青と赤を基調にし、飾緒や金ボタンをつけて軍服風にしている。この手のロボットアニメに多い、どういう仕立て方なの?と首をひねるデザインである。
 同じ着装のティファニーは、「シェリル・ノームのコスプレですね」「艦長風ですね」と言われたが、犬飼はなぜか「いやあ、ミリタリー・ボンテージの女王様かと思いましたよ」と撮影後言われることが多い。それで、「また間違われた!」と言ったのだ。
 しばらく無言だった、鳴海が言う。
 「先輩はそれが魅力なんですよ。思わず周りがひれ伏したくなる、女王・女帝の雰囲気を有していますからね。」
 「びりびり感じるね、それ。」
 これはいつの間にかやってきた、レイヤーズの「報道班員」岡部慶四郎。彼は写真館の三代目で、「腕を磨く」と称しては、鉄道車両やコスプレイヤーを撮っている。
 「他のシェリル・ノームのレイヤーさんや、他の軍人や制服姿の男装レイヤーさんを見てきたけどさ、何かに欠けるんだ。その点、レイヤーズのメンバー、特に高美さんにしか出せない雰囲気があるんだよ。ティファニーさんや鳴海さんともまた違う、何かがあるんだ。」
 確かに、今日の会場にも制服姿の男装レイヤーはいる。が、予備知識のある者から見れば、制帽をあみだに被るなど着装におかしい点があったり、左手で挙手の敬礼をするなど、基本動作ができない者もいる。犬飼とティファニーは、架空の組織の軍人に扮しているが、こちらのほうが実在していると思わせる雰囲気がある。実際に着用された制服姿の鳴海は、なおさらだ。無論、犬飼・鳴海はパートとはいえ警備員だし、ティファニーをはじめとしたレイヤーズは、現役警察官、消防官、警備員から演技指導を受けているが。
 ティファニーが次ぐ。
 「あたしなんか、出したくっても出せないんだから。周囲をひれ伏させ、指示に従わせる空気は。」
 「作品を知らない人には、「あっ、あのレイヤーさんかっこいい。女王様かな」と思わせておけばいいんです。それで作品を知り、コスプレの世界に入り、さらにレイヤーズのメンバーになってくれたら、それはそれで、いいじゃないですか。」
 鳴海の言葉に、犬飼は返す。
 「なんだかんだ言って、うまく乗せられたような気もするけど、褒め言葉と取っておく。」

 というわけで、犬飼のシェリル・ノームには、別名がついている。「艦長・イヌカイ・タカミ」と。
 艦長ならぬ会長の犬飼高美に率いられた、官庁系制服主体のコスプレイヤーの集団、コスプレ集団・レイヤーズは、今年も地元の防犯防災交通安全に協力し、レイヤーとして活動する。

追記

 クラン・クランやミシェルといった、他のマクロスのレイヤーが犬飼のシェリル姿を見つけ、「合わせ、しませんか」と誘ったところ、「よし来た、やりましょう」と二つ返事で応じ、カメラマンの岡部と共に撮影箇所へ行ったのを見送ってから、ティファニーが言った。
 「そういや、シェリルは、リン・ミンメイや熱血バサラといった、歴代マクロスシリーズに出てくる、「あたしの歌を聞け!」キャラよね。」
 鳴海が次ぐ。
 「先輩の歌を聞かなかったり、聞いてマイナスのコメントをしたら、どうなると思う?」
 「「あたしの歌のよさを理解できない耳など、こうしてくれる」と耳たぶをそがれるな。小泉八雲の『耳なし法一』みたいにさ。」
 「いや、「あたしの歌のよさが理解できない耳など、聞こえないほうがましだ。ふさいでしまえ」って、ロウソクのロウでふさがれるかも。」
 高村が言う。
 「キャラクターがキャラクターだから、一対一、相手が捕虜だったら拷問だよ。ますますミリタリー・ボンテージに勘違いされるね。」
 「ま、妥当な線は個室に連れ込んで「あたしの歌のよさがわかるまで、熱演ライブだ!」と、二人だけのライブショーを展開するってとこかな。」
 宗村の言葉に、鳴海が笑って返す。
 「先輩の声はよく通るから、シェリルは地で演じられるキャラの一人なのかもね。」
 犬飼は、元々声量があり、よく通る声なので、普通の人なら拡声器やマイクを必要とする場所でも、肉声で通じるときもある。さらにそこへ来て、「女帝」の二つ名の由来、コスプレ集団・レイヤーズを率いているだけあって、威厳がある。雑踏整理や交通安全指導のとき、制服姿で指示を出すと、警察官ではないが、相手は従う。従わなければならないという雰囲気をかもし出している。
 「美声とはいかないけど、きれいよね。」
 ティファニーが言うと、高村が次ぐ。
 「朗読を聞いていると、聞きほれるね。」
 犬飼は、大学の助手と警備員という職業柄、相手に指示を出すことが多いが、普通のアナウンス・ナレーションもできる。アナウンサー、声優にならないかと正規のルートから誘われたこともあるという。
 と、そこへ、当の犬飼が戻ってきた。今回は上機嫌だ。
 「おや、合わせだったから、ミリタリー・ボンテージや女王様に間違われなかったんですか?」
 高村が言うと、犬飼は返す。
 「大外れ。単独でも、シェリルのコスだってわかってくれる人がいたのよ。で、あんたたちは何の話をしていたわけ?」
 「先輩が歌ったら、どうなるかです。」
 宗村の言葉に、犬飼は、にやりと意味深長な笑みを浮かべ、返す。
 「あたしの歌を聞け〜。期待したでしょ、このセリフ。マクロスの歴代主題歌はもちろん、夏実の持ち歌の『逮捕しちゃうぞ』の歴代オープニングにエンディングはもちろん、高村・宗村コンビの持ち歌、『若いお巡りさん』、『白いジープのパトロール』から、機動隊を歌った『この世を花にするために』まで歌うわよ。」
 一同、顔を見合わせた。
 「先輩から、『この世を花にするために』が出るとは…。」
 「というわけで、高村君。カラオケボックスの予約、取っておいて。」
 「大あたりだな、予想。」
 宗村が言うと、高村は、返す。
 「ああ。見事乗せたみたいだね、先輩を。」

 かくて高村の予言どおり、コスプレイベントのあとに行ったカラオケボックス歌い放題
2時間コースのうち、1時間30分、犬飼がマイクを握ることになった。
 「あたしの歌を聞け〜!」