白昼夢
大学院編
本領発揮だ、レイヤーズ!


「おい、実藤!これのどこが映画に出演なんだ!なにが悲しくて貨車を押さなきゃならないんだ!!」
「ブツブツ言うな高村、俺だって押しているんだから!」
……鉄道員や警察官といった、お堅い職業の制服のコスプレをメインとする硬派のコスプレ集団、コスプレ集団・レイヤーズがいるのは、なんと驚くことなかれ、貨物駅の貨物ヤードの中。しかもメンバーは鉄道省職員に扮して、貨車を人力で押している。なんでそんなことをしているかというと………。

レイヤーズの例会で、故郷の博物館に就職した実藤が、
「鉄道を舞台にした映画に、出てみたいと思いませんか?」
と言ったのでよくよく聞いてみると、鉄道と実藤の故郷との関係をまとめた映画を作るので、その中に出てくるエキストラが欲しいという。
もちろん制服姿で映画に出られる機会なんてめったやたらにないから、犬飼会長やわたし、鳴海さんや高村といったレイヤーズ・メンバーは、「面白そうだし、ひき受けるか」と
OKした。
「一体、どういうシーンであたし達は出られるのかしら?」
犬飼会長が言うと、実藤は脚本を取り出して、
「戦中戦直後のシーンだね。いまんところ」
と返す。
しばらくして、実藤の勤務している博物館から手紙が来た。

前略
この度は、当博物館が企画した映画、『鉄路に生きる人々』の出演を了承いただき、まことにありがとうございます。
さて、ご協力いただくレイヤーズの皆様の配役が決まりましたので、お知らせいたします

草々


レイヤーズ・メンバーの配役
有沢啓二…………鉄道省の正規職員 構内手
犬飼高美……鉄道省の正規女子職員 連結手
大滝啓………………鉄道学校からの動員学徒
桐田かおる……………女学校からの動員学徒
実藤高明…………鉄道省の正規職員 出札掛
渋川あずさ……鉄道省の正規職員 荷扱車掌
高村宗光………鉄道省の正規職員 機関助士
鳴海悠子……鉄道省の正規女子職員 連結手
一千尋…………………………女子挺身隊隊員
本田香澄………………………女子挺身隊隊員
宗村高光…………鉄道省の正規職員 操車掛
村瀬頼子………………女学校からの動員学徒
湯浅明弘………定年退職者の再雇用 機関士


コスプレのそもそもの意味であるコスチューム・プレイは、当時の生活を再現するという意味だし、映画に出るのだから、レイヤーズは衣装や小道具にこった。
当時の写真や『日本国有鉄道百年史』はもちろん、『鉄道公報』などの公文書にあたるのみならず、
OBからの聞き取りも行い、玄人はだしの時代考証を行った(といっても、ほとんどが史学科なので「玄人」だが。)


左、昭和9年制定、機関士仕業服 、右、昭和9年制定鉄道員制服と昭和18年制定女子職員制服
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ここで昭和戦前期の鉄道職員の制服はどういうものかと言っておくと、男性は、学生服式の黒か濃紺の詰襟五つボタンの上下に、同じ色のゲートルを勤務によっては巻き、制帽か紺色の戦闘帽型の略帽を被る。
女性は、濃紺か黒の折襟のバスガールを思わせるような上着に、同じ色のスカート。北海道や東北、北陸など寒冷地の冬ではズボンもあり、それにつばなしの制帽か、紺色の男性と同じ形の仕業帽を被る。当時の回想では、宝塚の男役を連想させるりりしい姿だったという。機関士や機関助士などの仕業服は、男性の場合、カーキ色の詰襟で、女性は紺色のもんぺ式。だけど女性の場合、スカートでは不便なので実際は上は制服、下は仕業服というケースもあったようで、一概には言えない。動員学徒は、男子は学生服、女子はセーラー服の上着にもんぺ、女子挺身隊員はもんぺだった。

「いやあ、俺らもコス…、じゃなかった、衣装にこったかいがあったね。」
撮影現場で思わず高村が言ったが、それもそのはず、ロケ地の貨物ヤードは、ほぼ当時使われていたような有蓋車やタンク車、無蓋車…といった貨車が集められていて、構内入換用の小型蒸機B-20が忙しく動き回り、万能機関車
9600型、弟分のD-50、国鉄貨物蒸機の代名詞D-51、戦時軍需輸送に対応するため設計された日本最大の蒸気機関車、D-52が入ってきていた。しかもD-52は除煙板は木製、蒸機だめと砂箱を入れたドームはかまぼこ型の戦時生産簡易型に改造されているではないか。
あまりの力の入れように一堂があ然としていると、実藤が言う。
「国鉄
OBやらJR貨物までスポンサーにつけたんだと。」
撮影は、すでにある程度の編成が終わった貨車に、上手かみてから最後の貨車が二両人力で押されて来て、連結手によって連結される。それが終わったのを確認した操車掛が合図をすると、バックで
D-52が入ってきて、これが連結されて、汽笛一声出発進行!というきわめて単純なものだが、演じる僕らは一か月近くに渡って実地で教習を受けた。そのときに高村が実藤相手にブーブー言ったのが、前出のやり取りになる。
数回のリハーサルののち、ついに撮影にかかる。
「シーン
50、戦中の貨物入換。用意……、スタート!」
画面上手からえっちらおっちら、二両の有蓋貨車が押されてくる。一両目を押すのは、村瀬、桐田、実藤、大滝。二両目は本田、有沢、一、渋川。
一両目の連結器がガッチャーンという音を立ててつながると、すばやく連結手の犬飼先輩と鳴海さんがブレーキなどのパイプをつなぎ、さっと離れる。
それが終わったのを確認した操車掛のわたしが手旗を振ると、二両目が押されてきて、これまた連結。作業が終わったのを確認して機関車に合図をすると、それまで黒煙を吐いて側線に待機していた
D-52はバックで入ってきて、音を立てて連結。連結手が作業しているあいだに荷扱車掌の渋川さんは用意した車掌カバンを手にして車掌車に向かう。
連結作業が終わると、操車掛のわたしが機関車の運転台の隣に走り、鉄道時計で発車時間を確認してから、
「発車!」
と軍手をはめた右手を上げて合図すると、腕木式信号がかたんと動き、青に変わったのを確認した高村と湯浅の御大が、
「信号よし、出発進行!」
と運転台から喚呼し、汽笛を鳴らすと機関車は動きだす………。
「よし
OK!」
これで撮影は終わり。文章にしてみると意外と長ったらしいが正味十五分もしないと思う。

それから数か月後。
レイヤーズ・メンバーは映画に出た姿で、件の映画の試写会にいた。関係者の特権だろうか。
場内が暗くなり、映画の上演が始まった。
鉄道敷設に始まり、関東大震災の被災民を満載した避難民列車や、天災の復興、雪との戦いや技術革新といった話がおわり、軍需輸送の話に画面が変わった。
ナレーションが入る。
「…昭和十二年の盧溝橋事件から始まった日中戦争から、全輸送量に占める軍需の割合は高くなる一方、熟練した男性職員(ここでわたしと高村がアップになる)が、陸海軍人として出征し、また、中国をはじめとした占領地の鉄道運行要員・軍政要員としての徴用で抜けていき、国鉄は労働力不足に直面しました。これに対応するべく、太平洋戦争に突入した翌年の昭和十七年には事務系職種の余剰人員の現場への配置転換(実藤がアップ)翌十八年にはそれまで男性が行っていた、連結や保線など危険を伴う現業に女性職員をあてたのですが(鳴海さんと犬飼先輩がアップ)、それでもまだ労働力は不足し、ついには十四歳以上四十歳未満の未婚女性で編成した女子挺身隊員(にのまえさんと本田さんがアップ)、や動員学徒(大滝と桐田さん、村瀬さんがアップ)、定年退職者の再雇用(湯浅の御大がアップ)と、平和なときには考えられないようなところまで人的資源を求めるにいたったのでした……。」

話は鉄道のこうむった戦災(機銃掃射のシーンで、再びレイヤーズが出演する)、日本の敗戦と戦後復興、鉄道省から公共企業体日本国有鉄道へ、集団就職列車と井沢八郎の『あゝ上野駅』、修学旅行の特別列車「ひので」、「きぼう」と船木一夫の『修学旅行』。動力近代化で消えてゆく蒸気機関車、国鉄スト、赤字路線の廃止、「ディスカバー・ジャパン」とその
CMソング『いい日旅立ち』……と変わってゆきながらも鉄道と人々のつながりをメインにして描いていた。
そして、スタッフロール。
出演した国鉄・
JROBや撮影スタッフ、関係者が流れる中に、「撮影協力 コスプレ集団・レイヤーズ」の名が。
「おい、俺らの名前が出ているぞ!」
高村が言うと、鳴海さんが継ぐ。
「別の形でレイヤーズが、後世に名前を残す仕事ができたわけね。」

…というわけで、このレイヤーズの出演した映画、『鉄路に生きる人々』は、実藤の故郷の博物館が版権を有していて、各地の鉄道関係の博物館や学校などで上演している。
ところで、ギャラはいくらだったって…?我ら、コスプレ集団・レイヤーズは非営利団体。ロケ弁当しか食べてませんよ。