昭和21年式警察官制服
上段、警部補以上 下段、巡査。巡査の左側は、旧軍拳銃を装備している。
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昭和21年式警察官制服(巡査)
1946(昭和21)年〜1950(昭和25)年(警視庁)
1946(昭和21)年〜1957(昭和27)年(国家地方警察)
モデル 熱川進・高村宗光、宗村高光、守村義衛
「詰襟式でサーベルを吊る、肩章金ボタンの制服では威圧感がある」という連合国軍の意見で、背広式へのフルモデルチェンジが行われたときのものです。
第1ボタンをあける小開き式で、左右の胸と腰にポケットがつきます。面白いことに、上着は第2次大戦時のドイツ軍が使ったM36野戦服を紺色で仕立てたようなデザインになっています。
ズボンは、それまでサーベル装備の関係でなかった尻ポケットが、右に一つつきます。
階級章は、巡査・巡査部長はアメリカ式に、左腕に逆V字型のものがつきます。帯革で装具を吊るようになり、武器は警棒と拳銃になりました。アメリカから軍用拳銃が貸与されるまでのつなぎとして、旧軍拳銃の14年式、26年式を装備しています。
なぜか勅令にはワイシャツ、ネクタイの規定はなく、内務大臣訓令で定められており、ワイシャツは、旧軍物資や連合軍払下物資を生かすべく、カーキ色、ネクタイは紺色、藍色、緑色となっていましたが、生産が軌道に乗るまでは私物の白や灰白色のワイシャツを着、他の色で無地のネクタイで代用することも認められていました。
前述の通り、連合国軍の指令により、詰襟制服佩刀装備のとっつきにくい「オイコラ警察」から背広式制服拳銃警棒の「にこにこ警察」へ、警察民主化路線の一環として行われたモデルチェンジだといわれていますが、年号が昭和にかわる1920年代後半から1930年代には、実際に着る警察官からも、詰襟式は不便だという意見がありました。また、同時期に拳銃を使った犯罪が多発し、「警察協会雑誌」、「警察思潮」などの警察官向けの雑誌にも、内地の全外勤警察官も拳銃を装備すべきだという声があがっていました。
敗戦後の人心の荒廃と軍用拳銃の流出で、佩刀だけでは対処できない犯罪が増加していたのと、武装の強化と制服のモデルチェンジによる警察官の士気向上を狙ったのが、真の理由ではなかったかと考えられます。
昭和23(1948)年から昭和29(1954)年まで、警察は消防と同じく市と一定要件を満たした町村が維持する自治体警察と、人口が少ない町村と広域犯罪に対処する国家地方警察という、アメリカ式の運用方法でした。よって制服は現在の消防と同じく、国家公安委員会が定めたものを、各地の本部が採用する形になっていたので細部にバリエーションが発生し、自治体警察警視庁は25年に一足早くモデルチェンジしています。
ちなみに、このイラストは、
オーダーメイドCOMに作成を依頼し、大吟醸さん、TERIOSさん、YU-SAさんに描いていただきました。著作権は株式会社テラネッツに所属します。