白昼夢
社会人編
〜一日遅れのバレンタイン〜
あたし達の職業は、暦通りに休めない、365日が仕事の警備業と、鉄道業。お互い研究者になることをあきらめてはいないが、あたしは生活のため、ムネさんはそれに加え、現場に立たなければわからないこともあるので、この職についた。
あたしは、大和撫子のたしなみ程度だが、長年やってきた棒術が物を言って、外勤主体の交通誘導警備ではなく、パートとはいえ、守衛所に常駐し、警ら、立番、出入者の管理などを行う常駐警備に配属された。
ムネさんはともかく、なぜ、あたしがこの仕事を選んだか。それは、警察官などの硬派路線の制服を主とする官庁系レイヤーだというのも関わっている。
覚悟はしたものの、クリスマスイブやバレンタイン、ホワイトデーに街へ繰り出すカップルの姿を見て、うらやましいと思わないかと聞かれて、思わないと答えたら、うそになる。あたし達は、その業務にあたるため作られたアンドロイドではない。木や石でできた存在でもない。ムネさんと二人して、話題のデートスポットへ行ってみたい。だが、それはできない。
研究者になることをあきらめていないあたし達は、うかつに代休・有給が使えない。
学会は、大学や研究機関が休みの土日を使って開かれることが多い。その日が出勤日に重なる場合もある。これが趣味のコスプレイベントなら、次回にするという手もあるが、学会の場合は、そうはいかないときもある。その日のために休日を温存しておかなければならない。
学業と職業の両立に苦心している、平成21年の2月13日。この日は勤務明けが同時になった。ムネさんは24時間勤務明けの全休日、あたしは21時から翌朝9時までの第2当直。
夕食後のひと時。あたしが、カレンダーを見ながら言う。
「明日は、バレンタインね。」
今年の2月14日は土曜日。あたしは24時間の宿直勤務だ。
「ムネさんは?」
「僕は仕事だ。」
「24時間勤務?」
「そう。悠子さんもかい?」
「そうなのよ。」
お互い、勤務のバレンタインデーというわけだ。
(何がバレンタインのデートスポットよ。)
テレビでやっている、バレンタイン特集が不愉快になったので消した直後。あたしの携帯電話が鳴った。
誰かと思って出ると、高美先輩からだ。
「あら、悠子、今大丈夫?」
「勤務明けだから、家にいるのよ。ムネさんと。」
「あら、二人っきりのところ悪かったかな。」
「いえ、別に。」
それどころか、テレビを消して正解だった。予知能力があるのかな…?
「15日の日曜、お台場のTFTビルでコスプレイベントがあるのよ。悠子と宗村も出られるか、聞いてみようと思ってさ。」
「なんでまた。」
「1月にあたしがシェリルのコスしたら、ミリタリー・ボンテージの女王様に勘違いされたでしょ。そのときシェリルだと判ってくれた、レイヤー兼カメラマンさんが、知りあいの女の子が婦人警察官のコスプレしたがっているから、レイヤーズの皆さんで合わせませんかと来たのよ。それで誘ったわけ。」
「ああ、あの時の。」
高美先輩が「マクロス フロンティア」のシェリル・ノームの軍服姿になったところ、ロボットアニメの登場人物ならまだしも、「女王様」に間違えられてむくれていたのは、記憶に新しい。
「着装の制約は?警備出動ではないですよね。」
レイヤーズは、コスプレ衣装のレパートリーと、防犯パトロールなど地域の交通安全・防犯活動に協力している関係から、コスプレイベント、同人誌即売会の雑踏警備、会場警備で呼ばれることが多い。警備員を依頼するとお金がかかる。かといってスタッフを外周警備に回すと準備が遅れる、中小のイベント主催者から高美先輩に、警備出動の依頼が来ることが多い。それに、軍装不可、官公庁系制服不可といった会場、主催者の制約もある。
「一般参加よ。さすがに警察官制服姿で、屋外撮影会場には出られないけどね。着装の制約は、なし。どう、参加できそう?」
24時間勤務明けだが…。ムネさんのほうを見た。
「僕は、参加できる。」
「あたしも参加します。」
「犬飼了解。詳しくは電文でも流すから。」
「鳴海承知。」
電話を切って数分後。今度はそれぞれの携帯電話のメール機能で、高美先輩から電子メール(レイヤーズでは電文とも呼ぶ)が来た。
発:会長
宛:会員各位
題:平成21年2月15日開催のコスプレイベント参加について。
会発平21021301号
会員各位。
来る平成21年2月15日開催のコスプレイベントに、一般参加で出動します。着装について、レイヤーズでの制限なし。主催の制限あり。制服姿のまま会場の外へ出ることは禁止です。今回官庁系制服コスプレ初心者にも協力します。男性陣は昭和43年式制服、女性陣は昭和51年式制服を持参してください。部署は問いません。
参加できる場合は、14日1800までに返信してください。
以上
この文は、公文書の書式を参考にしている。高美先輩の遊び心だ。
返事したあとで、高美先輩が女王様に間違われた、例のシェリルの軍服を前々から着てみたいと思っていたので、体格が近いティファニーに連絡を取ってみた。
レイヤーズの会員は、男性陣、女性陣共々、似たり寄ったりの体格をしているから、衣装の融通が利かせやすい。
ティファニーは、快諾してくれた。
「悠子もシェリル、やってみたいんだ。いいわ、貸す。それでさ、婦人警察官制服も持ってきてって言われたんだけど、悠子はどこの部署にする?」
「あたしは交通課か、ムネさんに合わせて鉄道警察隊か警ら課にするけど。」
「じゃあ、そのへんが無難ってとこね。ありがと。」
「ムネさんの着装は?」
「鉄道警察隊か、警ら課にするよ。」
ムネさんが昭和43年制定の警察官制服で、国鉄民営化後、鉄道公安官を基礎に編成した地域部鉄道警察隊か、交番勤務のお巡りさん、警ら課の一般的な着装にするのなら、あたしも共演できるようにしておいたほうがいい。
勤務明けの足で直行するから、衣装小道具は、普段制服を入れるスーツ用の鞄に入れた。
ムネさんは…と思って見ると、同じ結論だったようだ。似たデザインの鞄が出してあった。
2月14日、午前7時。出勤前。
駅で、
「それじゃあ、27時間後に。」
と、挙手の敬礼を交換し、分かれた。これから勤務明けの翌朝午前9時まで、お互い制服姿に私情を隠し、勤務に集中する。
あたしは駅ビルで、立番→警ら→交通誘導→休憩のローテーションで、バレンタインだといちゃつくカップルの中に立ち、駐車場前では、よせばいいのに都内に車で来る奴らの誘導と、歩行者の安全確保の立番を行う。
そのころムネさんは、ホームに立ち、列車を迎え、送り出している。
それから27時間後。2月15日、午前10時。
東京臨海高速鉄道りんかい線、国際展示場駅。旅行者風のいでたちで、あたし達は再会した。
まもなく、今日のイベントに参加するレイヤーズの面々が、やってきた。
1月のイベントのときと同じく、先輩、ティファニー、高村君、それにムネさんとあたし。みんな旅行鞄片手の、旅行者風のいでたちだ。他の人たちは…と思って見回すと、普通では考えられない髪形にセットしていたり、キャリーカートに大きな包みや長物を載せて引いていたりと、コスプレイヤーですと言わんばかりの姿だ。
今回の着装は、先輩は、前回と同じ、シェリル・ノーム軍服姿。ティファニーは、同姓異名の、FF7のキャラクター、ティファ・ロックハートに扮する。それも、格闘ゲームのキャラを思わせる、ゲーム本編の白いハーフトップに黒の革製ミニスカート、蹴り技用に強化された編上靴、拳を守るグローブ姿だ。
ティファニーは空手の有段者だけあって、地で演じられる。
犬飼高美@シェリル・ノームと、ティファニー・ロックハート@ティファ・ロックハート
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高村君とムネさんは、昭和43年式警察官制服姿。高村君は交通課で、白い帯革に冬でも目立たせるため白い日おおいをつけ、紅白に塗り分けられたアルミパイプの誘導棒を持つ。ムネさんは、黒帯革に拳銃、警棒、手錠嚢を装備した、「昭和のあの日のお巡りさん」だ。
で、あたしは、更衣室でティファニーや先輩に手伝ってもらい、あこがれのシェリル・ノーム軍服姿に扮する。
すでに着替え終わった男性陣が待っているところへ、あたしが来たときのムネさんの第一声は、
「か、かっこいい。いやあ、絵になっているよ。すごいなあ…。」
普段から制服姿でいるので、着こなしには自信がある。
しばし身内での撮影を行ってから、各人、会場へ散る。
金髪が黒髪になってはいるが、シェリルとわかってくれたので、あっちこっちで撮影された。高村君やムネさんの姿を見ると、本職か警備員と間違えるらしく、こそこそしだす者もいた。こういう手合いは、何かしらやましいことをやっている連中だ。
ホールに入ると、コスプレしたままパラパラを踊る、通称コスプレダンパが予定されているらしく、ステージがしつらえてあったが、時間が来ていないので、撮影ポイントになっていた。
「おや、悠子さん。」
「これは、船橋さん。」
なじみのカメラマン兼コスプレイヤーの、船橋法典さんに会った。フナバシホウテンと読むと武蔵野線の駅名だが、フナバシノリヤスなどと読ませれば、人名だ。これが本名か、コスプレネームかは知らない。
船橋さんは、国鉄の制服や、郵政省時代の郵便局員の制服姿でいることが多い。警察・消防といった官公庁の制服の知識もあるので、演技指導や着装の相談にのってもらったこともある。
「今日は、婦警さんじゃあないんだ。」
「用意はしてきています。官庁系初の娘が来るので、その娘に合わせるんです。」
「ああ、機動隊の出動服姿のあいつが連れてきた子かぁ…。ところで悠子さんは、高美様と同じコスだね。」
「「高美様」なんて言ったら怒りますよ、先輩。キャラクターを知らない人から、ミリタリー・ボンテージの女王様や、悪の組織の女幹部と間違われてむくれたんですから。それで腹いせに、カラオケボックスで『マクロス』と『逮捕しちゃうぞ』の歴代オープニングにエンディング、挿入歌をえんえん歌ったんですから。」
「まさに、「あたしの歌を聴け!」だね。ところで悠子さん、撮影してもかまわないかい?」
「ステージがあるし、ここで何枚かいきますか。」
シェリル・ノームは、歌手でもある。高美先輩が持っていて、鞭に間違われた指揮杖にも、マイクが仕込んである。むろん、ティファニーのもだ。
ステージという絶好のロケーションで、シェリル・ノームに扮したあたしは、船橋さん以外のカメラマンからも撮影された。無論その中には、ムネさんもいて、込んでくると、
「はい、撮影の方は一列に並んでください。込んできたのでテン・カウントルールを適用します。10数えるうちに撮影してください。1、2、3……。」
と、列を整理してくれた。普段駅で整列乗車や券売機の前での雑踏誘導を行っているから、慣れた手つきだ。それに、レイヤーズは地域のイベントの雑踏警備も行うので、警察補助員としての講習も受けている。
カメラマンに囲まれて、ステージの上に立つ。しかも警察官が雑踏整理を行っている。こうなると、本物のモデルになったような気分だ。
10数えるうちに撮影する、テン・カウントルールでカメラ小僧を退散させたところで、ムネさんがやってきた。
「誰かと思ったら、船橋さんじゃあないですか。」
「雑踏整理始めたから、会場警備の警備員かと思ったよ。」
「まあ、この着装ですからね。鉄道警察隊にしようか迷いましたよ。」
しばしあたしとムネさんを見ていた船橋さんが、言う。
「いつ見ても、サムブラウン・ベルトの旧制服はいいね。うーん、そうだな。ツーショット、いってみるかい?」
「制服、別々ですよ。」
「遠慮するなって。細かいことは抜き。舞台あいさつに来た女優と、雑踏警備に来た警察官という設定で、撮ろう。」
というわけで、「ステージに立つシェリルと雑踏警備の警察官」というツーショットの撮影に移る。
何枚か撮ってもらったところ、いつの間にかこのシリーズで何回も出ている、四つボタン外づけポケットの上着にセンタープリーツの タイトスカートの昭和51年式制服に着替えた高美先輩がやってきた。
「あら、船橋さん。撮影終わった?悠子も宗村も、機動隊の出動服姿の人、見たでしょ。あの人が今回婦人警察官制服着てみたいって娘、連れてきているのよ。これから着替えるんだって。悠子も合わせない?」
「もちろん。そのため、制服を用意してきたんですから。」
「おっ、ドゴールにサムブラウン・ベルトの旧制服合わせか。こりゃ、撮影のしがいがあるぞ。」
というわけで、シェリル・ノームは鳴海悠子巡査長に早代わり。制服初体験の女の子の着替えを手伝い、再び撮影スポットへ。そこには、機動隊の出動服姿の人と、高村君にムネさん、高美先輩、ティファニーが待っていた。
ティファニーが、日本国籍を有する者しかなれない、国籍条項のある日本の公務員のコスプレをするときには、日本人風の名前、鍵山千春を名乗る。これは、実生活もで、鍵山千春とティファニー・ロックハートを使い分けている。
「出動服の機動隊に、警ら課と交通課。なんだかすごい取り合わせだな。」
「固いことは言わない。船橋さん、撮影お願いね。」
「承知。」
かくて、制服初体験の女の子は交通課で中心にし、その脇を警ら課のムネさん、同じく交通課の高美先輩と高村君、千春、警ら課のあたしと、機動隊で固める配置で撮影してもらった。むろん、あたしたち女性陣は、「つるのこ帽」の略帽と、「ド・ゴール帽」の制帽の二つを用意しておいた。
機動隊の出動服は、実物を参考にして自作したとか。驚きだ。これ以外にも今回の小道具の、催涙弾発射機はもちろん、武器など各種小道具を自作しているそうだ。写真を見せてもらって目を見張ることしばし。
「えっと、これはシモノフ対戦車ライフル。『ルパン三世』で次元がぶっ放しているあれだよ。」
「ああ、ドラゴンモデルスで出した模型で、二人一組になってロシアはクルスクの草原を持って歩いている、あれですか。」
「あ〜、そっちのほうが判りやすいか、二人には。確かに20キロ以上あるからねえ…。ほかにもほら、ベトナム戦争のときのグレネード・ランチャーやDP軽機、26年式拳銃も。」
「グレネード・ランチャーと来たら、俺らは89式重擲だな。」
「うん。重擲分隊やるかい?」
「あ、それも頼まれて作ったよ。」
男性陣は、しばらくマニアックな話に入ってしまった。
右、鳴海巡査長・宗村巡査長の鉄道警察隊合わせ。左、犬飼巡査部長・鳴海巡査の「二人にお任せ」
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そのあとで、交通課合わせ、地域課合わせ、鉄道警察隊合わせの写真も撮ってもらった。もちろんその時には、犬飼・鳴海コンビ、高村・宗村コンビ、鳴海・宗村ペアが結成されている。
あっという間に時は過ぎ、気がつけばお開きの時間も近いので、更衣室が混雑する前に撤収した。
高美さん行きつけの店で、軽く打ち上げをやってからの帰り道。
ムネさんが、
「昨日は、バレンタインだったね。」
と言ったので、あたしは返す。
「プレゼント、用意していたの?」
「いいや。」
「今のあたし達にとって、貴重な物を用意してくれたじゃない。共通した趣味で楽しく過ごせる時間という。」
「それがお互い、一番のプレゼントになるのかもしれないね。」
鉄道員と警備員。勤務の都合でスケジュールをあわせるのが難しいあたし達にとって、同じ趣味・同じ時間を共有できることほど、貴重なものはないのかもしれない。