昭和9年式鉄道省職員制服

鉄道省・運輸通信省鉄道総局職員制服
昭和9(1934)年〜20(1945)年
モデル:宗村高光
昭和20年8月15日、終戦の詔勅で茫然自失状態となった人々を正気づかせたのは、何事もなかったかのように運行を続ける蒸気機関車の、省線電車の、青函・宇高の連絡船の汽笛だった……。
昭和9年から20年まで、「激動の昭和」を彩った鉄道職員の制服です。
出改札などにあたる駅員、青函・宇高などの連絡船の乗組員といった接客職種はもちろん、電車運転士、車掌といった列車乗務員、仕業服の貸与を受ける機関士・機関助士などの機関区勤務者、鉄道管理局の事務職員なども、応援や儀式用に最低一着は持っていましたし、機関士・機関助士や保線職員、連結・解結にあたる職員は、貸与年限を過ぎたものを、作業服代わりに使っていました。
デザインは、現在の詰襟5つボタン式学生服とおなじく、上着は胸ポケット一つとフラップつきの腰ポケット二つですが、奏任官、判任官、雇員、傭人の官等を識別するため、袖章が入ります。ズボンには普通のポケットに加え、懐中時計を入れる時計ポケットが、ズボンの右前にあります。
このイラストは、判任官の駅長(赤帯に金筋2本)か助役、運輸掛(赤帯に金筋1本)という設定で描かれています。よって袖には判任官を示す2本線が入り、襟章がついています。
昭和20年時点では折からの物資欠乏で、ボタンは木製、ガラス製、陶器製、制服の生地も破れやすくちぢみやすいことで悪名高いステープル・ファイバー製…と代用素材になっており、色あせ、つぎはぎだらけでした。
ちなみに、このイラストは、オーダーメイドCOMに作成を依頼し、KAXAKさんに描いていただきました。著作権は株式会社テラネッツに所属します。