警防団員


右、平時の姿、左、出動時の姿の一種
警防団員服制
昭和14(1939)年〜昭和22(1948)年
モデル:高村宗光(左)、守村義衛(右)
昭和14年。日中戦争は各地に親日政権が成立し、小康状態になったものの、ヨーロッパでは9月にドイツがポーランドに侵攻し、ついに第二次大戦が勃発した時期。日本も空襲を受ける恐れがあると、内務省所管で地域の防火・防犯・防災にあたった消防組と、陸軍省所管で、空襲時の防空警戒、被災地復旧にあたることを目的とした防護団を統合した組織が、警防団です。
制服のデザインは、合体した消防組、防護団の制服のデザインを踏襲し、胸にはフラップ付ボタン止め、腰左右に切れ込みフラップ付ポケットがついています。
襟章と袖章で階級を識別するようになっていて、このイラストでは、分団長になっています。
警防団改編後も、平時は消火活動、災害被災地の復旧と応急救護活動、水防活動、季節の夜回りはもちろん、雑踏整理、山に逃げ込んだ容疑者の逮捕、行方不明者の捜索…と、現在の消防団が行う業務と同じことを行っています。本土空襲が始まると、防空監視哨での防空警戒、防空警報の伝達、隣組防火網と腕力ポンプでの空襲火災の消火、避難誘導にあたっています。また、正規警察官・消防官の不足を補うべく、警備補助員、特別消防員としての勤務もあり、特別消防員になった者は、消防官と共に空襲火災の消火活動に出動し、多数の殉職者を出しています。
警防団は、昭和22年に民間防衛組織の面を削除した、消防団に改編されて現在に至っています。
このイラストは、当時の着装に基づき、再現したものです。防空警戒中なので、鉄帽を着用し、雑嚢、水筒を装備しています。