白昼夢
大学院編
時代劇の「それは大きな、ミステイク」
ここは、都内某所にある映画のオープンセット。幕末から昭和四〇年代までの主な都市の市街地や住宅地を再現していることで有名で、規模は京都の太秦に次ぐという。本家の太秦と同じく、ここもときおりコスプレ・イベントに開放していて、今日も歴史系の「江戸・東京
コスプレ博覧会」が開かれている。もちろん、警察官や軍人、鉄道員などのお堅い職業のコスプレをメインとする、硬派のコスプレイヤーの集団、コスプレ集団・レイヤーズも、犬飼高美会長以下が会場警備をかねて参加している。
「往年の、アベック・パトロールね。」
「制服は、三〇年の差があるね〜。」
会場警備のパトロールに出た宗村高光と鳴海悠子が扮しているのは、詰襟式五つボタンの昭和一〇年式制服と、制服ファンには一番人気の、四つボタンフラップレスポケットの上着とセンタープリーツのタイトスカート、「ド・ゴール帽」のニックネームのある制帽…の昭和五一年制服の警察官。階級は二人とも年相応に巡査にしてある。鳴海が言った「アベック・パトロール」とは、昭和二五年から二年間にわたって行われた、男女ペアでの街頭パトロールのことを指す。
二人が江戸時代の両国橋のたもとにさしかかると、わいわいわあわあ人が集まっているので、
「いったいなにかしら。」
「事件かもしれないぞ。」
と人ごみをかきわけて行くと、一五、六ぐらいの町娘が武士の前で土下座して、
「ひらにお許しを、ご勘弁を。家には年老いたおとっつあんとおっかさん、それに幼い弟と妹が、あたしが稼いだおあしでおまんま作るのを待っているんです。」
と謝っているが、よほど意固地なのか武士は、
「いいや勘弁相ならん、そこに直れ!」
と言って刀を抜こうとしたから、宗村巡査と鳴海巡査は間に入った。
「じゃまをするな、そこをどけ!」
「斬るんですか。斬るんだったらお斬りなさい。ですがね、それがあとでこれこれこういう理由でこの娘さんを斬ったと町奉行所に明かせられるだけの証拠があるのならですけどね。」
鳴海の言葉に宗村は、
「ここで無礼討ちにしてもかまわないんだろうが、あとでまっとうな理由で斬ったと町奉行に申し開きができなかったら、あんたは人殺しだ。よくて長のお暇で免職、下手すりゃ『お家は断絶身は切腹』ってやつだ。それでも斬らなきゃ気が済まないっていうんなら、およばずながら警視庁巡査宗村高光、お相手いたそう!」
と言いながらサーベルの柄に手をやり、鳴海も腰のホルダーから特殊警棒を取り出せるようにしながら次ぐ。相手が斬りかかろうとしているのだから、武器使用規定には違反していない。
「家に年老いた両親がいて、幼い妹と弟を養っている孝行娘の彼女をここはひとまず許して、力になるのが筋なんじゃないかしらね、お侍さん。今ここで彼女を斬ったら、あなたは血も涙もない悪人、極悪非道の人非人と永遠に悪口を言われる。子孫も末代まであの極悪非道の侍の息子だ、娘だと陰口を叩かれる。だけどここで彼女を貧乏から救い出して家族を助ければ、寛仁大度の真の
さらに人ごみをかきわけ、野袴に十徳という茶人のような姿の武家の隠居がやってきて、言った。
「身共も老いたりとはいえ武士。どうしても娘を斬ると言うなら拙者がかわりにお相手いたそう。」
隠居の言葉にさしもの武士も気が落ち着いたのか、にわかに両刀を脱するや、娘の前に土下座する。
「失礼いたした娘御。それがし、いささか常軌を逸しておった。済まぬ。それがし、いかようにも詫びるつもりでござる。」
「そ、そんな、お手をおあげください…」
一触即発の空気も説得でやわらいだので、あとは武家の隠居に任せ、二人はさらにパトロールを続ける。
立ち去る前、鳴海が、
「あとで報告書を作成しますから、お名前をお教えいただけませんか。」
というと、隠居は返す。
「拙者は十時半睡。名乗るほどのものではござらんよ。」
1…無礼討ち
「斬捨て御免」、「無礼討ち」のように、武士は人を斬り殺してもおとがめなしとされているが、実際は、白刃を振りかざす盗賊と応戦したといったような、誰の目から見てもまっとうな理由がなければ単なる殺人として処罰された。また、果しあいや決闘も、吹きかけた側は無論、吹きかけられた側も喧嘩両成敗で処罰の対象になった。
一般の武士で刀を抜くことは身の破滅を意味しており、治安を守る八丁堀同心でも、現在の法律でいう正当防衛、緊急避難にあたる場合以外は抜かなかったし、抜けなかった。
一方、そのころ。
町娘に扮した「魂の姉妹」の
「両替してください」
と言ってさし出した。
二人は一両小判になって返ってくると思っていたら、目の前には二分三朱と二五五文。
「ちょいと番頭さん!あたし達をなにも知らない武家のお姫様と思って、バカにしているんでしょう!」
千尋が番頭に食ってかかると、彼は驚きながら言った。
「一両が四千文だなんて、いまだに一ドルを三六〇円の固定相場で計算するようなものでございますよ、今日の銭相場は一朱が四三〇文、その四倍の一分は一七二〇文。さらにその四倍の一両は六〇八八文。ですからあと二八八八文いただければ、きっちり一両にしてさしあげます。」
すると、シリアがふところから二八八八文を取り出して次いだ。
「これで番頭さん、一両になりますよね。」
2…換算レート
一両が四千文だったのは二五〇年近い江戸時代でほんの数回しかなく、このレートで計算するのは、一ドルを三六〇円や二五〇円の固定相場で換算するようなものになる。現在の円とドル、円とユーロのように為替相場があり、日々変動していた。だから銭をいくらためても仕方がないので、「江戸っ子の 生まれぞこない 銭を貯め」という川柳ができるにいたった。しかし銭ならぬ金はその正反対で、一両あれば庶民は一年暮らせたし、近所の人々も「親方」一目置いたという。
仮に小判が手に入ったとしても、両替商は出所のはっきりしない小判は、盗難の可能性があるので両替を拒否するし、日ごろの支払いは銭なので、小判をもらってもありがた迷惑になってしまう。
シリアと千尋が換算レートに目を丸くしていたころ、宗村・鳴海のアベック・パトロールは大通りにさしかかった。
二人が思わず、
「今日も混んでるわねえ〜。」
「カメラマンさえいなければ、タイムスリップしたような気分になるなあ〜。」
というほど、レイヤーとカメラマン、一般参加の人やセットの見学者でごった返しているところに、
「スリだ、捕まえてくれ〜!!」
という声があがったのでふりむくと、すられた男が叫び、人相風体ともにスリでございといった男がこちらに向けて走ってくるから、「アベック・パトロールの本領発揮はここだ」とばかり進路をふさごうとすると、一瞬早く岡っ引きと同心が追いついた。
「今日がお前の仕事納めだ、半太!」
「くっそ〜!」
「おい、ひっくくっちまいな!」
同心が言うと、岡っ引きは懐から捕縄を取り出してあっというまにしばりあげた。
それを見ていた鳴海は、
(どこかで見たような顔なのよね…)
と思い出そうとしていたが、にわかに言った。
「大川さんと三匹さん、それに南雲さん!」
「あら、ムネさんに悠子さん!」
同心に扮していたのは、T大学で博物館学の講座を持っている、現役学芸員の南雲陽子、岡っ引きは彼女の友人で、レイヤーズ・メンバーの大川樹理と
「ともかく番屋に来てもらおうかしら。ほら、立て!」
「高美さんのブーツで蹴飛ばされないとだめなの!?」
「ブーツのかわりに、パンプスで蹴飛ばしてあげようか?」
女性陣に言われ、苦笑しながら半太郎は立ちあがる。
「まさか悠子さんにムネさんに出っくわすとはねえ。つむじ風の半太郎、今日は運がなかったってこったな。」
「ところで、いったいなにをすられたんです?」
宗村がたずねると、男は頭をかきながら答えた。
「その…下帯、つまりふんどしでさあ。」
宗村巡査は、半太のほうを向いて笑いながら言う。
「…あんたもあんただねえ、ふんどしなんてつまらないものを盗んで、お縄になったなんてさ。」
3…岡っ引きとスリ
岡っ引き(目明し)は同心の私的な部下で、今の情報提供者的存在だった。彼らに逮捕権限はなく、罪人をひっくくるときでも同心の許可がなければできなかった。よって、岡っ引きだけが容疑者を番所にひっくくってくるというシーンは成立しない。また江戸時代のスリは、今と同じく現行犯でなければ逮捕できなかったが、そのレベルたるや現在のとは大違いで、下帯をすり取れたり、必要な分だけ中身を抜き取り、借用証書を入れて懐に返すこともできたという。
半太を大川と三匹が拷問(?)にかけているころ、蔵町をパトロールしていたレイヤーズ会長の犬飼高美(コスは半ば伝説と化している、ひざ上二センチのミニスカートだったという昭和四六年式婦人警察官制服)と、現職警察官の宗村夏実(コスは鳴海に同じ)は、明らかに怪しげな集団を発見した。こそこそとあたりをはばかるように積荷を荷揚げしているのだ。
「抜荷…。今なら密輸現場ってところかしら?」
「そのようね…。あたしはまだ本物の現場は見たことないけど。」
彼女達の少し先には町人体の男がいる。彼は隠密同心なのだろうか。
「証拠を押さえておかなきゃ……、それに、増援も呼ばないと。」
夏実はカバンからカメラを取り出して数枚撮り、犬飼は無線で、
「こちら犬飼・夏実班。現在蔵町で密貿易の現場を発見…」
と連絡をとり始めた瞬間銃声がした。
「いったいどうしたのかしら…?」
二人が様子をうかがうと、さきほどの隠密同心がこちらへ向けて走ってくるから、反射的に夏実はポケットの拳銃片手に飛び出し、追っ手に銃を構えながら言った。
「殺人未遂と銃刀法違反の現行犯で逮捕する!銃を捨てなさい、さもないと撃つわよ!」
すると、男は彼女に向けて短筒の引き金を引こうとした…が、弾が出ない。それもそのはず、彼は次弾を装填することを忘れていたのだ。
「し、しまった…!」
犬飼も制服のポケットからワルサーPPKを取り出し、男にねらいを定めて次ぐ。
「手をあげて壁を向け。さもないとあんたの体に穴をあけるわよ!」
銃声を聞いて、昭和三二年式制服の警部補に扮した内藤がコルト・オフィシャルポリス片手に加勢に来たのを見て、抜荷商人の用心棒Aは観念したのか手をあげて壁をむき、身体検査を受ける。
内藤警部補は容疑者の拳銃を拾いあげ、確める。
「単発火縄銃式の短筒か。一発しか撃てないことを忘れるなんて、とんだ間抜けだな。」
ヨーロッパでは発火方式が火打石、雷管式…となっていったころに相当する江戸時代の主な銃は、幕末をのぞくと鉄砲伝来以来の火縄銃だった。
拳銃の場合、回転式(リボルバー)が発明されるのがアメリカ南北戦争のころ(一八六一〜六五年)で、オートマチックは一九〇〇年前後になる。よって、『竜馬が行く』や『飛ぶが如く』など幕末を舞台にする作品ならともかく、本来なら登場人物で時代は制限されているはずなのに、おぼろげに「江戸時代」というくくりで話を書いている、時系列のはっきりしない『水戸黄門』や『大岡越前』、『遠山の金さん』、『暴れん坊将軍』などで、要人を暗殺しようと拳銃を使ったシーンで、一発目を外した直後に次弾が来るというのはおかしい話になる。もっとも相手が予備の銃や第二の射手を用意していたのなら話は別だが。
さて、舞台は変わって町奉行所。
前々から怪しいとにらんでいた越前屋の抜荷について追っていた同心の佐伯文次郎が、犬飼警部の撮影した証拠写真を前にして言った。
「これで、越前屋の尻尾は完全につかんだってことになるな。」
夏実警部補が次ぐ。
「隠密同心の内偵に感づかれてしまった可能性があります。早いうちに突入して押さえたほうがいいでしょう。」
とそこへ、越前屋に動きがあったという注進が来たから、ついに江戸町奉行大岡越前守は決断した。
「同心、捕り方の全てを集め、越前屋一味を取り押さえよ!」
犬飼警部が言う。
「我々も協力します!」
越前屋の奥座敷では、越前屋の主平兵衛と左前藩の江戸詰家老、南野
「いよいよあぶのうございますよ、南野様。隠密同心を見たというものがおりますから…。」
「うむ…。そろそろ引き際かのう…?」
すると、
「回船問屋越前屋平兵衛、抜荷の嫌疑で御用改めを致す、神妙にせい!」
「なお、場合によっては押収する可能性もありますので、立ち会い人をお願いします。」
「な、なにをなさいます!?」
にわかに表がやかましくなったので、二人は「捕り方が来た!」と逃げようとしたが一瞬早くふすまを蹴倒し、南雲が十手をつきつけ、犬飼が逮捕令状と押収令状、家宅捜査令状を片手にタンカをきった。
「越前屋平兵衛および左前藩江戸詰家老南野外記!外国為替法違反および関税法違反の容疑で逮捕する!」
「な、なにぃ!?」
「なんだその罪状は!?出あえ出あえ!!」
あとはお決まりのパターンで、捕り方や同心・与力と浪人・やくざ者の用心棒とのチャンバラになるが、今回はそれだけではない。
「おうおうおう、抜荷屋
南雲が犬飼の取った写真片手にタンカを切ると、満を持していた同心・捕り方が十手や六尺棒片手に、
「御用、御用!」
「神妙にしろぃ、食い詰め浪人ども!」
と突っ込んでくるし、さらにアメリカの警察官に扮したティファニーが、
「武器を置いて手を挙げろ!さもないとあんた達の体をじょうろにするわよ!」
と警察用散弾銃をぶっ放して威嚇するかと思えば、高美女帝の近衛兵を自任する、熱川巡査、清水巡査、園田巡査、宮村巡査、(四人ともコスは宗村に同じ)が、
「暴利をむさぼる悪徳商人を懲らしめるのはいまぞ!」
と、サーベルを振りまわして応戦し、内藤警部補率いる機動隊がジュラルミンの盾に警杖装備で、
「小隊は、凶器を持ち抵抗をする容疑者を逮捕せよ!」
と突入してくるやら大騒ぎになった。
どたばたの間にも、スーツ姿に警視庁の腕章を巻き、私服刑事に扮した渋川あずさ、桐田かおるのでこぼこコンビ、昭和四三年式男性警察官の制服に似たデザインの制服姿の税関職員の大滝啓は証拠物件を押収する。
事件とはまったく関係ない番頭が、逮捕の混乱の中で思わずぼやく。
「どこの世の中に、機動隊にひっくくられる抜荷商人がいるんだ!?」
「やっぱり船で逃げ出したわね。」
犬飼の予想通り、越前屋平兵衛と南野外記は、あらかじめ用意してあった船に乗って逃げ出したので、それを見越して待機させていた水上署の警備艇に、「婦警戦隊・ブルーユニッツ」のメンバー、犬飼高美と鳴海悠子、宗村夏実、近藤衛恵、南条理恵の五人と、海軍特別警察隊の高村二等兵曹、陸軍憲兵の実藤憲兵曹長、水上署の宗村巡査、海上保安官の高見裕子と有沢啓二、税関職員の守村義衛は乗りこみ、追いかける。
「もっとスピードは出ないの!?」
「これが最高さ!」
なにしろこの警備艇、もとは大日本帝国海軍の一五メートル
追っている船は江戸時代の快速艇の
「まるで、ホームズ・シリーズの『四つの署名』ね。」
高見が言うと、南条が返す。
「これで吹き矢が飛んできたら、なおさらよ!」
『四つの署名』は蒸気船どうしの対決だったが、今回は人力船対動力船の対決だからあきらかに人力に分がわるく、四艇身にまで接近したので、夏実がマイクを手にして停船命令を下す。
「そこの船、止まりなさい!止まらないと撃つわよ!」
しかし、外記と平兵衛は船頭に刀をつきつけ、
「止めたら斬るぞ」
と停船命令を無視したから、犬飼警部は命令する。
「あのままだと船頭を斬りかねないわね。実藤憲兵、高村特警、威嚇発砲用意。船頭に危害が加えられそうだと判断したら、容赦なくあの二人を撃っていいわよ。」
船首にいた実藤憲兵と高村特警は、
「仕方ねえな。」
「撃たなきゃ撃たないにこしたこと、ないんだけどねえ…」
と言いながら拳銃嚢から一四年式拳銃を取り出し、海面向けて続けてそれぞれ二発ぶっ放すと、もともと及び腰だった船頭は肝をつぶして操船を誤り、浅瀬に座礁してしまったので、本職は灯台職員の有沢はつぶやく。
「あそこには、灯標をおかなきゃならんな〜」
船頭はあまりの事態の推移に、なにがなにやらわからないらしくぽかんとしていたが、こっちに移ってこいと犬飼が命じると、おとなしく警備艇に移ってきたのでブルーユニッツが尋問する一方、南野と平兵衛は船を捨ててなおも逃げようとしたから、
「逮捕するんだ!」
と宗村巡査、高村特警、実藤憲兵が船に飛びうつってきたので、あわてて飛び込んだ浅瀬は半ばへドロだからたまらない、弾みで二人とも顔まで埋まり、仕方なくロープで引っ張り上げることになってしまった。
高見は肩をすくめて言う。
「ますます『四つの署名』ね。」
5…「悪代官」
姦商と結託して良民を苦しめる、
犬飼と南雲が抜荷一味を逮捕した次の日、一膳飯屋「千尋」には、シリアのほかに、南雲と三匹、大川がいた。
「あのあとお姉さまとで増上寺の富くじを買ったんですけど、それに大当たりしてしまったんですよ。」
シリアと千尋は、両替して余った銭でおりからの富くじを買ったところ、なんと一番富の千両に大当たりしたので、今、千尋が知りあいの職人と火消を用心棒代わりにして取りに行っているのだ。
シリアの言葉に三匹が、
「うわ〜、シリアちゃんすごいな〜。千両富当てるなんて」
と返すと、大川は、
「なんであたしは当たらないのよ!」
とはずれの富くじを引きさきながらわめいたから、南雲がとどめの一言を見舞う。
「あんたは欲の皮が突っ張ってるから、当たらないのよ!」
そこへ、火消に扮した熱田朗雄と職人に扮した四宮茂が、天秤棒に千両箱を載せて入ってきた。
「けっこう重いな、千両箱って。」
「肩が痛くなってきたよ。」
シリアの代理で、増上寺まで千両を受け取りに行った千尋が、
「道中とろうと思えば何回もチャンスがあったのに、誰も取らなかったのよ。よかったわ」。
というと、熱田と四宮が異口同音に返す。
「そりゃそうだ、なんたって八〇キロ近くあるんだぜ!!」
6…千両箱
千両箱を担いで鼠小僧が屋根に上がるシーンがあるが、実際はそんな芸当ができるのなら、まっとうな職で十二分に食って行けることになる。というのも千両箱は八〇キロ近くあり、筆者も持ったことがあるが、とてもではないが担いで逃げる自信はない。事実、武家に用立てる金子を運ぶとき、番頭と人夫二人で運ぶことができたという。
その影には、「十両盗めば死罪」という法制度、小判をもらっても大迷惑という通貨制度があったことも関わっているが。
機材なども積み込んでいるマイクロバスの中で、鳴海が、
「いや〜、なんだかんだ言って楽しかったわね。」
と言うと、犬飼が次ぐ。
「時代劇のミスを、やんわり伝えることができてよかったわ。」
「時代劇と史実の差ってとこかしら。」
高見のことばに、夏実が言う。
「実際の八丁堀同心は、今日みたいな捕方与力同心を動員しての乱闘は最悪、最低のケースと考えていたみたいね。今で言えば完全装備の機動隊や特殊部隊が出動するようなものになるかしら。」
「じゃあ、最良のケースは?」
衛恵が聞くと、夏実は続ける。
「最良のケースは、人情刑事物のラストのように、相手が観念して、『俺がやりました』と進んで手錠を受けるようにするか、内定調査を進めていって、ころはよしという日、密談が終わって出てきたところを逮捕することが最良とされたのよ。もっとも時代劇はちゃんばらがないと絵にならないでしょうけれど。」
「なるほどねえ。」
有沢が言う。
「いやはや…。あの浅瀬に灯標をおかなきゃならないなんて考えるなんて、職業意識に目覚めちまうなんてなあ〜。」
夏実が次ぐ。
「あら、それは同じよ有沢さん。あたしだって隠密同心が銃を持っている男に追われているのを見た瞬間、ポケットに入れた拳銃片手に『銃を捨てなさい、さもないと撃つわよ!』って叫んじゃったもの。」
銃の話で思い出した湯浅が、
「ティファニーさん、すごかったな〜、散弾銃片手に『武器を置け、壁に手をついて並べ』だもん。」
と驚いた顔で言うと、彼女は笑いながら返す。
「実際にロスで警察官やっているいとこに演技指導をしてもらったのよ。そんなに迫真の演技だった?」
一方シリアは座席で寝ているので、千尋は膝枕で見守りながらつぶやく。
「遊びつかれたのね。」
「うう〜ん、お姉さま、千両富にあたりました…。」
熱田と四宮が肩を回したりしながら、
「いやあ、千両箱があんな重い物とは知らなかったよ。」
「肩がまだ痛いよ。」
とぼやくと、千尋は継ぐ。
「一両が四〇〇〇文じゃなかったなんて、初めて知ったわ。」
そのような中でさっそくカバンからメモ帳を取り出し、
「ええと…、悠子さんとでパトロールしていたら…」
と『白昼夢』シリーズの創作メモに余念のない宗村に、クール・ビューティーの渋川が、
「ねえムネさん、今回の話の最も大きいミスを教えてあげようか?」
と言ったので、彼が、
「なんでしょう、それは?」
と返すと、彼女は言った。
「話は江戸時代なのに、時代の違う、昭和・平成時代の警察官のあたし達が混じっているってことよ!」