夢の話
〜トゥディで急ブレーキ実習〜
自動車の運転免許を取るため、僕は教習所通いをしている。その年の初夢がこれなのだから、いったい今年はどうなることやら…な夢の話。
第1段階の所内コースの課程を修め、試験に合格して路上を走るのに必要な仮免許がめでたく取れると、公道を指導員とともに走る第2段階になる。そこでは、学科でも触れた遠心力と速度の関係を体験させるため、高速で所内コースのカーブを曲がらせて、急ブレーキもかけさせる「急ブレーキ実習」がある。
第1段階で、まだ感覚がつかめないころは、カーブを曲がるときに減速が足りないので、指導員が補助ブレーキで減速させる。が、このときばかりは時速30キロ40キロで進入する。「たかが教習所の周回コースで30キロ40キロ」と侮るなかれ。とてもではないが曲がりきれない。カーブ進入時には減速しなければならないと冷汗をかいた。
さて。初夢での急ブレーキ実習はどうなったかというと…。
教習所に顔を出すと、拙作『「城北の青き疾風」犬飼高美の学科教習』シリーズの犬飼高美のモデル、学科・実技の指導員、通称「高美さん」が、二輪教習用の白バイ隊を思わせる制服姿で声をかけてきた。VIPERさんに描いてもらった犬飼高美そのままの姿である。
「あら、ちょうどいいところに来たわね。あんたは古車に乗りたいからいまどき珍しくマニュアルで免許とっているのよね。警視庁の墨東警察署から実技指導にきているから、急ブレーキ実習、やってみない?」
「いまどき珍しく」とはごあいさつだが、マニュアルで免許を取っているのにはわけがある。初代のクラウンやスバル360、ダイハツの初代ミゼット、父親が初めて乗ったパブリカ、家族で乗った思い出深い昭和59年モデルのカローラ…と、乗ってみたい車のほとんどは、マニュアル車だからだ。もちろん、その中にはノーマルのトゥディも入っている。
「急ブレーキ実習で墨東署から…?」
「そ、墨東署からといえばだいたい察しがつくだろう。ほらほら、ヘルメット被せてやるから早く乗りな。」
「高美さん」に青い機動隊用ヘルメットを被せられて、コースに引っ張り出された。
教習車で急ブレーキ実習をするのにヘルメットとはおおげさな…と思ったが、コースに出て全てを悟った。車は、墨東署名物、美幸カスタマイズトゥディなのだ。その前に立っているのは、現行制服姿の辻本夏実巡査・小早川美幸巡査のコンビ。めずらしく着くずしていないし、スカート+制帽+制服姿。マニアならずともおおっと思う光景だし、普段なら記念に一枚と行きたいが、そんな心境ではない。
「に、ニトロ噴射トゥディ!?」
「高美さん」は、にやりと笑って返す。
「そう。トゥディに乗ってみたいっていう酔狂な教習生がいるって言ったら、二つ返事で引き受けてくれたのよ。夏実、美幸、頼んだよ。」
「ふ〜ん、あなたがあたしのトゥディに乗りたいっていうんだ。どうかな、動かせるかな?」
美幸が言うと、夏実が次ぐ。
「制服姿が絵になっているよ。あたしたちと乗るんだったら、本物に見えるかもね。」
この日着ていたのは、ボタンをつけかえた国鉄の機関士制服の上着に紺色のズボン。さすがにネクタイはしなかったが…。
後部座席に乗るものだとばかり思っていたら、美幸がいう。
「運転席に座るのよ。」
「う、運転席!?」
「高美さん」がにやりと笑って返す。
「何のための急ブレーキ実習だと思っているんだい?あんたにニトロ噴射の加速を体験させるためわざわざ呼んだんだからね。」
それなら、運転経験豊富な指導員の「高美さん」が乗るべきではないかとか、本免許試験に合格した教習生を乗せるべきではないかとあれこれ抗弁したが、下手に逆らうと「高美さん」が履いている、つま先に金属板の入ったブーツで蹴飛ばされそうなので、やめた。
「なぁに、何かあったらあたしが止めてやるから。」
これは夏実。足ブレーキがかけられるんだから、悪いことにはしないだろうと思いながら、運転席に座る。後部座席には美幸。助手席は夏実。
「はい、ブレーキ踏んでイグニッション・スタート!」
エンジンをかけ、コースに出た。3回ほど時速40キロ前後でカーブを曲がる。
夏実・美幸とも、
「事故原因の一位二位が、スピードの出しすぎなんだ。」
「ドリフト走行なんてのは、単なるごまかし。減速こそが事故予防にもってこいなのよ。」
と、技法的なことにはふれるが、ニトロ噴射機能についてはなにもリアクションがない。(さすがに初心者にニトロ噴射はないんだろう、これで放免かな)と思った4回目の直線コースで、夏実・美幸の二人が何か示しあわせるような笑みを浮かべた直後、美幸の手が動いた。
「車に慣れてきたようなので、ニトロON!」
「ぎゃあ〜!!」
一瞬にして速度計の針は100キロを振り切り、ブレーキを踏んだが曲がりきれない。カーブの入り口にある貯水槽に激突する!と思った瞬間、夏実が足ブレーキで止めてくれた。
コースを外れ、貯水槽から数メートル地点で、トゥディは止まった。コースにはタイヤとパンプスの跡がついている。
夏実が、僕のほうを向いて言う。
「…これで、スピードの出しすぎがいかに危険かということがわかっただろう?あたしみたいな足ブレーキをかけられる人間は、世の中二人といないんだから。」
美幸が次ぐ。
「トゥディに乗りたいあなたなら、わかるわよね。「壊しちゃいけない愛車と青春」、「トゥディをトゥダイにしない運転」をこれから一生涯、心がけられるわよね。」
「は、はい!」
オーストラリアなまりでは、「きょう」を意味するtodayが「死ににいく」のto dieに聞こえる…という話を聞いたが、まさに、「トゥディでトゥダイ」になりかけた。本免許が取れても、安全運転を心がけようと思ったのは言うまでもない。新年早々ニトロ噴射とは…。今年は、加速がついた一年になりそうだ…。