過渡期服制

過渡期服制(明治41年式、昭和10年式混用)
昭和10(1935)年〜昭和16(1941)年
モデル:宗村高光
前述の通り、昭和10年に、警部補以上と巡査部長以下の制服のデザインの差をなくし、それまで法的根拠のなかった消防手・消防曹長の制服を定めた勅令が出ましたが、昭和恐慌の影響も残っており、警察予算を定める庁道府県の財政も疲弊していました。(注)
よって、予算も比較的かからず、耐用年数も長いうえ、当時警察官定員の8割〜9割を占めていた巡査・巡査部長の間で「粗末だ」と評判の悪かった階級章と帽章を先に新型に取り替えたのが、この着装になります。
庁道府県で一斉に交換するのが望ましいが、不可能なら警察署管内単位で…という形で始まった換装は、終了予定を昭和12年にしていました。ところが、周知のように、昭和12年7月7日の盧溝橋事件を発端にした日中戦争開戦で軍需中心の物資動員となり、冬服に使用する羊毛が不足したため、新旧混用は、旧型が着用に耐えられなくなるまで続けられることになりました。
警察官制服のモデルチェンジが全国一律で行われたのは、平成6年式が初めてで、それ以外は、制服の調達や貸与年限の関係から、先に階級章や袖章などを交換し、2年程度の移行期間を経て全面換装となっています。
ちなみにこのイラストは、昭和11年から15年の、国民生活に戦争の影響が出始める寸前の時期、井伏鱒二が駐在巡査の日記という形で平凡な人々の日常の姿を描いた異色の警察物『多甚古村』が世に出て、昭和15年には、後年「青い山脈」などで有名になる今井正が映画化しているころを意識しています。作中で甲田巡査に扮する清川荘司も、この姿で出演しています。
注
昭和18(1943)年10月1日の都制施行まで、東京は、現在の23特別区を所管する東京市と、東京市に加え、多摩地域、伊豆七島、小笠原諸島を所管する東京府の二重行政状態でした。無論、府のほうが上位になります。よって、当時の公文書では警視庁、北海道庁、府、県で庁道府県、または庁府県という使い方をしています。