白昼夢
社会人編
〜消防署のほうから来ました〜
最近、個人用住宅でも火災報知機を設置するよう、消防本部が奨めるようになった。というのも、個人住宅を改造し、家族のような少人数で高齢者を介護する、グループホームという新しい介護方法が取られるようになってから、火災による死者を出した事案が何件かあったのと、家庭用火災報知機のおかげで火災にならずに済んだ事案が各地で報告されたからだ。
どこの世の中、いつの時代も悪知恵の働くやつがいる。詐欺に加えて身分詐称も加わる「消火器商法」だ。「消防署のほうから来ました」と、あるいは消防本部から依頼を受けた消火器メーカーの外交員だといい、あるいは消防官の出動服風の紺色の作業服姿で現れて、ホームセンターでさほどしないものを、やれ何だかんだと言って法外な金額で買わせる。相手が希望するところへ取り付けていくのはまだ良心的だ。
もっとも、相手を信用させられるのが、知能犯の詐欺師の詐欺師たる所以だが。
その家庭用火災報知機詐欺師が、あたしの勤務している区にも出た。
第一報は、消防団員でもある高村君から。
いつもの通り、産業振興課が入っていて、各種同人イベントにも使われる区立産業振興センターで勤務していると、電話がかかってきた。
「はい、産業振興課の渋川です。」
「あっ、渋川さんかい。高村だけど。いやあ、出たんだよ、火災報知機詐欺が。」
「出たって、うちの区に?高村君が被害を受けたの。」
「俺じゃあないし、被害はなかった。だけど、放っておくわけにはいかないからね、報告しようと思って。」
「どういう手口だったの?」
高村君の報告は、以下の通り。
詐欺師は、紺色の作業服上下に黒の革靴、紺色戦闘帽型略帽と、消防官の出動服風の姿で現れた。顔立ちも消防官だといわんばかり。近隣消防署の名をあげ、そこから来たと言い、家庭用火災報知機を設置しなければならなくなった。設置しないと刑事罰の対象になるなどとまくしたて、もっともらしいパンフレットも渡し、火災報知機とセットで消火器や三角バケツも買わないかと言った。
ところが。目をつけた相手が悪かった。高村君の所属している消防分団の水田分団長本人が応対したのだ。
水田分団長が「詐欺師だな!」と一喝して撃退すれば済むが、それでは他の人に「こういう手口の詐欺師がいるから注意しろ」と教えられないので、話を全部聞いてから、言った。
「君は○○消防署勤務だといったが、所属はどこだい?それに、消防手帳は。」
消防官だと言ったからには、どこかに所属しているはず。消防署では真っ先に想像される消火・救急活動部門に加え、地味な予防・啓発活動にあたる部門、どこの会社・官公庁にもある総務・経理部門の三つがある。消防署の規模や消防本部によって呼び方は変わるが、東京消防庁管内では、総務課、警防課、予防課と消火・救助・救急の各部隊になる。本物ならば、
「○○消防署予防課・防災管理係の○○消防士です、本日は防火設備の査察に来ました」
といったように名乗る。
消防手帳は警察手帳と同じく、消防官が職務上身分を明らかにする場合、顔写真や発行部署、階級の明記された恒久用紙の部分を見せる。それに相手は消防団の分団長。消防官の出動服姿を見慣れているから、市販の作業服との区別など、朝飯前だ。
消防関係の組織をよく知らない詐欺師は、しどろもどろになって逃げ出した。
高村君からの報告を上司に取り次ぎ、東京消防庁本庁と署轄消防署、消防団、警察署、防犯ボランティアにも伝えた。あたしの勤務している産業振興課は、消費者行政も担当している。各種悪徳商法の相談窓口もあるから、彼は連絡したのだ。無論、高村君は消防団員だから、消防団本部と消防署にも連絡は行っていた。こういうことは重なったほうがいい。相手も情報を持っているとわかるから。
それから数日後。防犯ボランティアの集まりでは、火災報知機詐欺の詐欺師の手口、人相、風体を水田分団長直々に説明した。
これにより、昼間も防犯パトロールを行うことになった。地域の防災、防犯に密接に関わるうえ、家庭用火災報知機詐欺とあっては黙って見ているわけにはいかないと、消防団も協力する。
無論、防犯パトロールはレイヤーズも参加しているので、出られるメンバーは協力することになった。高村君は消防団員兼任でもあるから、
「見つけたら、身分詐称の現行犯で逮捕してやる!」
と、普段は行方不明者の捜索のときなどにしか使わない警杖を手に、張り切っていた。
そんな土曜日の昼下がり。
あたしは、防犯パトロールに出動していた。無論、レイヤーズなので歴代の警察官制服姿。だが、本物とは変えている部分もある。制帽、階級章の旭日章は星に取り替え、ボタンは金色無地。いずれも警備員用なので、法律には抵触しない。相手が消防官の出動服姿でいるから、現行犯逮捕の場合の容疑は身分詐称。あたしたちまで法律に引っかかっては、はじまらない。
今日の着装は、昭和後半に生を受けた世代があこがれた、「おまわりさん」の姿。負革つきの帯革を装備し、左腰には60センチの木製警棒を下げる。右肩には、白の麻または化繊の拳銃吊り紐で、拳銃を装備する。無論、レイヤーズは警察官ではないから、拳銃は装備しない。警笛は銀色の鎖で右肩の肩章につけ、右胸ポケットに入れる。腰ポケットは飾りフラップなので、警笛吊り紐は使えない。それに、今では本家の警察もやる、警笛吊り紐で吊った警笛を右胸ポケットに入れる着装は、認められていない。
あたしが着ているのは、昭和戦後型制服の集大成、昭和43年制定、51年マイナーチェンジの昭和43年式。胸ポケットは警察手帳が入る程度で、腰ポケットは飾りフラップ。ズボンの尻ポケットは右側だけ。帯革を巻く関係で、ウエストがやや低めに作ってある。
右、男装の麗人、渋川梓 左、雑踏警備、防犯パトロール時のレイヤーズ着装。
左より高村消防団員、宗村補助警察官、鳴海補助警察官、犬飼補助警察官。
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「防犯パトロールも「男装の麗人」スタイルで行くの?」
これは、犬飼会長。彼女は同じく昭和後半に生を受けた者があこがれた、「ふけいさん」の姿。ド・ゴール帽のニックネームのある制帽と、鶴が巣篭もりしている姿に似ているので、日本ではつるのこ帽と呼ぶ略帽、四つボタン外づけで、ジッパー、ボタン、ホックなどでふたができるようにしてあるポケットが左胸と両腰についた上着、センタープリーツのタイトスカートの昭和51年式。このタイプのズボンは今のようなスラックスではなく、採用当時流行していたパンタロンなので、現役時代は時間が経つにつれて「ださい」と嫌われ、自動車警ら隊のようにスカートでは無理な活動が要求される場合か、冬の長時間の立番の時しか使用されなかった。現役時代を見た人は、相当運がいい。
あたしは、返す。
「今回は、活動が予想されるからね。それに、警備会社だと男女とも同じデザインというとこ、あるじゃあない。」
「ま、そうだけどね。」
確かに、あたしの言うとおり。制服のデザインに予算をかけられない、または特にこだわらない中小の警備会社は、既存の制服メーカーが作っているものから、用途に合ったデザインを選んで支給している。だから、女性でも男性と合わせが違うだけだったり、男物を着ていることもある。制帽だけでもド・ゴールにしているのはまだいいほうだ。
レイヤーズの主戦力、師範代・近藤衛恵と剣士・内藤武士、居合の守村義衛、射撃の森川あずさ、「五つの顔を持つ女」鳴海悠子の所属する東都保安警備は中堅どころなので、メーカーに自社用制服の発注ができるから、男性・女性で制服のデザインは違っている。
これから巡回するのは、消防団員の高村君と、彼とは学生時代からの友人、本業は現役鉄道員の宗村君。体格、顔立ち、発想、血縁関係がないのに似ている。双子ではないかとよく間違われる。外見上の見極めは、宗村君は古めかしい銀ぶち円レンズの眼鏡をかけ、利き手側の右手に腕時計を巻くこと。高村君は裸眼でいること。高村君は消防団の四つボタン背広式の制服で、警杖を持っている。宗村君はあたしと同じ着装だ。
防犯パトロールは、決まった範囲を、気まぐれに歩き回っていればいいという性質のものではない。本家警察の警らにも、定線と乱線の二種類ある。定線は、決められた路線を回るもの。乱線は、銀行、郵便局、学校など防犯上重要な地点に途中立ち寄り、警ら箱の記録簿にはんこを押せば、どこを回っていてもよいというもの。
レイヤーズの防犯パトロールのコースは、近くの大学の体育会系部活の学生が中心になって結成した、学生防犯隊と同じもので、受持区を1時間で巡りきれるようになっている。そこをビートと呼び、毎正時に定時連絡を本部に入れる。担当者は一定時間そこを絶え間なく警らしていなくてはならない。
昭和25年から2年間、日本でもアメリカ・イギリス式に警ら主体の外勤活動を行ったが、民間の通信インフラは戦災復興の途上で、「交番に人がいない」と不安がられたうえ、今なら無線の全派指令で済む、緊急配備の必要な事案が発生した場合、コール・ボックスと呼んだ、今の高速道路の非常電話のような、警察本部直通の電話に近い場合はそれで呼び出せるが、ほとんどの場合誰かが伝令にならなければならず、不便なので、昭和27年に、また交番を中心にして、受持区を交代で警らする制度に戻されている。
あたしの巡回ルートは、高村君・宗村君とは反対の路線になる。
歩き始めてから少し経って、怪しい人物を見つけた。
消防団の分団長の家と知らずに入った詐欺師。今度は手口を改め、市販の紺色作業服だが、もっともらしい記章をつけ、消防官の出動服風にしている。
人相は…、このあいだの報告と全く同じ、消防官といわんばかりの顔つき、体つきだ。
これが、腕に覚えのある守谷姉妹、近藤さんなら本部に一報入れて、単独で職務質問をかけるが、あたしは相手が攻撃した場合に備えての、必要最低限の護身術しか知らない。高村・宗村を呼んで、三対一にしたほうがいい。
そう思って携帯電話を制服の右胸ポケットから取り出した瞬間、相手は、家に入っていった。
「こちら渋川。高村・宗村班へ。詐欺師を発見。住所は…(住居表示を確認して)滝野川6の○の○。至急、増援に来られたし。」
「高村了解。直ちに向かう。犬飼隊長にも報告する。」
高村君ルートで、高美さんたち本部にも連絡が行く。そうなれば本家本元警察が出動する。
あたしは、いらいらしながら二人が来るのを待った。
入っていった家の所番地を見て、あたしは、(あの詐欺師、よほど運がない奴だな)と思った。というのも、登下校時の交通安全指導では、ぱっと見「横断中」の旗を持って立っているさえないおっさんだが、実は敏腕刑事だった種村元警視の家だからだ。
種村元警視は、「日本のコロンボ」という異名を有している。その二つ名は伊達ではなく、『刑事コロンボ』のような、新聞記事になるような大事件から、庶民生活の哀歓を描いた、ネオ・レアレズモ期のイタリア映画『刑事』のような、日常、市井の人々の間で起こる小さないざこざまで、様々な事案を解決してきた。そんな人だから、詐欺師の情報などとっくの昔に耳に入っている。
あたしの姿を見て、種村さんはさりげなく、サインを送った。
(まだ機は熟していない。しばし待て。)
様子をうかがっていると、種村さんも消防手帳の提示と消防署での所属を聞いている。消防手帳は、一世代前の警察手帳に似たようなデザイン・サイズの手帳を使い、偽造したようだ。
刑事罰が科せられるなどともっともらしいことを言うのは、高村君の報告に同じ。で、パンフレットも消防署で発行しているものをコピー…といっても用紙も選んでいて、本物と識別できない…したものを出した。これは、前回とはちがう。
とそこへ、高村君と宗村君がやってきた。
「偽消防官め、身分詐称の現行犯で逮捕してやるからそう思え。」
警杖を構える高村君。あたしは返す。
「種村さん、作戦があるみたい。あれこれ質問しているのは、矛盾点探しと時間稼ぎのようだ。」
「日本のコロンボ」の異名は、伊達ではない。ピーター・フォークが扮し、日本では小池朝雄・石田太郎のアテレコでおなじみの「あの、あともう一つだけ…」を連発して、消防官としての勤務や所属部署の話などを聞きだし、矛盾点を探している。
「組織も消防署の公式サイトはもちろん、マニアの作ったサイトも見て勉強したようですね。」
宗村君が言うと、高村君が次ぐ。
「言っていることに、矛盾がないから悔しいよ。」
奴の所属は予防課の防災管理係で、消防士。消火活動、救助活動といった、消防官の仕事と聞いて普通の人が思い浮かべる勤務にまだついたことはない。地味な部門で、漫画にも、テレビドラマにもならないが、消防官に変わりはないなどと言っている。
それで購入。相手が商品を出し、種村さんはお金を渡す。作戦成功とドアを開け、帰ろうとした瞬間、種村さんは立ち上がり、言う。
「よく考えましたね、詐欺師さん。あたしゃあこう見えてもね、捜査課にいたこともあるんですよ。身分詐称の現行犯で逮捕です!」
逃げ出そうとした相手の進路をさえぎるように、あたしが先頭に立ち、高村君、宗村君が横に並んで配置につく。
あたしは男らしく聞こえるよう、太い声で言う。
「身分詐称の容疑で現行犯逮捕する。」
高村君が次ぐ。
「消防官をかたる詐欺師め!」
無論、相手は抵抗してきた。
「捕まってたまるか!」
鞄の中にスプレー式消火器に見せかけた催涙スプレーを隠し持っていたので、それを取り出し、あたしたちに吹きつけようとしたまさにそのとき。125センチの長さは伊達ではない。リーチの差で、高村君の警杖の一撃が相手の小手に入り、スプレー缶をはじき落とした。
「痛えっ!」
思わず右手を押さえた瞬間、あたしは手錠嚢から手錠を取り出し、相手の両腕にはめた。
「身柄確保。」
片目が前髪で隠れた、中性的な顔立ちの長身の警察官を見て、詐欺師は不思議そうな顔をする。
「なんだ。逮捕容疑が身分詐称だけでは足りないのか。」
ぎろっと睨みつけてやる。やましいところがある者は、あたしと目線が合っただけで、凍りつくという。
「いえ、何も…。」
しばらくして、本職の警察官、宗村巡査たちがやってきた。
これで、相手が不思議そうな顔をした理由がわかった。
現行犯逮捕の一件書類を作成する間、詐欺師の供述が聞こえた。
「俺を現行犯逮捕した四人のうちの二人、あいつらも身分詐称じゃあないか。一人は私服でもう一人は消防団員だから、仕方ないけどよ。」
「詐欺師に減らず口をたたかせるのは、癪に障りますね。」
宗村君が言ったので、あたしは返す。
「小官が、正体を明かしてやりますか。」
一件書類を作成していた刑事は、
「そのほうが、いいかもな。」
と言って、被疑者の取調室へ連れて行ってくれた。
「あっ、さっきの!」
もう一回、あたしはぎろりと睨み、言う。
「我々は、地域防犯パトロールの隊員。警察官類似の制服姿でいても身分詐称ではない。我々が違法なら、警備員はどうなる!」
これには、さすがの詐欺師も返す言葉が出なかった。
それから数日後。何事もなかったかのように勤務していると、同僚の浮田が話しかけてきた。
「渋川さん、男装して詐欺師を現行犯逮捕したんだってね。催涙スプレーを吹きつけようとしたところをすばやく警棒で一撃。すごいよ。次は、消費者金融の利息取りすぎで相談に来た人のため一肌脱いで、本社に行くかい?」
「わたしはボランティアでやっている防犯パトロールで、たまたま居合わせただけですから。それに、小手に一撃入れたのは、このあいだも情報を送ってくれた高村消防団員です。」
あたしが返したところへ、課長がやってきて、次ぐ。
「渋川さんの言うとおり。彼女は現場に居合わせたから、現行犯逮捕を手伝っただけなんだ。そんなことを言っていると浮田、お前さんに利息制限法と出資法の二重法制時代の借金過払いの事案が来たら、払いすぎた利息の取り返しに同行させるぞ。」
「ひゃー、くわばらくわばら。」
とはいえ。男装の麗人スタイルで、詐欺師を前に「現行犯で逮捕する」とタンカを切ったときの快感は、忘れられないし、コスプレはやめられない。法律に抵触しない限り、官庁系レイヤーを続けていきたい。今度から制服レパートリーに男装の昭和43年式警察官制服も加えておかないと。